「お待たせした。最後は比較的優れた凡人だな。田原瞳嬢」
和馬の言葉に瞳は少し複雑な表情を浮かべて聞く。
「それは…馬鹿にされてます?」
(このイヤミ殿下にそんな事聞けるって、なんて勇気っ!!)
自分のことでもないのに焦る風子。
「愚問だな。
先ほど愚か者から順番にと言っているわけだから自分がどの位置にいるかがわからないほど愚かではないと信じているんだが?」
と返す。
それで少し黙り込む瞳に、和馬は付け足した。
「俺は世間を…極々少数のカリスマと、大勢の凡人と愚民に分けて考えている。
優れた凡人以上になるとカリスマだが…それは生まれつきの持ち合わせている資質で努力でなれるものではないからな。まあ別格だ。
俺は凡人の中ではトップクラスだが、百万年努力してもカリスマには成れん」
てっきり…自分がそのカリスマだと言うのかと思ったら違ったのか…と風子は驚いた。
「カリスマは…一言で言うと他人に只者ではないと思わせ、何をするでもなくてもそいつのために何かせざるを得ないと思わせ、他人を従わせる事ができる資質の持ち主だ。
ポチ、お前の大好きな碓井頼光、あいつもその類の人間だぞ」
やはり風子の心を読んだように小声で言う和馬。
「俺がこうして加藤を動かせるのは俺の能力じゃない。碓井頼光の能力だ。
加藤だけじゃない。あいつがその気になれば財界、政界、学会、ありとあらゆる分野の中枢を担っている海陽OB達が動くぞ」
「す、すごいですねっ!さすが碓井さんっ!!」
目を輝かす風子だが、和馬はそこで一瞬沈黙。次に大きくため息。
「問題は…本人に全然動かす気がないだけでな…。
OBの親父連中は動く気満々なのにな…。
もったいないお化けが出るぞ…」
「なんとなく…わかる気はします…
碓井さんはなんていうか…無防備なくらい画策しない人ですよね」
風子は納得した。
「画策しないどころか…自分を陥れようと画策した奴にそっくりなそいつの親戚のフォローに奔走するくらいの、一度死んで脳みその中身詰めなおしてもらってから出直して来いって言いたくなるような能天気馬鹿だ」
その時ちらりとのぞいた和馬の表情は珍しく少し怒っているような照れているような不思議に感情が見え隠れしている。
もしかして…と風子は思った。
「その親戚って…もしかして金森さん…だったりします?」
その質問には返事はなかった。
ただ ”フン!“ と鼻を鳴らして、和馬は
「まあそういうことで…極々少数の生まれながらの才能を持つ者以外では比較的上の部類の人間だと言う認識のもとに…他とは違う事をしてもらうか…」
と、話を強引に元に戻した。
「違うこと?」
首をかしげる瞳。
それに対してうなづく和馬。
「ああ、まあたいしたことじゃない。
この中では比較的冷静にして客観的な状況把握が出来てそうな上に、重要な場面にかなり居合わせているからな。
俺の方から~の時とか聞かん。
自分から見た今回の一連の出来事の大まかな流れと気になる点…多少私見が入っても構わないのでを説明してもらえるとありがたい。
もちろん、愚民の友人は所詮愚民なんだと主張したいなら、こちらからの質問形式にしても構わないがな」
ひたすら怯える他の3人と違い、本来はプライドの高い人間なのだろう。
その言い方に瞳はキッと和馬をにらんだ。
そして小さく息を吐き出す。
「わかりました。
何度も意味のない重複をしても仕方ないので、多少は省略しつつ全体像を追います」
そう言って立ち上がる瞳に、
「ほ~それはそれは。楽しみだな。拝聴させてもらおう」
と和馬はニヤニヤ笑みを浮かべた。
飛び散る火花。
風子は心の中で瞳に声援を送った。
「まず…最初に今回の旅行に佐々木葵さん、アオイが金森さんを誘った経緯から。
私の従兄弟の小川太一がアオイに好意を持っていました。
そしてアオイの方もそうだと信じ込んでいたので、その気のないアオイが誤解をとく目的で自分には交際中の相手がいると言うことを証明するため、自分の交際相手を同行するという事でした。
そして大学の同級生5名とアオイの交際相手の計6名で小川家所有の別荘、つまりこの家に泊まる事になりました。
