「ねえ、どこに行くの?」
迎えに来たのは父が仕事で移動する時に使っている車の運転手、青山だった。
まりも何度か仕事のついでに送ってもらったことがあるので、顔見知りである。
それに少し安堵しつつも、気になって目的地を聞いてみるが、青山はただ
「行けばわかる…とだけ申し上げるよう、お父様からの伝言でございます」
としか教えてくれない。
まりはそう判断して無駄な会話を切り上げ、窓の外の景色が流れるのを無言で眺めはじめた。
スマホで時間を確認すると現在20時。
弟がまだ小学生のため夕食の時間が早いので、まりはもう食事は終わっているのだが、この時間なら父はまだな気がする。
もしかしたらこれから美味しいレストランで食事でも…となるかもしれないし、それならもっと早くに夕食を摂らないで良いと言って欲しかった。
最近ストレスのたまることばかりなので、美味しいものくらいは食べたい。
食事をするまでは無理でも、軽食かデザートくらいは入るだろう。
そんなことを考えながら眺めていると、なんだか見覚えのある景色が目に入ってきた。
「…行先って…もしかして学校?」
と、思わず聞いても返事は返ってはこなかったので、ここまで来たらもう良いんじゃないかと思いつつも、職務に忠実な運転手の対応に、まりはため息をつく。
案の定、車はそのまま学校の校門をくぐり、正面玄関の前で止まる。
そこには何故か男子科の体育教師が2人待っていて、運転手に促されて車を降りたまりに、
「ご両親が待っていらっしゃるから」
と言って、まりを左右で挟んで歩き始めた。
弟の徹が母の実家に預けられて自分は父からの呼び出し、ということで、父と母は別々の場所にいるのだとばかり思っていたのだが、どうやら両親ともにいるらしい学校に自分だけ呼び出すために、1人自宅に残すのは問題だろうということで、弟が母の実家に連れて行かれた…というのが真実らしい。
それに気づいた時点で嫌な予感がしたのだが、屈強の体育教師に囲まれては逃げ出すこともできない。
…というか、親が了承していて親の意志でもある呼び出しなのだから、逃げ出してもどうにもならない。
「失礼します。到着しました」
と、体育教師の1人が理事長室と書かれたプレートのあるドアをノックした。
正直驚いた。
一般生徒が入ることがあるのは職員室…極々稀に校長室までだ。
理事長室なんてあることも知らなかった。
どうぞ、との声に教師がドアを開けて、まりだけ中に促される。
部屋の正面にはデスクがあって、そこに座っているのが入学時に配布される冊子などでしか見たことのない顔、産屋敷理事長だ。
その前に応接セットがあって、むかって右側のソファに両親、左側のソファに学校長の悲鳴嶼行冥先生が座っている。
どちらも随分と深刻な顔をしているところを見ると、良い話ではなさそうだ。
思い当たることと言えば、冨岡義勇への嫌がらせについて…。
今回の犯人のターゲットに冨岡義勇も入っていたことがわかって、なんらかの関連性があるのかを聞かれるのかもしれない。
クラスの女子がことごとく裏切っているのは知っているから、全てを否定するのは無理がある。
どこまでならセーフだろうか…
無視するように根回しをするまでは、皆が嫌っていたから…ということでなんとか…。
上履きを隠させたり、文具を壊させたりという事に関しては、まりは指示をするだけで手は一切出していないので、証言以外の証拠はないはず。
だからとぼけてしまおう。
そんなことを考えていると、青ざめた顔の父親がいきなり宣言した。
──お前はこの学園を退学後、外国の寄宿学校へ編入させることになった。
…え???
何の説明もなく、本当に突然とんでもない結論から入られて、まりは唖然とする。
「ちょっと待ってっ!!なんでいきなりっ!!
嫌よっ!!私は退学なんてしないわっ!!!」
思わず叫ぶと、父の隣で母が号泣した。
怒りはしてもこんな風に声をあげて泣く母親は初めて見る。
父も目に涙は浮かべていたが、そこは泣くというより激高している様子で、
「お前に選択権などないっ!!
なんてことをしてくれたんだっ!!!
お前だけじゃない!家族の人生も潰す気かっ!!!」
と、怒鳴った。
え?本気でなに?!
と、さすがに内心動揺するまり。
「…いったい…私が何をしたって言うの?」
と、とりあえず現状を把握しようと聞いてみると、父親は片手で顔を覆いながら、
「お前のクラスに包丁を持って押し入った犯人…お前がそう仕向けたんだろう…」
と、ため息とともに吐き出した。
思いもしなかった指摘にまりは内心焦りで震えあがった。
バレるわけがない…。
自分の名など一切どこにも明記していないし、自分自身を匂わすものは一切書いていない。
そもそもがアカウントは削除済みなので、もうまりの発言自体、見ることもできないはずだ。
そちらの方は身バレ要素などどこにもないはずなので、あるいは、亜紀と義勇が標的ということで、彼女達に悪意を持っているのであろうという理由から疑われているのか?
