「ふう…ただいま。
…義勇は今日はどのあたりだ…」
非常に仲の良い幼なじみの母親達。
同性で唯一社会的に一緒になることを認められているためαとΩに生まれたかったβの2人がそれぞれに夫を持って生んだ子どもがαの錆兎とΩの義勇だった。
義勇もわけがわかっているのかわからないで言っているのか、『大きくなったら錆兎のお嫁さんになりたい』などと口にして、家族ぐるみでそんな話になっていくのを、錆兎はこれでαとΩじゃなかったらどうするんだ?と思いつつも静観していたわけだが、中学入学時、第二の性の検査を受けたら、なんと本当にαとΩであることが発覚。
そこで母親達と義勇の番フィーバーが始まった。
いま番おう、すぐ番おう!!
何かあるたびそんな話に持っていく。
イケイケの母親達とぽやぽやの義勇。
そんな中で聡く育たざるを得なかった錆兎だけが
「今つがいになって子どもでもできたらどうするんだ。
おれはとにかく義勇と子どもの人生を潰す気か」
と、苦言を呈しては、実母に堅苦しいオヤジ臭いと言われるが、ここは譲れない。
18歳になれば親の許可があればαとΩであれば同性でも婚姻は出来るが、それまでは当たり前だが結婚は出来ない。
つまり生まれる子は非嫡出子になるし、義勇だって13やそこらで子ができたらさすがに困るだろう。
避妊しても絶対大丈夫とは言えないし、αとΩの場合、通常よりも子ができやすいと聞く。
だから18になるまでは絶対ダメだと突っぱね続けて幾星霜。
そんなこんなで紆余曲折があり、山あり谷ありで、なんとか18歳までこぎつけて、ただいま入籍、同居中というわけである。
別に錆兎だって義勇が嫌だったわけじゃない。
春生まれの錆兎と冬生まれの義勇は月齢で1年近く違ったから、錆兎はいつだって義勇の手を引いて歩いてきたし、守り助けてやってきた。
義勇はおっとりしていて優しい子で、しかも顔立ちも可愛らしかったから、ずっと一緒にいるのは錆兎の意志で、嫌だと思ったことなどない。
もし母親たちのいうような第二のせいじゃなかったとしても、当たり前に一緒に生きていくものだと思ってはいた。
そんな中で錆兎が心配していたのは義勇が本当に自分の意志でそれを望んでいるのかということだった。
おっとりと流されやすい義勇のことだから、幼い頃から当たり前に錆兎と番になるのだと母親から言われ続けたせいではないのか?と、心配だった。
だが、まあとんでもないドタバタ劇の結果、それが杞憂とわかって、今こうしてめでたく番になったわけなのだが…。
大学生の身としては贅沢な一軒家。
それは、双方の母親の気遣いからだ。
セキュリティも万全。
生活は家賃が要らず、双方の母親からちょくちょく食材を送ってくるのもあって、錆兎のバイトでまかなえていた。
その分普段は家事は義勇。
ずっといつかこうやって錆兎と暮らさせる事を望む母親に、自分自身もそれを望む義勇は幼い頃から教わっていたらしく、おっとりとしていてややドジっ子でもあるのに、家事に関してだけは完璧だ。
そしてこの生活が始まって以来、そのスキルは日々遺憾なく発揮されている。
「おかえり、錆兎。ご飯できてるけど、疲れてるなら先に風呂に入るか?」
などと、毎日、錆兎が選んだ狐の模様のエプロンをつけて出迎えてくれる義勇に、慣れぬ大学とバイトの疲れなど吹き飛んでしまう。
そんなままごとみたいな生活が始まったのは高校を卒業した年の3月。
錆兎と義勇が高校を卒業したあとの春休み、双方の親の合意を得て籍をいれてからだ。
その月の中盤にあったヒートの時期にめでたく番になって、それからほぼきっかり3ヶ月おきにくる義勇のヒートにも慣れてきたと言っていいだろう。
もう番にもなっているし抑制剤も飲んでいるので、そこまでとんでもない事にはならないが、それでも最初は大変だった。
何が大変かと言うと…錆兎が帰宅しても義勇の姿が見えないのだ。
いつも錆兎が帰ると出迎えてくれていたのに、チャイムを鳴らしても義勇が出てこない。
その時点で錆兎は何かあったのかと焦って部屋へと駆け込んだ。
まずリビングに入るといつもソファに置いてあるクッションがない。
寝室へ入るとベッドのシーツが剥がされていたり、クローゼットが開いている。
しかも義勇の姿が見えないとなれば、ヒート時期だけに嫌な想像がくるくると脳内を回った。
が…念の為にと家中を見回って、和室へと足を踏み入れたら…蠱惑的な香りが充満している。
番になった時点で錆兎だけのものになったその香り…
しかし畳の部屋のどこにも義勇の姿はない。
で、初回はいきなりのそれに錆兎は焦った。
しかし義勇の名を呼びながら反転しかけてふと気づく。
はるか頭上から感じる気配。
──義勇……そこか?