人間関係としては私と太一は従兄弟同士。
亡くなった相川紗奈は当初太一に片思い。
太一はアオイに片思い…最もこれは太一は両思いと思っていましたが…。
そして当のアオイは交際中である金森さんがいる、そういう感じです」
和馬を含めた他とは少し違う女性らしい感情面を加味した瞳のアプローチの仕方に風子は少し興味を惹かれた。
全てお見通しの和馬は恐らく、自分で説明するのが嫌、もしくは面倒なそのあたりを説明させたくて、瞳にこういうやり方を取ったのだろうな…と風子は納得しつつ耳を傾ける。
「ところが現地集合で全員この家に集合した時、それまでは太一に惹かれていた紗奈が、金森さんを一目見て気に入ってしまったらしく、他人様の交際相手に対する態度という面からは逸脱したレベルで接触を取りたがりました。
私は旅行でそういう揉め事も嫌だったので、貸し借りしていたCDをそれぞれ交換するという名目でそのまま紗奈の部屋に行って注意しましたが、元々他人の言うことに耳を傾けるタイプではないので、あまり聞いてもらえなかったように思います。
その後…リビングで全員合流。
この家は元々私と太一の祖父の別荘です。
そして相続したのが太一の父ということで小川家の所有物となってますが、私も祖父の生前はよく来ていてかつてはよくわかっていたので、調理とか諸々に詳しくない太一の代わりに事前準備は全て私がやっています。
なので、夕食の支度はそれを考慮して私を除く女二人でやるという事になってました。
しかしそんな感じで紗奈がアオイの彼にちょっかいかけてる状態だったので、二人きりにするのが少し怖くて、ジュースの支度とかにかこつけて様子を見に行きました。
その時はそれほどもめてる様にも思えなかったのですが、直情的な紗奈と違ってアオイは言いたい事を言わずに我慢するタイプなので、本当のところは不快に思っているかいないかよくわからないと個人的には思ってました。
それで二人にジュースと氷を持っていってもらってる間にキッチンをざっと見回して、放置してあった、万が一揉めた時に危なそうなピックとか包丁とかを優先的に洗って片付けました。
もちろん…そういう意味で危なそうだからというわけにもいかないので、一応洗ったら片付けようという感じに言葉をかけて、他の洗い物も洗っておきましたが…」
確かに…愚民愚民言いまくる和馬をして“比較的優れた凡人”と言わせしめるだけのことはある。
よく気が付く娘だ、と風子は感心した。
そんな風子をよそに瞳は淡々と続ける。
「その後夕食の間もやはり紗奈が過剰に金森さんに構おうとするので、中田をつついて間に入らせようとしたんですけど、効果なし。
夕食の洗い物も女二人だったんですが、やっぱり少し気になって中田に頼んで見に行ってもらったりしました。
で、戻ってきた中田が私にだけこっそりと二人が口論していたようだと報告してきたので、様子を見に行こうとしたら紗奈が戻ってきたので、とりあえずそのままリビングにいました。
その後すぐ紗奈は部屋に戻っていきました。
金森さんのお話の通り、生前の紗奈を見たのはこれが最後です。
30分ほどしてリビングに戻ったアオイは紗奈と同じく部屋に戻ると言うことだったので、彼を放置で部屋にというのはもしかしてこれから二人で何かあるのかなと、アオイが部屋に戻って少ししたくらいの時に私も後を追いました。
私が二階に上がると紗奈の部屋のドアが開いていて、その明かりの消えた部屋の前でアオイがオロオロしていたので、どうしたのだろうと思い、『どうかしたの?』と声をかけました。
アオイは驚いた様子で『どうしてここに?』と聞くので、二人が揉めていたらと思ってと、隠すことでもないのでそう正直に伝えました。
そのついでに部屋をのぞいたら、床にピックの刺さった状態で倒れた紗奈の死体が見えたので、アオイに救急車を呼んで、下の男性陣にも知らせてくれるように頼んで、私自身は紗奈の部屋の前で他を待ちました。以上です」
今の説明する口調といい、死体を見つけた時の行動といい、本当に冷静だ…と風子はまた感心する。
自分でも多少わたわたするのではないだろうか…。
