そして一階に降りていき、数人の警察が見張っているリビングへとにこやかに足を踏み入れる和馬と証拠物件を入れた箱を手にお供のようにつき従う風子。
繰り返すが…どちらが警察なのかよくわからない。
和馬はまず青い顔で座っているアオイに声をかける。
いきなり変わる呼び方に、アオイ以外の一同が驚きの目を和馬に向けた。
楽しげな和馬にアオイは黙ってため息…。
また誰か…恐らくかなり高い確率で自分をいびるネタでも見つけたんだろう…。
聞くのが怖いのでアオイが黙っていると、和馬は後ろに控えている風子が抱えている証拠物件の入った箱から、遺体に刺さっていたピックの入ったビニール袋を取り出すと楽しげにチラつかせた。
「これは遺体の左胸に刺さっていたピックだ。
でもってだ、鑑識に調べさせたところ、これには愚民、お前の指紋のみべったりとついてるぞ。
死体の第一発見者でもあるしなっ。喜べっ、ぶっちぎりで容疑者候補第一位だっ」
アオイは気を失いそうになった…。
「ちょ……待ってください。私じゃありませんっ。私、紗奈殺したりなんて…」
もう一気に真っ青で涙目なアオイ。
これを刺した事が死因ではないと和馬が現場ではっきり言っていたのを知っている風子は、いきなり脅されて動揺しまくっている女子大生が可哀想になった。
かといって…真実を話して自分に矛先が向くのも嫌だ。
それは苦肉の策だった。
「あの…金森さん…結論や推論に入る前に…とりあえず軽く状況説明と各自のアリバイとかを説明して頂けるとありがたいのですが…。
すみません、それがないと私の頭ではついていけません」
風子は恐る恐るそう切り出して、涙目の女子大生にはアイコンタクトを送ってうなづいてみせる。
「あ~、そうだろうな、ポチだもんな。言われた通りの事しかわからんよな。
とりあえずリビングに残っている警察はチェックしてると思うが、一応説明してやろう」
意外なことに和馬はそれに不快な様子を見せなかった。
というよりむしろ風子が見かねてそう言い出すのを予想していたようにすら思う。
和馬はいったんピックのビニールを箱に戻すと、大学生組のほうに足を運んだ。
「元は大学生仲良しこよしグループ5人で旅行に行こうって話になっていたんだ。
だが、この愚民がな、そこで自分には彼氏がいるという事を証明したいと言い出してな、自分の彼氏も旅行に連れて行く宣言をして5人プラス愚民女の彼氏という図に相成ったわけだ」
どうやら犯人扱いされて涙目になった女子大生が和馬の言うところの”愚民“らしい。
しかし…その理屈で言うと彼氏というのは和馬??
風子がその点が少しひっかかっているのに何故か和馬は気づいたらしい。
にやりと笑うと
「ポチ、貴様の抱いている疑問はあとで説明してやるから、今は黙ってろ」
と言って先を進める。
「ということで、仲良しグループ+1でこっちの小川太一の実家所有の別荘、つまりここに来ることになったわけだ」
と、和馬はポンと軽く小川の肩を叩いた。
それでなくても殺人事件などが起こって動揺しているところに和馬がいきなり態度や物腰を変えた事に若干怯えたように小川は身を硬くしている。
「到着後はそれぞれ自室に荷物を置いてリビングに集合しようということになって、俺はこの愚民女の荷物を部屋に運んでやるため自分の荷物を自室に放り込んで愚民の部屋へ。
小川ともう一人の男の中田はそれぞれ自室へ。
最後の一人、田原瞳は被害者相川紗奈とCDの貸し借りをしているということで相川の部屋へそれぞれ落ち着いた。
