こうして大まかな方針が決まったところで少し緊迫した空気をほぐすように、産屋敷理事長は
「ところで…事件のことを言及したうえで警察に捜索依頼するのは最後から二番目ということだったけど、それより避けた方が良い方法と言うのがあるのかい?」
と、世間話でもするような、穏やかな声音で聞いてきた。
「ああ、それは…」
と、錆兎が苦笑する。
「彼女が行方不明な状況で誰かが命の危険に晒されるという緊急性が感じられた方が警察もより迅速に動いてくれると思うので、そのためには、彼女が誰かを殺すかもという方向の話をするというのと、彼女が誰かに殺されるかもという方向で話をしていくという方法があるということです。
前者は実際に今拘束中の犯人に二人の女生徒を殺させようとした事実があるので、それこそ今とは逆にこちらから秘密裏に警察の知人の方に彼女の音声データと携帯番号を流すだけで、それを証拠にするとかは無理でも警察内部の人間が事実を知ることで動いてもらえると思うんですね。
で、逆の方向から動いてもらうには、漠然と殺されるかもでは当然動いてはもらえないので、今回の事件で学生が犯人に所在を聞かれたのが伊藤と冨岡の2人だけではなく、彼女が含まれていたと虚偽の報告をする必要が出てきます。
彼女の問題を表沙汰にしたくない、さらに彼女が問題を起こす前に拘束したいということなら、この、今掴まっている犯人は実行犯ではあるが、他にそれを指示した犯人がどこかにいて、依然として、命を狙われている彼女が行方不明で危険と言う形にするのが最良なんですが、これは最終的に捜査が進んだ段階でバレる可能性が高いので、バレた時に色々問題が起きることになりますから。
それなら虚偽ではなく彼女の関与を知らなかったという形で家出として探してもらう方が、色々安全かなと思います。
留学の件も、学校でああいう事件が起こったため、娘の安全のためにということなら、あり得ることですしね」
錆兎の言葉に
「本当に…我が校の各科歴代の生徒会長達は優秀な子が多いけど、君はその中でも群を抜いてるよね。
事情を聞いた次の瞬間に動揺していると言いつつそこまで色々なパターンを考える子も少ないよ」
と、産屋敷理事長が笑みを浮かべる。
武藤父はそれに複雑な笑みを浮かべるが、武藤母は、悲鳴嶼学校長の隣に腰を掛けている錆兎の方へとどこか必死な形相で身を乗り出した。
そして出てくる言葉。
「鱗滝さん…っ」
「…はい?」
「うちの娘ではどうしてもダメですか?」
「…は??」
ポカンとする錆兎。
武藤父が隣で
「こら、やめなさい!
我々は立場をわきまえるべきだ」
と、武藤母の腕をつかむ。
「でもあなたっ!鱗滝さんが居ればあの子だってっ!!」
「やめなさいっ!!」
いきなり始まる夫婦の口論に錆兎は本気でついて行けずに目を丸くしたまま固まっているが、そこは産屋敷理事長が引き受けてくれる。
「私も娘が4人いるので、お気持ちはわかります。
もし彼がうちに婿に来てくれると言うなら、どの娘との結婚でも大歓迎しますし、即婚約して結婚できる年になった瞬間に籍をいれさせます」
と、笑って頷く理事長の言葉で、錆兎はどういう話が始まっていたのかをようやく理解した。
ああ、そうだ。
彼らは当たり前だが"あの"武藤まりの親なのだ。
戸惑いと恐怖心、そしてわけのわからない落ち着かない感情がグルグルと脳裏を回って言葉が出ない。
自分に向けられる恋だとか愛だとかへの対応ということなら、錆兎はそんじょそこいらの同級生達よりずっと下手な自信があった。
そして下手なだけではなく、とても苦手で、とても逃げたい。
その大きな原因となった武藤まりの母親から彼女との交際を迫られていると思うと、本気で眩暈がした。
幸いにして理事長はそのあたりを察してくれているのか、一貫して間にはいってくれている。
自分も娘がいて娘の親ならば優秀な婿が欲しいものだと、一般論に持ち込みながら、
「でも彼は優秀な分、他人よりもやらなければならないことも多いので。
彼自身にストレス解消することを求めるのではなく、彼自身が一緒に居てストレスが軽減される人物として選んだ相手でないとね。
とてもとても残念ですが、彼の方から選ばれない限りは無理なので諦めています。
もちろん、彼が何かで気が変わることがあってうちの娘たちを選んでくれることがあって、娘たちがその時相手がいなければ、大歓迎することに変わりはありませんが、飽くまで彼の方から必要とされることがあれば、ですね」
と、飽くまで相手側から迫ることがないようにと暗に注意してくれるのがありがたかった。
0 件のコメント :
コメントを投稿