説明を終えて自分をまっすぐ見据える瞳に、和馬は腕を組んだまま神妙な顔でため息をついた。
「愚民の友人とは思えんほど冷静な人間だな…だが…」
と、そこで一度言葉を切る。
さきほどまでの言動もあって、その切り方に瞳はピキっと来た様だ。
「だが?なんですか?」
とやや尖った声音で和馬に言い返す。
それに対して和馬はクスリと一言
「可愛げがない…」
「なっ!!」
静かに怒っているという感じだった瞳の顔色がそこで赤くなって、感情的に怒っている表情が浮かぶ。
「なんですかっ、失礼なっ!」
と、思わず返す瞳に和馬は小さく肩をすくめた。
「いや…すまんな。つい本音が…」
冷静な人間じゃなければ愚民扱いをするくせに、この人はどういう相手なら気に入るのだろう…
と風子は眉間に手をやってため息をつく。
「まあ…別に俺が付き合うわけではないから、それもどうでもいいことだな。
それより質問だ」
どうでもいいことなら相手を怒らせるような事言わなきゃいいのに…と、その場にいる皆が思っている。
「なんですか?」
それでもそこで割り切って答えようとする瞳の理性に風子は本気で拍手喝采を送りたくなった。
「もう…この際ストレートにきかせてもらうが…」
「…はい」
「ピックが刺さった相川紗奈を見つけた時、何がどういう経過でそうなったと思った?
さらに言うなら…それに対しての感想は?」
和馬の問いに、それまで淡々と答えていた瞳もさすがに言葉に詰まった。
そしてチラリとアオイに目を向ける。
それに気づいた和馬は
「中田氏にも言ったが…事実を言おうと言うまいと事実はすでに確定していて、言った事を事実の認識のための判断材料にすることはない。
単に現場がどういう風に見えたかが知りたいだけだ」
と、先をうながした。
「わかりました…もう思い切り私の私見ですが…」
瞳は覚悟を決めたらしい。そう言って少し落ち着こうと息を整える。
「アオイが…紗奈と揉めて刺しちゃったのかなと思いました。
ピック自体は私自身が確かに食器棚にしまったのは記憶してましたし、その後食器棚に近づけたのはアオイだけなので…。
キッチンで口論していたのも目撃されていて…普段温和なだけにキレちゃったのかなと…」
瞳の言葉にアオイは青くなった。
まあ…状況的にはそう取られても仕方ないわけだが…友人に言われるとやはり堪える。
そんなアオイに全く構うことなく、和馬は続ける。
「それは分析だな。で?感情的には?」
「感情的?」
瞳は意味を取りかねたように少し眉をひそめた。
そこで和馬が説明する。
「普通…明らかに第三者に刺された人間なんて見るとな、怖いという感情は生まれると思うんだが?」
「あ…それは…もちろん…」
「怖いと思いつつ、でもまず救急車をと物理的に必要な事項を優先する理性が勝ったという事なのか?」
和馬の質問に瞳は少し迷って、しかし
「まあ…そういうことになりますね…」
とうなづいた。
「ふ~ん…」
その瞳の答えにまた和馬はにやにやと意地の悪そうな笑みをうかべた。
「…なんですか?」
ムッとして聞く瞳。
「いや…普通…少なくとも俺ならまず、相手が刺されて死んでいると思ったらまず救急車より警察だと思うんだが?」
その和馬の言葉に瞳は初めてビクっと動揺した様子を見せた。
しかしすぐ
「すみません、失言でした。
今までずっと死体って話をしてたので…混同しました。
実際は…発見当時は死体と思ってたわけじゃなくて…生きてると思ってたので」
と瞳は少し顔を赤くして答える。
「なるほど。“サ”“ル”も木から落ちると言ったところか…。」
猿という言葉をわざわざ強調して言うあたりが嫌らしい…と風子は内心またため息。
しかし…コツコツと足音を立てながらまた大学生組の方に足を向けた和馬の表情が見えた時、風子は思わず息をのんだ。
口元には笑みが浮かんでいるが、その目は獲物を狙う蛇のように鋭い光を放っている。
「まあ…生きていたにしても死んでいたにしてもだ…目の前の人間が刺したなら…普通怖くないか?そいつが自分の後ろにまわると思ったら…。
現場を自分が見てなかったとしても…相手はそう思っていない可能性もあるぞ?