「…た、確かに…亜紀とは少し喧嘩してた…けど……それで犯人をけしかけたとか、飛躍しすぎじゃない?
会ったこともない相手なのに、どうやってけしかけるのよ?何を根拠に……」
バレるはずがない…。
飽くまでとぼければ済む…。
そう思っていると、父親がまりの目の前に紙を突きつけた。
そう…公になる前に消したはずの亜紀を騙ったSNSのアカウント情報の記録…。
名前その他の情報はでたらめでも、作成時に必要な携帯の番号は、さすがに亜紀の携帯を手に入れることはできないし、登録ナンバーの確認があるので自分の携帯の番号をいれるしかなかった。
「…い…いちど、学校でスマホを落としたことがあって……いつのまにか机に入ってたから気にしてなかったんだけどっ…その時に勝手に使われたのかもっ!!」
我ながら苦しい言い訳だと思うが、退学だけは嫌だ。
この学園を去れば、錆兎君と会えなくなる!!
それだけは嫌だ!!!
必死に関与を否定するための根拠を模索するまり。
そこでなんと理事長が
「…うん、スマホに関しては体育とか音楽とか美術とか、スマホを置いて教室を離れなければならないことが確かにあるよね」
と、にこやかに笑みを浮かべて、おだやかな口調で言った。
「そ、そうなんですっ!!たぶん、そういう時に抜き取られて…っ」
本当に優し気な理事長の言葉にまりはほっとして縋りつく。
あまり学生と接することはないが、理事長は優しい人物で出来るだけ生徒を救おうと思ってくれているのだろう…そう思った。
…が、そんな甘くはなかったらしい。
希望を与えるような言葉を口にしたその直後に、やはり穏やかな声音で言ったのだ。
「でもね、声紋が一致してたら、もう誤解とは言えないよね」
「…え?…せい…も…ん…?」
言われていることがよくわからなかった。
ポカンと固まるまりに、理事長が向けた顔は、口元だけ笑みの形を取ってはいるが、目がすでに笑ってはいない。
「犯人がね、伊藤亜紀君を名乗る子と通話した時の音声を録音したものを大切に保管していたらしいんだ。
その音声データを入手して、去年、面接の練習のために学生全員分録音した音声の中の君の声と一致するか調べてみたら、確かに声紋が一致した。
つまり…少なくとも伊藤亜紀君を名乗って犯人と通話したのは、確かに君だと証明されたということだよ?」
まりの顔から今度こそ血の気が失せた。
そこまで科学的に立証されてしまったものを覆すのはさすがに不可能である。
「…ご……ごめん…なさい…。
…二度としません、退学は嫌ですっ!!」
まりはガバっとその場に土下座したが、幼稚園時代のダンゴムシの時のように、『じゃあ反省して、ごめんなさいしようね』で許されることはない。
「下手をすれば伊藤君や冨岡君は殺されるところだったからね。
さすがに次はしませんではすまないことなんだよ?
今回の証拠の諸々は産屋敷学園の審査機関が極秘に調べたもので、本来なら警察に提出すべきなんだけど…それをすると、今小等部に通っている無関係な弟君まで辛い思いをすることになるからね。
それは学園としても本意ではないから、ご両親とも相談をして、君を本校の学生に危害を加えることができないよう、今の1年生が大学を卒業するまでは、本校に接触できない距離の外国の寄宿学校に居させるということを条件に、この件を内々に済ませるという事になったんだ。
君にとっても、犯罪歴がつくよりはかなりいい処遇だと思うよ」
ああ、確かにそうだ。
普通ならそうだ。
弟のことなどどうでもいいが、自分に犯罪歴がつくのは困る。
だって、犯罪者なんかになったら、錆兎君の彼女への道がさらに遠のいてしまう。
でも!!この学園を離れるのだってダメだっ!!
大学を卒業するまでなんて離れていたら、他の女に錆兎君を取られてしまうっ!!
そんなのは嫌だっ!!!
「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!!
反省しますっ!!絶対にもうしませんっ!!
だから、退学にしないでっ!!学園に居させてっ!!!!」
泣き喚くまり。
だが、父親は首を横に振り、
「もう自宅にも戻さない。
渡航準備ができるまでは日光の別荘で待機させる」
そう言うと、泣き喚く娘を引きずって、運転手の待つ車へと放り込んだ。
誤変換報告:翻意→本意かと😅ご確認ください(´▽`;)ゞ あーっ!これ無惨入り炭治郎みたいにならないと良いなぁ(´・ω・`)
返信削除ご報告ありがとうございます。修正しました😀
削除無惨入り炭治郎(笑)
あ~でもキャラは近いかもですね😁