清く正しいネット恋愛のすすめ_148_出迎え

「おかえり、錆兎、どうだったよ?」

理事長と学校長、そして武藤夫妻との話し合いを終えた後、まりが錆兎に執着しすぎていることを配慮して、錆兎は理事長室の隣の学校長室で、当事者であるまりを加えての隣室のやりとりを見ていた。


錆兎は物理的な攻撃に対しては、自分がある程度腕に覚えがあるのもあって普通よりは強い方だと思うのだが、武藤まりのような狂気は正直かなり恐ろしく感じる。

例えば甘露寺や義勇の好意というものは、悪意と両極くらいに離れたところにあるように感じるのだが、武藤の好意というものは、憎しみや恨みといった悪意の側の感情とかなり近いところにある気がした。

そう、好意の隣に悪意がある、それが恐ろしい。


例えば武藤まりが直接でも誰かを使ってでも暴力をふるってくるのなら、錆兎は自分の身はもちろんのこと、手の届く範囲の人間を守ることはできると思うが、それが間接的なものであったり、婉曲なものであったりしたら、全てに気を付けてシャットするのは難しいと思う。

そういう意味で言うと、敵として対峙するには武藤まりのようなタイプは非常に相性が悪いと言うか、苦手な部類だ。

だから、海外の寄宿学校へ留学させるという処遇を聞いて、正直ほっとした。


それでも隣で様子を見ているだけでもなんだか疲れ切って、学校側が車で自宅に送ってくれた頃には、本気で全身に力が入らない状態だった。

まず敷地と外を隔てる門の前で出迎えてくれた宇髄の『おかえり』の言葉にも、『ただいま』と返す気力もなくて、ただ、『疲れた…』とこぼす。


その後、
「とりあえず、宇髄には全部話す。
どこまでどう説明すべきか、少し相談に乗ってくれ。
今、ちょっと頭が回ってない気がするから」
と、他が来る前に…と、錆兎は庭にある小さな東屋に宇髄を促した。


「なるほど。
ガツン!とやり返せねえのはちと残念な気もするが、あの手のやつは懲りねえからなぁ…。
そばにいる限りキリがねえし、安心もできねえ。
まあ、無難な結果だよな」
という宇髄の言葉に、錆兎は大きく頷いて同意する。

この手のことは本当に苦手なのだ。

正直、義勇を守るためなのでとどまっているが、自分個人だけのことならとっくに男子科に戻っている。
なんなら転校したって良いくらいの勢いだ。


「とりあえず…今回の武藤の処分については、海外の寄宿学校から高校生1人で脱走はできねえだろうから、もう危機は去ったという事で全部言ってもいいんじゃね?
一応、生徒会役員のみで他言しない…っていうか、残った弟のことがあるから、そいつを気を付けて保護してやるために役員内だけは周知ってことで」

「ああ、そっちの問題があったな。
一応、小等部にも何人も弟弟子達がいるから、弟に被害がないよう配慮してもらえるよう頼む予定ではあったが、高校生徒会も後ろ盾になれば、だいぶ違うか…」

武藤まりがやらかしたことはやらかしたこととして、学園に残る全く無関係な弟はあまりに気の毒だ。
姉の事件の余波がいかないよう、学園の先輩、学生代表としてはそこは気遣ってやらねばならない。

そういう意味では他言無用ではあるが、逆に今までの諸々で広まるであろう噂に惑わされないようにという意味でも、学生たちの指針となる生徒会役員だけは、全ての事実を知っておく必要がある。

宇髄と二人で相談してそう結論付けると、錆兎は宇髄と共に今度こそ暖かい自宅へと足を向けた。


「おかえり、錆兎っ!!」
と、パタパタと駆け寄って来て玄関先で迎えてくれる義勇に、思わず零れる笑み。

「ただいま、義勇」
と、そっとその体を抱きしめると、腕の中でクン…と鼻を鳴らした義勇は
「寒かったよね。…冬の匂いがする…」
と、冷えた錆兎の手を暖かい自分の頬へと当てて温めてくれる。

「そんなことをしたら義勇が冷たいだろう」
と慌てて手を引こうとするが、義勇はその手を離さずに
「私はずっと暖かい所にいたから大丈夫。
そろそろ戻ってくる頃かと思って、みんなでココアをいれて待ってたんだ」
と言って浮かべるほわほわとした笑みが可愛すぎて幸せで、錆兎はなんだか泣きそうになってしまった。

春も夏も秋もだが、特に寒い冬場は震えながら戻った家で『おかえり』という言葉と共に出迎えて温めてくれる家族がいるというのは、切ないくらいに胸が熱くなる。

…ああ…ずっと昔から、こういう空間が欲しかったんだ……
と、しみじみとする間もなく、冷めるから早く早く!とせっつく義勇に促されて居間まで。

そこではもっとたくさんの『おかえり』の言葉と、温かいココアが、なんだか武藤の諸々でクタクタに疲れていた錆兎を出迎えてくれた。




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