そいつにしたら唯一の目撃者だ…。
一人殺すなら二人殺してもなんて思う可能性も低くはないぞ?
後ろに回った途端にグサッ!!!」
後ろに回った瞳の耳元でそう言って、いきなり指で瞳の背中をつついた。
「きゃあああっ!!」
思わずすくみ上がる瞳。
その反応は和馬にとって満足のいくものだったらしい。
また楽しげな笑い声をあげる。
「なっ…悪趣味な遊びしないで下さいっ!!」
さすがに涙目で後ろをにらみつける瞳。
そこで和馬の顔から笑みが消えた。
「悪趣味な遊び…なのか?本当に?
普通は怖いし、一般的に刺した犯人と刺された相手の両方を目にした場合な… “自分の方が” その場を離れて安全を確保しようとするのが自然だ。
ちょうど“救急車を呼んで他に知らせる”という大義名分があるなら余計にな…」
室内がシン…とする。
「何が言いたいんですか?私が刺したとでも?
それ無理ですよ?
紗奈が上に上がってからアオイが紗奈を訪ねて遺体を発見するまで私はリビングにいたんですからっ!
そもそも…私は食器棚に近づいてないんだし、ピック持ち出すなんてこともできませんでしたし」
瞳がそう言って鼻で笑う。
しかし和馬は獲物をいたぶるネコ科の動物のように、ニヤニヤと楽しげに爪を立てていく。
「ああ、だが愚民が相川紗奈を発見した時ピックが刺さっていたと証言しているのは、実は“自分だけ”だと言うことに気づかんか?
もし愚民が発見した時まだピックが刺さっていなかったとしたら?
俺が到着するまでにピックを刺せたのは一人だけ…と言うことになるな?」
「非現実的ですっ」
瞳はきっぱり断言した。
「いくら自分の彼女をかばいたいからって、でたらめ言わないで下さいっ!
証拠でもあるんですかっ?!」
「ん~、愚民がピックを刺したんじゃないという証拠ならな」
和馬の言葉に瞳は目を見開いた。
そこで和馬はもう一度風子の側に戻り、証拠品の箱の中からピックの入った袋を取り出した。
「さっきも言ったけどな、このピックには“愚民の指紋だけ”べったりついているわけなんだが…ありえなくないか?」
そこで風子を含む全員が頭の上にハテナマークを浮かべる。
「…アオイしか触る機会がなかったわけだから…当たり前じゃないですか?」
瞳が言うと、和馬は我が意を得たりとばかりに笑みを見せた。
「そうかな?愚民以外で最後にこれに触ったのは誰だ?愚民ではないよな?
とすると…だ、愚民がこれを持ち出したとしても、手袋でもしてない限りは最後に洗って拭いた後、素手で棚にしまった人間の指紋は当然ついてるはずだよな?