しばらくそのまま部屋で過ごして俺と愚民がリビングへ向かおうと廊下に出た時、ちょうど田原、相川組も部屋から出てきてそのまま合流。
4人でリビング入り。
男二人はその時点ですでにリビングに落ち着いていた。
食事の支度は愚民と相川紗奈の二人。
女で唯一田原瞳が加わらなかったのは、田原瞳は小川の従姉妹で、事前の準備を一手にひきうけていたためだ。
その後普通に調理&食事。
件のピックは食事の前に氷を割るのに使ったとのこと。
詳しくは俺は見ていないからなんとも言えん。
あとで自分で説明しろ、愚民。
食後は片付けのためキッチンにこもった相川紗奈と愚民を除いた4人はリビングで雑談。
途中片づけが遅いからトラブルでも?と田原瞳が言い始めて中田に様子を見に行かせる。
二人がキッチンで何か言い争っていた模様だが、中田が入って後片付けがまだ終わらないのかと聞いたら終わったと伝えろと相川紗奈。
中田がリビングに戻るとまもなくして相川紗奈だけリビングに戻ってくるが、疲れたから部屋に戻ると言い置いて退場。
これが最後に目撃された生存している相川紗奈の姿だ。
30分ほどたって愚民リビング入り。
だが相川紗奈と同じく疲れたから部屋に戻ると言い置いて退場。
それからすぐ田原瞳も退場。
男3人はそのままリビングでウダウダしてたが、30分ほどたって愚民が"紗奈が救急車“とか電波発言を垂れ流しながら降りてきた。
そこで俺が様子を見に行ったら相川紗奈の部屋の前で田原瞳が立っていて、相川紗奈は死亡していたので警察に連絡。
これが俺視点の現状だ。
で、あとはピックを使った時の様子とそれを使用後どう処理したのかと、自分が2Fに上がってからリビングに下りてくるまでを説明しろ、愚民」
振られてアオイはビクンと飛び上がった。
顔面蒼白でカタカタ震えるばかりで言葉が出ない。
それを見て和馬がにやりと笑った。
「以前殺人容疑がかけられた時も言ったが…もう一度一言一句違わず完璧に再現してやろうか?
貴様が浮気相手に攻撃しかけるような根性ある女じゃない事はわかる。
そんな根性あったらもう少しマシな人間になってるだろう。
貴様は浮気現場なんて目撃してもせいぜい涙垂れ流しながら逃げる程度の根性のない人間だ」
その言葉にアオイ以外はポカ~ンである。
さっきまでの紳士ぶりはなんだったんだろう?と思う大学生組と、よくもそこまでひどいセリフを吐けるものだと思う警察官組。
それでもアオイ自身はその言葉で若干冷静さを取り戻して立ち上がった。
そして数時間前の出来事の記憶を探る。
「キッチンに入って料理をしてたら瞳が入ってきました。
で、ジュース冷やすの忘れたから氷割っておいてくれって言って、自分はグラスを持ってリビングに戻っていきました。
最初は私が氷を出そうとしたんだけど紗奈が自分は先端恐怖症だからピック使えないっていうから私が氷割りました。
で、氷割れた頃に瞳がきて、氷とジュース持って行ってくれって言うから私が氷、紗奈がジュース持ってリビング行って…置いてすぐ戻ると瞳がピック洗ってて…それを拭いて食器棚にしまいました」
「つまり…ピックに指紋がつく機会はあったものの、それは使用後綺麗に洗って丁寧に拭いてしまわれたわけだな?」
確認する和馬にウンウンとうなづくアオイ。
それにかぶせるように瞳が
「鉄で水気が残ってると錆びるから、私が洗ってかなり念入りに拭いた後に食器棚にしまいました」
と証言する。
この時点でアオイの指紋は完全に消えているはずだ。
