放課後…理事長の用意してくれた車で冨岡家で義勇の荷物を積んで帰宅したら、真菰が庭掃除をしていた。
「おかえり~!」
と、とてててっと軽い足音を響かせながら箒を手に駈け寄ってくる真菰。
「…なんで真菰が家に居るんだ?」
と錆兎は首をかしげた。
「ああ、お爺ちゃんに護身術教えてやってくれってお願いされてね」
と、箒を竹刀代わりに構える。
「なんだ。真菰に教わるのか…」
「馬鹿ね、あんたは教える側だよ」
「え?でも兄弟子の誰かに頼んでくれたって聞いたけど…」
「ああ、女子は私で、男子の方のはコウさんに頼んだらしいよ?」
「っ!!コウさんっ?!!うあっ……」
珍しく焦った様子で頭を抱える錆兎を、義勇が不思議そうにみあげた。
「…何か…問題がある人?」
と義勇が聞くと、錆兎から即返ってきた答えは
「…レジェロの開発会社の三葉商事の社長で………心を折るのが天才的に上手い人だ」
で、錆兎がそこまで言う相手に義勇もぎょっとした顔をする。
それを見て錆兎はハッとして慌てて補足した。
「いや、良い人なんだ、すごく。
俺が知っている中でダントツ1位なんじゃないかと思うほどいい人なんだけどな」
「…じゃあなんで?」
「なんていうか…天才だから?
悪気は欠片もないんだけど、出来ない人間の気持ちと言うのを感情的に理解できないんだと思う。
爺さんが夏休みに開いている合宿に毎年顔を出してくれて、爺さんも全員見るよりはってことで上級者はコウさんに任せたりするんだが、普通に悪気なくこれくらいは軽くこなせるだろうって認識しているレベルが違い過ぎて、なまじ中途半端に自信がある上級者の少年たちが自信を無くして挫折しかけるんだ。
これが初級の奴らなら、普通に無理!難しい!キツイ!出来ない!…って言えるんだろうけどな。
俺も小学生の頃、初めて上級者の練習に加わって、自分が基礎にもついて行けないダメ人間なんだって思って挫折しかけた」
「…錆兎が…挫折……それはすごいね。
でも人には得意不得意ってあるから、剣道で敵わないからってダメ人間ってこともないだろうし」
と、慰めるつもりで言った義勇の言葉は慰めどころかトドメだったらしい。
「えっとね、錆兎は色々他人より出来るけど、それはうちの爺さんがすごく教えて本人もすごく努力してのことなのね。
でもコウさんてお母さんは早く亡くなってお父さん仕事で忙しい人で、ほぼ全部自力でやってきた人なんだけど…正直、武道や勉強その他で苦手な事ないくらいの人なの。
運動神経がすごいのも武道が出来るのも当たり前なら、勉強も東大進学率一位の海陽学園で小等部から高等部までずっと主席で大学は東大首席で入った人。
で、日本どころか世界に散る政財界の重鎮の海陽学園生徒会OB達がこぞって自分の元に引っ張ろうと争ってた中で、敢えて友人達のために全部蹴って今三葉商事の社長してるって言う、出来る規模がちょっと違う人なんだよ」
との真菰の説明に、さらにぽか~んだ。
そして錆兎がさらに
「爺さんも俺にコウさんのような人になってくれればと色々教えてくれていたし、俺もそうなりたいし、それを目指して精進してきたけど、なんていうか…そういう言い方はずるいとは思うけど、もう、あの人は元が違うんだと思うんだ。
同じものを目指そうとしたら、たぶん俺も潰れる。
だから小等部で共学科を離れるって決めた時にどうせなら海陽学園小等部に編入ってことも考えたんだがやめておいた。
コウさんは俺が心の底から目上だと感じられる人だし、人柄もすごく良くて、本当の兄貴みたいな人で、俺はそのあたり割り切れたから会えて嬉しいんだけど、初っ端あの人に教わったら確実に男どもは挫折すると思う。
俺ですら稽古つけてもらうとか思ったら緊張しすぎて平常心を保つのが難しいくらいだから」
と、非常に複雑な表情で語る。
もう緊張する錆兎と挫折するであろう男性陣には申し訳ないが、真菰に教わることが決定している義勇としては、錆兎をしてそこまで言われる兄弟子に会うのが楽しみになってきた。
そして素直に会うのが楽しみだと口にすると、錆兎が
「…でも、コウさんはめちゃくちゃ美人でお嬢様の最愛の奥さんがいるから…」
と、何故かぎゅうっと抱きしめてくるので、意味がわからずポカ~ンと抱きしめられたままでいると、真菰が
「男の嫉妬は醜いよ、錆兎」
と、クスクス笑う。
「…え?嫉妬…?錆兎がっ?!
……嬉しいっ!!」
それを聞いて義勇がポポポッと顔を赤くしながら自分からもぎゅうっと抱き着くと、今度は錆兎がぽか~んと固まって
「…嬉し…い?」
と、おそるおそる腕の中の義勇を見下ろす。
「うん!それって錆兎が私のことをすごく好きってことだよねっ!」
と、その答えに、錆兎も真っ赤になって義勇の頭に顔を隠すように埋めると
「…そう…だが…」
と、小さく言った。
「お前らさ、いきなり合宿初っ端に何してんだよ」
と、そこにふってくる呆れ声。
どうやら第二陣、宇髄が荷物と共に到着したらしい。
「あ~、そろそろ皆着く頃だね。
ほらほら、錆兎はそこでいちゃついてないで義勇ちゃんの荷解き手伝って!
天元はちゃっちゃと荷物置くだけおいて、干しておいた布団取り込むの手伝ってね!」
と、真菰の言葉に男二人ははじかれたように動き出し、その後、次々みな到着して、鱗滝邸は一気ににぎやかになっていった。
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