だが繰り返すが “このピックには愚民の指紋しかついてない”んだ。
とすると…愚民はわざわざ他の人間の指紋を拭きとって、自分の指紋だけピックに残すなんて手間暇をかけた事になる。
確かに愚民は愚かなわけだが…いくら人間辞めた方が良い位の愚民のやる事といってもあまりにありえなくないか?」
「「あ……!」」
全員が小さく声をあげた。
「ということでな…刺したのは愚民ではないという過程が成り立つ。
で、愚民が刺してないという前提で、これを刺せたのは誰かと言うと…まあ一人しかいないわけだ」
「でも…私食器棚に…」
「あ~、それはな」
和馬は瞳の反論をさえぎって更に言う。
「愚民と相川紗奈がリビングに物運んでる間に十分すりかえられるよな。
愚民の指紋のついたピックを隠し持って、あらかじめ用意していた同じ形のピックを洗う。
これができたのも“事前の準備をした人間”だけだよな」
次々塞がれていく逃げ道に瞳は一瞬言葉を失う。
これがアオイだったらもう泣き出しているだろう。
しかしそこで取り乱さないのが瞳だ。
「悪趣味ですよね、金森さん」
とニコリと笑みを浮かべた。
「悪趣味?」
やはり笑みを浮かべて返す和馬に、瞳は小さく息を吐き出した。
「アオイや太一の時もそうでしたけど…無意味に相手に容疑者であるような事を言って動揺誘って喜んでますよね?でも私はその手には乗りませんよ」
「あ~ばれたか」
意外にも和馬はその言葉を否定はしなかった。
そして肯定を表すようにニヤニヤ。
それに瞳は小さく息を吐き出して再度
「…悪趣味です」
と繰り返した。
「さすがに…愚民達のようにはいかんか」
笑う和馬に
「当たり前ですっ」
と、それでも若干気を取り直したようにうなづく瞳。
確かに…手短に質問を終えた中田以外には、和馬はことさら相手が犯人のような言い方をして煽って楽しんでいる。
今回もそれなのか…と、風子はあきれ返った。
本気で性格の悪さは他の追随を許さない男だと思う。
「じゃ、そういう事で、私も座って構いません?」
話すことは終わりとばかりに座りかける瞳を和馬は軽く手で制した。
「いや、全部説明しないと気持ち悪くないか?」
「あ・り・ま・せ・ん!
はっきり言って…不明瞭な点が残るよりも金森さんの話を聞いている方がよほど気分悪いです」
はっきりきっぱり言う瞳に、思わず拍手をした風子は、チラリと和馬に冷ややかな視線を向けられて慌てて手を下に下ろして直立不動の体制をとった。
もちろん…箱はすぐ横のテーブルの上だ。
「まあ…座っていても構わんが…話は続けるぞ」
最終的に和馬はそう宣言した。
それで瞳は当然のごとくまた椅子に腰をかける。
「ピックは綺麗に被害者の左胸に刺さっていた。
ドラマとかだとまあ簡単に切ったり刺したりしてるのを見るが…実際はよほど不意をつかない限り、相手も抵抗を試みるものだし、衣服の乱れ、身をかばおうとして使うであろう手に怪我、避けようと体が動くためできる傷口のぶれなど、色々な形跡が残るものだ。
それが相川紗奈の遺体には一切ない。
まるで倒れた状態で無抵抗に刺されたとしか思えない。
しかも…通常意識を失っている状態で刺されたとしても、そこで痛みなどで多少の体の動きは見受けられるはずだが、それもない。
たとえるなら…何かで倒れてそのままの状態でピックだけ突き刺さっているといった感じだ。
このことから…相川紗奈はなんらかの方法で死んで倒れているところにピックを突き立てられた、つまり死因はピックを刺されたキズとは別にあると考えるのが正しい。
ま、遺体を詳しく調べればわかるわけだが…」
和馬がそこまで言ったときに、瞳が
「ちょっと待ってください」
とわりこんだ。
「刺されて即死したのかもしれないじゃないですかっ。