後片付けもすべてアオイと紗奈でやっているわけだから、その後ピックに手を触れる機会があったのもその二人に限られる。
「決定だなっ」
アオイにしたら絶体絶命くらいの状況なわけだが、和馬は本当に楽しそうに笑った。
アオイは以前も…殺人容疑を掛けられたことがあったのだが、その時は頼りになる友人コウがいた。
しかし今いるのは自分を嫌っているのであろう和馬だけで…自分に容疑がかかるのを明らかに楽しんでいる…と、アオイは絶望的な気分になった。
一方風子の関心ごとは基本的にコウの言う事優先なので、“和馬とアオイ”というコウから聞いた固有名詞と今いるメンバーの照らし合わせから始まっている。
和馬は…もう考えるまでもなくこの高飛車で嫌味で、でも反論しようもないくらい頭の回る大学生のことで…アオイの方は?と、ふと消去法で考えるとまさに今和馬がチクチクいたぶっている女子大生しかいない気がする。
念のため
「金森さん…アオイさんて…あのピックの指紋の女性ですよね?」
と和馬にこっそり確認を入れると、
「ああ、そういうあだ名もあるな。本名は愚民だ、覚えておけよ、ポチ」
と、もう彼らしい肯定の言葉が返ってきた。
「金森さん…さっき犯人はアオイさんじゃないって明言してたじゃないですか。
言ってる事がコロコロ変わってる気がするのは私だけですか?」
"憧れの碓井さん“から頼まれたのだ、守らなければと、風子にしてはなけなしの勇気を振り絞って吐きだした訴えは
「ああ、そうだな。お前だけの気のせいだ」
と、またあっさり返された。
がっくりと肩を落として息をつく風子。
だめだ…口では敵わない……。
アオイが犯人じゃないという言葉と、ピックについてアオイが語った後に決定だと言った言葉と…どこがどう矛盾してないんだ…と、それは風子の心の声だった。
しかし和馬はやはり風子にだけ聞こえる程度の小声で
「決定=愚民が犯人で決定と言った覚えはないぞ。
でもまだ言うなよ?面白くなくなるから」
と、笑いを含んだ目で風子を振り返った。
「金森さん…エスパーですか?」
本当に…なんで考えてたことがわかるんだと、本気で不思議に思って聞く風子に
「愚民以外の人間には普通にわかるぞ?ペットが考えてる程度の事は」
と、またまた金森節たっぷりな言葉が降って来た。
たぶん和馬には真相が全部見えているのだろう。
コウならそこで加害者被害者双方のキズを出来るだけ浅くするために費やす思考を、和馬はいかに自分が楽しむかに費やしているのだ…ということに気づいて風子は軽くめまいを覚えた。
そんな風子からまた視線を大学生組に、正確にはアオイに戻す和馬。
そして言う。
「さあ、次の説明しろ、次」
と、容赦ない言葉を浴びせかける和馬にアオイはもう茫然自失の体で
「もう…いいです。金森さん、どう言っても私を犯人にしたいみたいだし…
頭の回転じゃ…絶対絶対敵いませんもん…」
と肩を落とす。
それに対して和馬は
「それは心外だな、俺がそんな男に見えるか?」
とおおげさに肩をすくめてみせた。
「…違う…んです?」
アオイがうつむいていた顔をかすかに上げて視線だけチラリと和馬に向けると、和馬は思い切りうなづいてみせる。
「当たり前だろ?俺はお前が犯人なら直接攻めるなんてもったいない真似しないで、まず他をつついてバレてないと安心しきったお前の様子を見て心の中で無邪気なせせら笑いを浮かべてみせるぞ?」
この人は……
風子は頭を抱えた。
“性格は鬼のように悪くて一度会ったらもう二度と会いたくないくらい嫌な陰険な奴なんだが頭だけはいいから”