と、踏み台に乗って押し入れの上、天袋を覗いてみれば、そこには布の塊…の中に埋もれた義勇。
まるで熱でもあるような紅い顔、潤んだ目で、どうやら家じゅうからかき集めた錆兎の服やら洗濯物やらに埋もれて泣いている。
「…どうした?何かあったのか?」
と問いかけても、
「…ごめん…ごめんなさい、散らかしてごめん、さびと…」
と、どこか舌足らずな稚い様子で言う義勇。
「あ~…もしかして巣作りかっ!」
と、そこで同居前に色々調べた自身の知識を探って、錆兎はそう結論を出した。
自分の服をぎゅうっと握り締めてクスンクスン泣いている義勇は可愛らしいが、狭すぎる上に非常に高い位置にある天袋にいるのは、布地で窒息しないか、落ちて怪我をしないかと心配なので、広い室内でやればいいのでは?と提案してみたのだが、広すぎると匂いが感じられないからダメなのだと拒否される。
結局その時は仕方がないので押し入れにしまった客用の布団やら座布団やらを全部出して、そこに移動してもらった。
それからは危ないから天袋は禁止。
開かないように封をしておいたら、次のヒートではやっぱり見当たらなくて家じゅう捜したら浴槽の中にいた。
しかし浴槽は風呂掃除をしたあとで濡れていたので、服まで濡れて洗い直しに。
まあ、それはもう仕方ないと諦めがつくのだが、濡れた物の中にいて義勇に風邪でも引かれても困る。
そこで浴槽から出そうとすると、半分濡れてしまった錆兎の服を抱きしめながら、イヤイヤと首を横に振って抵抗された。
それでも無理に出そうとすると
──…そんなに俺のはダメなのか……
と、大きな青い目に涙をいっぱいたたえられて、結局錆兎が挫折して、風邪をひかないようにと浴室暖房を最大にして、義勇が疲れて眠ってしまうのを待って後片付けをしたのである。
αで巣をつくる習慣のない錆兎にはわからないが、義勇にとっては巣はとても大切なものらしい。
そしてそれを否定されるとすごく傷つくようなので、錆兎は考えてしまった。
別に作るのは良いのだ。
ただ、いつも作る場所に問題があり過ぎて褒めてやれない。
それは義勇にヒートが来て巣作りを始めるのがいつも錆兎が居ない時なのもあるだろう。
と、そこで錆兎は考えた。
そろそろ義勇の次のヒートが始まる時期だ。
しかし錆兎は大学生をしながらアルバイトで生活費を稼いでいる身なので、いつ始まるかわからない巣作りのためにずっとバイトを休むわけにはいかない。
そう悩んだ挙句、良いことを思いつく。
そして、ある日…
──義勇、すまないが留守番頼むな?
と、そろそろヒートが始まりかけて怠そうな義勇の額に口づけて、錆兎は今日もバイトに出かける。
そうしてドキドキしながらバイトに勤しんで帰りの時間を待った。
夜…バイトを終えて帰宅の途につく錆兎。
──義勇、ただいま~
と、一応声をかけるが、迎えに出てこないのは想定済み。
玄関に入って鍵をかけ、そのまま手洗いうがいを済ませると、そ~っと寝室を覗いてみて、そこにあるモノの中でごそごそと動く気配を感じてホッとしたように微笑んだ。
そう、錆兎が出かける前に寝室に用意していったボールハウス。
本来なら子どもがボールを入れて遊ぶ、その1mちょっとくらいのネットの正方形の箱の上に囲まれている感が出るようにふわりとシーツをかけてやっておいたのだ。
入口の部分をぺろりとめくって中を覗いてみると、その中にはボールハウスにいっぱい敷き詰められ、さらに四方に積み重ねさえされた錆兎の服やシーツなどに囲まれてご機嫌な様子の義勇。
錆兎に気づくと、今まで毎回困った顔をされていたので少し不安げな顔になるが、
──今回の巣はすごくよく出来てるな
と、そこは錆兎自身が困らないようにと用意したものなので、思う存分褒めてやると、義勇の不安げな表情がぱああぁぁ~っと明るいものに変わる。
──…ほんと…に?
──ああ、本当だ。俺も少しお邪魔していいか?
──うん!!
初めて褒められて嬉しいのだろう。
まるで子どものように無邪気に笑う義勇がとてつもなく愛らしい。
──お邪魔します…
と、まるでままごとのように言って中に足を踏み入れた錆兎は、ぎゅうっと抱き着いてくる義勇が愛おしくて愛おしくて、つい、そのまま致してしまったので、結局敷き詰めていた服は汚れて、いつものように全て洗濯しなければならなくなってしまったのはご愛敬だ。
こうしてそれからは錆兎は寝室にボールハウスの他にもベッドの四方にステンレスのフレームを立ててその上から天涯を付けるなど、文字通り愛の巣を用意して、3か月に1度のヒート時期にはそのどちらかで盛り上がったあと、義勇と二人でそこに敷き詰めて汚れた大量の自身の服の洗濯に勤しむことになったのである。
気に入って頂いて嬉しいです。ありがとうございます
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