紗奈は持病があるとは聞いてませんし、私達はその理屈で言うと紗奈が何らかの方法で死んで倒れるまでの時間は全員リビングにいたので紗奈を殺すなんて不可能です。
食べ物も紗奈自身とアオイが作った物で飲み物も氷も同じく二人が用意したものです。
席は適当でしたし、全員が同じ物口にしてますし、紗奈の物にだけ何かを混入するなんて不可能です」
瞳の言葉に和馬はまた意地の悪い笑みを浮かべた。
「相川紗奈が死ぬ直前に摂取した飲食物を用意したのは相川紗奈自身と愚民ということを主張したいのか?俺は全員に等しく容疑者の可能性を提示しているわけなんだが…誰かさんはよほど愚民を犯人にしたてあげたいらしいな」
その言葉にアオイは涙目でチラリと瞳を振り返るが、瞳は動じない。
「くだらない邪推はやめて下さい。
私は単にあなたは私が犯人という図を今作りたいらしいので、相手を刃物とかで傷つけたわけではない場合に一番可能性のある毒という意味では私には殺人は不可能だったという事を言いたいだけです。友人であるアオイを貶めるとかそういう意図はありません」
きつい目で和馬を見据える瞳。
確かに…個人をからかって楽しむ…という事自体も感心できた趣味ではないが、いたずらに友人間に亀裂が入るような発言を繰り返すというのは度を越している…と、風子も非難の眼差しを和馬に向けた。
その瞳にまたてっきり和馬は皮肉な笑みで返すと思っていた風子は、突如冷える空気にゾッと身震いした。
「貴様のような奴が…友情を語るな」
ゾッとするような殺気を帯びた声。
皮肉で嫌味で高飛車なため和馬を怖いと思っていたが…笑みが消えた和馬の恐ろしさは風子がいまだ経験した事のないほどのものだった。
「いいだろう。貴様にはもう自白の機会も釈明の機会も与えん」
宣言した和馬はまるで大鎌をふりあげた死神のように見えた。
冷ややかな怒り…冷静なようでいて強い怒りを抑えきれずにいるようにも感じる。
「…だめだな…」
和馬は突然つぶやいた。
「冷静に…正確にして完璧な説明をできるように電話するから5分待て」
言って和馬は携帯のボタンを押す。
「もしもし、俺だ。これから暴くんだが…俺も例のやっておくぞ。
ああ、貴様の例の自虐的な誓いだ」
なんとなく…風子には電話相手がわかった気がした。
コウだ…。
そして例の自虐的な誓いというのは恐らく“ハリセンボン”。
それは一部では有名な真相を語る前のコウのお約束だ。
コウはいつもその彼女と絶対に真相を解明すると言う約束でゆびきりをしてから、語り始める。
“彼女のために生き、彼女が言う事なら何でも聞くし、彼女のためなら死ぬ。
もちろん彼女が死んだらあとを追う”
そう公言してやまない最愛の彼女の言う事はコウにとっては絶対なのだ。
だから彼女とゆびきりした約束を果たせないなら自分は本当に針千本飲むと言うことで、絶対に後に引けない事をやる時にはそうやって自分を追い詰めるようにしているらしい。
しかし…和馬がそんな事までやるとは…と風子が感心していると、和馬は電話の向こうに向かって当たり前に宣言。
「これから俺は真相を解明し、被疑者を明らかにする。
ということで、ハリセンボンだ。
…もちろん、飲むのはお前なっ!」
『お~~い!!!』
電話の向こうでがっくり肩を落とすコウ。
その友人の様子に和馬はクスクス楽しそうな笑い声をもらすと
「ま、そういうわけで…無事解明できることを祈ってろ」
と、コウに反論する間を与えずにちゃっちゃと切る。
「ま、冷静さを取り戻すには馬鹿をからかうに限るなっ」
どうやら落ち着いたらしい。
和馬はそう言っておもむろにパチンと指を鳴らした。
するとリビングのドアから黒服が入り込んでくる。
その威圧感に思わず怯える一同。
しかし和馬は当然のように、その黒服に
「例の物証を…」
と、手を出す。
「はっ。こちらに…」
黒服は和馬に向かって恭しく黒塗りの箱をかかげた。