加藤警視正の言葉が頭の中をクルクル回る。
今後絶対に関わるのはやめよう、そうしよう…と、その選択権が自分にはないという事には気づかず、風子は心の中で固く誓った。
風子だけじゃない。他の大学生4人も殺人犯よりもこの悪魔のような男の方にすっかり怯えた様子を見せている。
そんな中、そんな和馬の言い方にも慣れているアオイ一人、他から見たら全く持って不思議なのだが、その悪魔のような言葉でも元気付けられたらしい。
気を取り直して話始める。
「私…夕食後紗奈と一緒に食器洗ってる時に突然紗奈に“二股かけてるんでしょ”って言われたんですね…彼氏いるくせに小川にも色目使ってる、みたいな。
でも誤解だし…彼氏いるから小川に男としての興味は全くないし…。
紗奈が小川の事好きなのは知ってるから、むしろ紗奈と小川がくっついてくれたら平和かな~とか思って誤解とこうとしたら中田が入ってきて話しにくくなったみたいで、紗奈がちゃんと話ききたいからあとで自分の部屋に来てって言って、キッチン出て行っちゃったんです。
で、食器一人で片付けてたら遅くなっちゃって、終わってリビング戻った頃には紗奈部屋に帰っちゃった後だったんですね…。
それで待たせてるなら悪いな~って私もそれから急いで紗奈の部屋向かったんですけどノックしても返事なくて、シャワーでも浴びてるのかな~って思ってドアの前で少し待ってみたんですけど音沙汰なくて。
なんとなくドアノブに手をかけたら鍵閉まってなかったので開けて見たら部屋暗くて、床に紗奈倒れてて、私もうパニックで紗奈に“どうしたの?”って声かけたんだけど返事がなくて。
オロオロしてたら瞳がかけつけてきてくれて、“なんでここに?”って聞いたら“二人もめてるみたいだったから様子見にと思って” って。
で、瞳も紗奈に気づいて、“救急車呼んで、ついでに下の男性陣にも知らせて”って言うからリビングに戻ったんです…」
「ふむ…」
腕組みをしながらアオイの話を黙って聞いていた和馬はまずアオイに質問を始めた。
「流れは大方わかったが…いくつか確認だ。
まず一点。片付け途中で相川退場って事は、貴様以外は食器棚に近づいてはいないんだな?」
アオイはうなづく。
「うん。中田は入口に顔出した程度だから。食器棚は奥だし」
「よし。第二点。相川の部屋に入った時の行動だ。
まあ普通に外からドア開けて中に入ったあと、ドア閉めたか?」
質問の主旨がわからないらしい。
アオイは不思議そうな顔で首を横に振った。
「閉めてないと思うよ…そのあと普通に後ろに瞳立ってたし」
「じゃ、最後。貴様が相川の遺体を発見した時、相川には確かにピックが刺さってたか?」
その質問にますます動揺するアオイ。
そんなアオイに痺れを切らしたのか、代わりに瞳が口を開いた。
「確かに刺さってました。少なくとも私が見た時は…アオイも見たでしょ?ね?」
振られてアオイはちょっと戸惑ったように瞳に視線を返す。
「わ…私すごくパニック起こしてて…とにかく紗奈が倒れてたから病気かと思ってどうしようってオロオロしてて…よく覚えてないの。
でもあの時すごく冷静だった瞳がそう言うならそうなのかも…」
その言葉に和馬は満足げにうなづいた。
「ま、倒れている人間見て救急車呼べと指示できるだけ、どこぞの愚民よりは確かに冷静だな」
アオイに対する質問はこれで一通り終わったらしい。
和馬は
「もう貴様は用なしだ。
愚民がチラチラ視界に入るとうっとおしいから目につかないように座っとけ」
