(…どうせ捕まるなら1人でも刺して捕まればいいのに……)
包丁を持った男が乱入して学園祭は即中止。
その週いっぱい休みになったので、武藤まりは自室でネットニュースを見ている。
なりすましじゃなく本当に女であることを証明するために犯人と話したのは自分の携帯ではなく大勢が行きかう繁華街の公衆電話なため、まりが犯人と接触した証拠はすでにない。
犯人が亜紀のアカウントについて話したところで、亜紀のほうに話が行くだけで、まり自身は安全圏で眺めているだけである。
だが、かなり時間をかけて入念にたてた計画なのに、なんの成果もないのは腹立たしい。
これまでいくつも実行した追い落とし計画が1つも成功をしていないというのは、由々しき事態だ。
やはり第三者の視点…というものがないと、成功させるのは難しいのだろうか…。
まりが人生をかけて惚れこむくらい優秀で完璧な錆兎君、性格はひん曲がっている嫌な奴だが頭だけは良い胡蝶しのぶ、馬鹿だが腕力はあって一直線な不死川実弥…そして、人脈が豊富で情報通で知略にも優れている宇髄天元…。
敵…冨岡義勇はそんなとてつもない面々に守られている。
それでなくとも強敵なのに、そこにずっと一緒にいたため、まりのやり方を熟知した亜紀までが寝返ったのだから、道はさらに険しくなった。
しかも優しい錆兎君が、裏切者の亜紀を気遣って何かと厚遇するため、勘違いした周りの女子が次々裏切り始める。
別に孤立するのは怖くない。
必要なら自分から周りをそぎ落とすくらいの覚悟があってやっている。
ただ、手駒がいないと色々やりにくいのと、錆兎君の目に嫌われて孤立しているような女と映るのは避けたい、それだけだ。
しかし、本当に忌々しい。
ポっと出のくせに錆兎君をネットゲームを通してなんて姑息な手段で奪っていった冨岡義勇も、それを囲んで守る胡蝶たちも、裏切者の亜紀も、日和見った取り巻き達も…1Bの人間は錆兎君以外全員、殺してやりたいくらい忌々しい。
ガリッ!!と、まりはそんなことを考えながら口にしたハッカの飴を噛み砕いた。
口の中はそれでス~っとするものの、気持ちは全く晴れることはない。
学校内の人脈はもう使えない以上、学校外のを引き込まなければ……
そんなことを考えていると、スマホが鳴る。
「…なに?」
と、発信者を確認して不機嫌に出れば、なんだか変に感情を抑え込んだような抑揚のない父親の声がして
「もうすぐ家に迎えの車を寄越すから、それに乗ってパパたちの所に来なさい」
と言う。
確か、父は今日は母と共に出かけるから遅くなると言っていた。
こんな時間にいったいなんだろう…と思いつつ、
「徹は?エツ子さんはまだ居るんだけど、帰ってもらうの?」
と、両親が不在の時にいつも来てくれていたお手伝いのエツ子さんが夕飯を作ってそのまままだいる旨を伝えると、父は
「いや…エツ子さんにはもう連絡をして、徹もタクシーでママの実家に送ってもらうことになっているから、お前は一人で迎えの車でパパの所に来なさい。いいな?」
と、今度こそ感情を隠し切れない硬い声で言うので、ますますわからなくなった。
まあでも、ここで親と揉めてまで反抗する意味は全くない。
無駄なことをするより、従った方がいいだろう。
そう判断して、まりは
「わかった」
とだけ言って、通話を切った。
父親の声音からするとあまり良いことではなさそうだが、なんだろうか。
弟と別々で…というと、よもや両親が離婚でも?
まあ元々、仕事仕事であまり自宅に帰らない両親だったので、そんなことになっていたとしても、随分と急だな…とは思うが、それ自体には驚かない。
父について行っても母について行っても、どちらでも金銭的には不自由はしないだろうから、気になるのは転校することになるかどうかだが、もし自宅が学校に通学することができないくらい遠くなるなら、1人暮らしをさせてもらおう。
絶対に錆兎君との唯一のつながりである産屋敷学園を離れるわけにはいかない。
まりは冷めた気分でそんなことを考えながら、迎えが来たら即出られるようにと、スマホの充電器と財布をバッグに入れて、迎えの車を待った。
もうこの部屋に戻ってくることは二度とないなどということを想像すらせずに…。
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