和馬は黙ってその箱から様々な物が入ったビニールを取り出すと全員が囲むテーブルの上に並べていく。
一つ一つは何を示すのか風子にはわからなかったが、和馬が一つ並べるごとに瞳の顔から少しずつ血の気が引いていった。
「これで全部だな…」
全てを並び終えると和馬はそう言って軽く手で合図を送る。
黒服は90度頭を下げて、またリビングを出て行った。
そこで和馬は風子を振り返る。
「風早から送らせた“その道のプロ”だ。
いざとなったら風早の方から圧力をかけて潰すという事で、加藤には了承を取ってある。
ま、これも俺の権力じゃなくてコウに動いてもらったわけだが…」
和馬の婚約者の風早藤の祖父である現風早総帥は、コウに対してかなりの恩義と好意を感じているらしいというのは上司の赤井に聞いた事があるが…
「俺は…あくまで目下だからな。
今現在の総帥は風早老で、俺はその秘書にすぎん。
しかるべき筋からお願いさせるのが筋だ。
明らかに目下の人間が私的な事で偉そうにボスの配下を動かしていたら他に対して示しがつかん」
何故婚約者の実家なのに?とふと思った風子の疑問も、和馬は例によって先回りして答えた。
偉そうなだけじゃなく、必要とあればそういう気の回し方ができるあたりが、やはり和馬は只者ではないと風子はまた感心する。
和馬はそこで風子への対応を切り上げて、ビニールに入った様々な物を並べたテーブルへと一歩踏み出した。
「ま、説明するまでもなく全部わかっている奴もいるとは思うが…一人を除いて全員わかってないだろうから説明してやろう。ありがたく拝聴しろ」
そう言って和馬はまず一番左端、アオイの指紋がついた証拠品のピックにそっくりなピックを手に取った。
「まずこれが先ほどの説明で言った通り愚民の指紋がついたピックとすり返られたピックだ。
愚民の指紋がついたピックを隠し持った犯人が、代わりにこのピックを洗って布巾で拭いて食器棚にしまう振りをして、実際はこれも回収。
もう一度使う機会がなければ誰も本当にこいつがしまわれているかわざわざ引き出しの奥を確認しようなんて思わんからな。
実際はピックは二本とも犯人が回収していたんだ。
これがすり返られたほうであるというのは、このピックにを拭いた際に付着した布巾の繊維で証明できる。逆に愚民の指紋がついたほうはキッチンの布巾で拭いてないから、繊維が検出できん」
「いつのまに…そんな物調べさせてたんですか?」
今のいままで全然知らなかった風子はぽか~んと口を開けて呆ける。
それに対して和馬は肩をすくめた。
「現場を見た時点でピックの細工とそれを行った人間は明らかだったからな。
田原瞳も下へ追いやった後、コウ経由で風早と加藤に連絡取らせて手を回させた上で自分もリビングへ降りたんだ。
で、貴様が到着した頃にはさっきの男が犯人の部屋からピックを回収済み。
到着した鑑識に調べさせたというわけだ」
あの時点でそこまで終わっていたのか…と、驚く風子。
「ま、というわけで、ピックは愚民が相川紗奈の遺体を発見後、救急車を呼んで他に知らせろと言われて現場を離れた後、犯人によってすでに死亡している相川紗奈の遺体に突き刺されたというわけだ」
言って和馬はいったんピックをテーブルに置きなおす。
そして次に和馬がチラつかせたのは、ドアノブカバー。
それは…各部屋のドアノブにかかっていたものと同じものだ。
「というわけで…ピックを刺した時にはすでに死んでいたと言うことは、相川紗奈はその前に何らかの方法で殺害された事になるわけだが…そこで注目すべきはこのカバーだ。
最初はなんでこんなもんがピックと一緒に後生大事にしまってあったのかわからなかったが…。
通常…つまみタイプの内鍵があるドアノブに、それを覆うカバーはかけない。
内鍵がかけにくくなるしな。
鍵がかかっているかどうかの目視もできなくなる。