と、シッシッというように手を振った。
そんな邪険にして上から目線の言葉でも、目立ちたくない性分のアオイにとっては救いだったらしい。
黙ってうなづくとそのまま椅子に腰をかけた。
「さて…愚民の妄想はこれでいいとして…」
アオイが座ると和馬はにこやかに始める。
「…妄想って…思うなら聞いても仕方ない気が…」
思わず小声でつぶやいた風子の言葉は地獄耳の和馬にはしっかり聞こえていたらしい。
「…何か言ったか?ポチの分際で…」
視線すら向けず前を見据えたまま返す和馬に風子は
「と、とんでもありません」
と、ブンブンブンブン首を思い切り横に振った。
確かに前を向いているわけだが…和馬はその風子の行動にも
「足りない脳みそをシェイクしても量が増えるわけでも賢くなるわけでもないぞ?」
と、止めをさしてくる。
本当に…毒舌はともかくとして、この人は後ろに目や耳がついてるんだろうか…と感心する風子。
そんな風子を今度は放置で、
「冷静から程遠い、つまり事実と妄想の区別がつきにくい順番に質問していきますね」
と、あくまでにこやかに宣言する和馬。
普通なら激怒しそうな、その言葉こそ敬語なものの思い切り馬鹿にした物言いも、この殺人事件という異常事態と悪魔の尻尾が見え隠れしだした和馬にすっかり萎縮した面々はただただうなづく。
「小川太一!」
「はいっ!!」
呼ばれて小川が飛び上がる。
「まず前述の愚民女の供述に関しては真偽を語れる位置にいないのでいいとして…関係あるのは相川紗奈が自室へ退場してから遺体が発見されるまでの行動か。
その間貴様は我々とリビングにいたわけだが…途中トイレに立ってるな。約10分。
そして…貴様はこの建物の持ち主で…建物の構造には熟知しているし、あらかじめ何か準備をしておく事も可能な立場だな?」
クスクスと楽しげな笑みを浮かべながら和馬はゆっくりと硬直して立っている小川の後ろに回る。
「…貴様は相川紗奈に追い回されていたそうだな。
…犯罪を犯した場合でもな…自首すれば多少考慮されるものなんだぞ?」
その耳元に楽しげにささやく和馬にすくみあがる小川。
「あ…お…お…俺…ちが…やってないです…」
意外に打たれ弱いらしい。目は涙目で歯がガチガチ鳴っている。
その反応は和馬にとって至極満足なものだったらしい。
ハハハっと楽しげに笑った後に
「まあ…何を勘違いしてるか知らんが、俺は貴様がやったとは一言も言ってないし、貴様はそこの愚民女と一緒でそんな度胸も知恵もあるタイプではないと思ってるぞ?」
と、フォローを入れて元の位置に戻った。
「これで愚民共の相手はほぼ終了だな。小川太一、貴様も座ってよし」
和馬の言葉で小川は脱力して椅子に倒れこむ。
それを確認した和馬の視線が今度は中田に向いた。
「俺…ですか?」
中田は引きつった笑みを浮かべ、しかし小川よりは随分と冷静な感じで静かに立ち上がる。
「まあ…後ろの警察犬が手続き上色々書かないといかんのでな、協力してやってくれ。
犬並みの脳みそしかないんで、情報少ないと自分で補足もできん」
自分に対する言い方はともかくとして…ここで和馬の態度が変わった事に少し驚く風子。
その風子の心の内を読んだかのように、また和馬の補足が入る。
「ここからはまあ…愚かではない普通の凡人だ。
対する姿勢も少し変えるのが礼儀だ。
愚か者と同じ扱いをされるのも不本意だろう?一般人は」
風子にだけ聞こえるくらいのトーン。
明らかに風子の疑問に対する答え。
言い方はともかく…この人の洞察力は一体なんなんだろう?
