とりあえず、警察には家出人として捜索依頼を出し、学園側の、そして錆兎の個人の伝手に頼んで、家出なのか何か事件に巻き込まれたのかわからないが…ということで、武藤まりの情報を募集することにした。
その後、話題は武藤まりに恨みを買っている二人の安全確保についてである。
やり方がもう学生の嫌がらせを超えて殺人犯レベルになってきているので、逃亡を助けた協力者がいるのか、これ以上何かを企んでいたりしないのかがわかるまでは、1人になることはもちろん、通常の家庭生活を送るのも危険かもしれない。
「武藤融君は可哀そうだし武藤夫妻にはああは言ったけど、2人を危険の中に放置することもできないし、どうしようかな…」
と、理事長が小さくため息をつく。
確かに錆兎が最初に案じた通り、刃物を持った暴漢が押し入ってくれば、家族がいたって家族を巻き込んで怪我をする。
「義勇……いえ、冨岡さんだけなら親御さんに話をしてしばらくうちで預かることもできますが…。
伊藤さんの両親とは面識がありませんし…」
と、考え込む錆兎に、
「それなんだけど…今回の真相を隠すことにした以上、冨岡さんと伊藤さんだけ特別に何かというわけにもいかないし、左近次さんが良ければ鱗滝家で生徒会役員合宿をもう少し続けてもらうという事は可能かな?
あの人もうちの学園の卒業生だしね。
君のお爺様でもあるから、そうだね…学校側でも万が一に備えて警備体制はさらに厳しくするけど、生徒会主導で希望者に護身術を教える機会を作るために、まずは自分達が習うという形でどうだろうか。
君から打診してもらって、大丈夫そうなら学園側から正式な依頼という形で話をするけど」
と、理事長が言う。
「はい、それは構わないと思います。
ただ祖父は今、仕事でドイツなので、お弟子さんを何人か寄越してもらうことになりますが。
今電話しても?」
「ああ、よろしく頼むよ」
理事長に言われて祖父に電話。
暴漢が乱入してその後の自宅での3泊4日の合宿のことまでは報告済みなので、今回、武藤まりが親元から脱走したことと、たった今言われた理事長の提案について軽く話して理事長と電話を代わった。
もちろん、祖父が否というはずもなく、一応護身術を習うと言う建前上、教える人間が必要だろうと、錆兎も親しくしている兄弟子に人選を頼んでくれると言う。
こうして祖父の方と話がつけられれば、あとは生徒会役員の保護者との対話になるが、それは産屋敷理事長が引き受けるのが筋だ。
なので、錆兎があとやることは、つい先ほどそれぞれ帰宅した全員がもう一度戻ってきてもいいように、また片付けたばかりの部屋の支度である。
そのため、理事長が手配してくれた車に乗って、また自宅へと舞い戻った。
4日間もの間、総勢8人で過ごした自宅は、今日からまたシン…と静まり返って、どこか胸に穴が開いてしまったような気分を味わうんだろうな…と思っていたので、せっかく家族の元へと帰ることができた皆には悪いが、また皆が戻ってきてくれるのは、錆兎的には少し嬉しい。
今回はどのくらいの期間いることになるかはわからないが、長くなるようなら学期末試験の2週間前にかかることになるかもしれないから、今回は居間でみんなで大テーブルを囲んでの勉強会もいいかもしれない。
その後、みんな揃ってレジェロも楽しいんじゃないだろうか…。
他には…そうだ。
温室の花でポプリを作って女子部屋に飾ろうか。
あとは女子が入る時には風呂に花を浮かべてやったりしたら、喜んでくれるだろうか…。
義勇と過ごせる時間は増えるし、恋人と居ることのできる幸せを小芭内と夜通し語り合うのも楽しみだ。
ああ、そう言えば空太も加わるから、より賑やかになるな。
そんな風に内心喜んでしまっている自分はひどい人間なのかもしれない…。
そうは思うものの、楽しい気持ちが抑えきれない。
帰宅後2時間ほどして、理事長から全員の保護者に了承を取れた旨の電話が来た。
さすがに今からだと遅いので、明日、学校が終わった後に理事長がそれぞれ車の手配をして各家を回らせて荷物を運んでくれるそうだ。
現在一人きりになった広い家は静まり返っているが、明日はまた昨日までと同様、にぎやかになると思えば、寂しくはない。
武藤の動向は気がかりではあるが、とりあえずは安全を確保しつつ楽しい日常生活を送ることが優先である。
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