で、後ろのポチがな、不思議だ不思議だとワンワンほえるんで調べてみたら思わぬものがでてきたんだ」
和馬はそう言ってビニールの上からドアノブカバーを少し広げて見せた。
「ちなみにこれは被害者の部屋からではなく犯人の部屋の隅にあった袋から押収したものな。
よく見ないと…というかよく見てもわからんかもしれんが、真ん中のあたりにかすかに血液が付着している。
で、これは恐らく被害者の血液と一致するはずだ。
ま、警察に恵んでやる」
そう言って和馬はそのビニールを風子に投げて寄越した。
「でもってだ、血液と一緒になんらかの毒素も検出されると思うぞ」
風子は慌てて受け取って鑑識へと渡す。
そうしている間にも和馬の説明は続いていた。
「犯人はまず事前に被害者のドアノブの内鍵のつまみに毒を塗った小さな針のような物を仕込んでおいて、その上からドアノブカバーをつけてそれを隠した。
そして被害者が必要な時まで万が一にでもそれに触れる事を避けるため、被害者が自分でドアに触れる機会を持たないように、被害者が部屋にいる時は常に自分も共にいて、自分が毒針に触らないようにドアの開閉をしていたんだ。
おそらく犯人は愚民の方が恋人持ちの分際で小川にちょっかい出して二股かけてるとでも被害者に吹き込んだんだろう。
リビングは当然他の人間もいることだし、二人きりで話すには被害者の部屋が一番いい。
しかし食事の支度や片付けでも被害者と愚民は長い時間二人きりになることができるので、自分が出入りしたり中田を出入りさせたりして込み入った話ができないように画策をしたんだ。
そして何も知らない被害者は犯人の思惑通り愚民に自分の部屋で話をしたい旨を伝えて、夕食後に自室に戻った。
被害者は当然ドアを開けるとドアを閉め、その後当たり前に内鍵をしめようと毒針の仕込んである内鍵のつまみに触れてそのまま倒れて息を引き取る。
しばらくして何も知らずに愚民が被害者の部屋を訪れて倒れている被害者を発見というわけだ。
犯人は愚民が2階に上がった時点でそれを追って2階に。
そこで愚民が被害者を発見するのをジッと物陰で待つ。
そして愚民が発見した時点ですぐ愚民に声をかけて現場から追い払う。
一応部屋を暗くして状況把握をしにくくしているものの、愚民に詳細を確認されては面倒だからだ。
案の定愚民はオロオロしていて、犯人の指示に従ってロクに状況も確認しないまま一階へ消えた。
その間に犯人は隠し持っていたピックを遺体に突き刺し、内側のドアノブにかかっているカバーを外して毒針を回収。針に刺したときについた被害者の指から出た血がついたドアノブカバーも回収して自分が洗ってみせた上で回収してみせたもう一本のピックと共に三点セットで袋にいれて自分の部屋の隅にとりあえず放り込んでおく。
それが終わって被害者の部屋に戻って犯人はふと気づく。
被害者の指だ。
すぐ死んで生命活動を停止したため大した量ではないが、わずかに針を刺した時の血がついてたんだ。
それをあわてて犯人はおそらく自分のハンカチか何かでぬぐったんだろうな。
気づくと階段の方から音がする。
誰かきたんだろう。ぎりぎりセーフだ。
その焦りと安心が犯人の判断力を多少にぶらせる。
犯人は…ほぼ条件反射で深く考えずにそのハンカチを “いつものように当たり前に” ポケットにでも入れてると思うんだがね?」
その和馬の言葉に瞳はサッと顔色を変えた。
「普通の判断力が残っていれば…万が一を考えたらトイレにでも立ってそれを処分すると思うんだが…ここに全員集められて俺が上にいる間、誰もトイレに中座したりしてないみたいだからな。
ということで…全員ポケットの中身をテーブルに出してもらおうか…」
「もういいわよ。」
瞳がポケットからハンカチを出してテーブルに放り出した。
0 件のコメント :
コメントを投稿