風子はもう感心するしかない。
この異様な洞察力をもってすれば、なるほど実際起こった事件の流れなど一目瞭然なのだろう。
そんな事を考えている風子を放置で和馬は中田を相手に始めた。
「他の人間と別行動を取ったのは一度きりだな。
愚民と相川紗奈が後片付けをしている時に、田原瞳の伝言を二人に伝えに行った時だ。
その際に何か気が付いた事、気になった事は?」
和馬の問いかけに中田はその時の事を思い出すように少し考え込んだ。
そしてチラリとアオイに目をやり、躊躇する。
その様子を当然見逃す和馬ではない。
「誰かが言った言わないで事実が変わる事はない。
さっきも言った通り、今こうして聞いているのは後ろの警察犬に聞かせるためで、俺の中ではすでに犯人は割れている。
事実を合えて隠蔽するというのは、意味のない行為だと思わないか?」
にこりと笑みを浮かべて和馬は中田をうながした。
「はい…あの…もしかしたら主観も入るかもしれません…」
と前置きをする中田の態度に
「自分でそれを考慮できる人間の考え方は、本当に根拠のない独りよがりな主観の可能性は限りなく少ないから安心しろ」
と、和馬は珍しく穏やかな様子で言う。
それに少し安心したように中田は話始めた。
「俺がキッチンに入った瞬間、アオイが珍しく声を荒げてたように思います。
確か…“違うって!”みたいな事言ってて…なんだか二人で口論してたみたいでした。
でも俺が入ると二人とも黙っちゃったんで、俺が食器洗いまだ終わらないのか瞳が気にしてるって言ったら“もう終わったっ!”って答える紗奈もなんだか不機嫌な様子でした。
で、俺はその紗奈の伝言を伝えにまたリビングに戻って、後は特に何か見たとか聞いたとかはありません」
「ありがとう。座っていただいて結構」
意外にサラっと終わって中田はホッとした様子で座りなおす。
「さて…状況確認もラスト1人だ。
せっかく俺がここまで面倒な手順踏んでやってるんだから、ちゃんと記録くらいは取ってるんだろうな?」
言われてギクっとする風子。
「箱持ってボ~ッと立ってるだけで給料もらえるなんて、本気で良いご身分だな」
流れる冷や汗…。
「……格下げ…貴様は駄犬だ」
そしてとどめ。
ああ、またやり直しなのか…いつになったら人間に…などと風子がため息をついていると、さっき和馬に手袋を渡した風子の後輩の一人、夕凪がピシっと手を上げて言った。
「もちろんっ!録音しつつ要点は現在まとめておりますっ」
(こ…の…裏切り者~!)
と風子は思うわけだが、社会人としての姿勢は彼の方が正しい。
「よろしい。貴様はさっきの事もあるから5階級特進。愚民だな」
「ありがとうございますっ!」
と嬉しそうに敬礼する夕凪。
プライドは…ないらしい。
まあ…先輩の風子より5段階も上なわけだから…文句もないのか…と風子がため息をついていると、和馬はそこで
「能力的には凡人にいれてやってもいいんだが…いくら駄犬とは言ってもポチは先輩だからな。
たとえ自分の裁量でやっていても “先輩に指示を受けてやっておきました” と言うくらいの気遣いをするのが社会人だ。
出来る相手なら、それが実は貴様の気遣いで貴様の裁量でやっているというのにも当然気づくし、気遣いのある男だとの評価も加わる。
もし相手がそれに気づかん愚か者だったらそれはそれで愚か者に高評価を与えられても無意味だろ」
と、付け足した。
ぽか~んとする一同。
この嫌味で高飛車で傍若無人で俺様な男に気遣いについて語られるとは思っても見なかった。
というか…社会人経験のないはずの大学生が社会人になってもう数年の人間にする説教ではない。
お偉い人生の先輩にでも注意を受けているような気がしてくる。
一体どういう育ち方をするとこんな偉そうな親父のような大学生に育つのだろうか…と風子は心底不思議に思った。
「しょ…精進しますっ!常田先輩っ失礼いたしましたっ!」
しかし夕凪はなんだか感銘を受けたらしい。
生真面目な表情でピシっと敬礼をした。
「うむ。素質はあるからな、まあ頑張れ」
鷹揚にそう言ってうなづく和馬。
本気で偉そうだ…と風子が本当に頭の中で思っただけなのだが、それにも何故か
「警察犬よりは世の中の役に立てるから、まあ偉い部類の人間と言っても良かろう?」
とコメントがつく。
………
………
………
絶対…絶対におかしい。
なんで考えていることが丸わかりなんだっ!!と思わず引く風子だった。
「とりあえず、ラスト行くぞ、ラスト」
そこで和馬はまた切り上げて、大学生組に視線を戻した。
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