番外_大江山を見たかった3

清く正しく光の下に生きている感がすごいのに、壁を感じさせずに他人を惹きつける。

やんごとない耀哉様相手にも委縮することなくはきはきと…それでいて礼儀正しく挨拶をして自らのために用意された席に着くと、彼を元々見知っていた者もそうでなかった者も、待ってましたとばかりに声をかけ、そんな大人たちに全く臆することなく笑顔で対応し続けていた。

同じ年頃でも卜部の童は渡辺の童とは対照的に自身の親の隣で隠れるように身を縮こませて震えているが、まあ仕方ない。
今回の客はみな屈強の武士なので、そんななかに放り込まれて委縮しない子どもの方がおかしい。
むしろこの場にたった2人しかいない子どもの一人があの渡辺の少年だと思うと、卜部の子が気の毒に思えた。


しかし大人たちは酒が入って気が大きくなっているのであろう。
卜部の童をなさけないとからかい始める。

それに対して、(あ~おっさんたちやめとけよ…)と、自身も毒舌家な天元ですら思った。
大人が大勢で気弱な子どもをからかっていじめるなどとは、あまりにみっともない。

主催の産屋敷当主の代理である耀哉様もこれは見逃してはおけないだろうと判断したのだろう。
わずかばかり眉を寄せて、話題を変えてやろうと口を開きかけた瞬間…いきなり渡辺の童が自分の膳を持って立ち上がると、卜部の童の隣に移動した。

そうして皆がぽかんとしている中、卜部は用心深い家系で童…ぎゆうは情けない子どもなわけではなく、卜部の血を色濃く継いだ用心深い子どもなのだとからかっていた大人たちに言い放つと、隣で涙目のままぽかんとしているぎゆうに、これからは自分が前に立って攻撃する者との間に入ってやるから大丈夫だと優しく微笑みかける。

ああ、これは惚れるわ。
恋に落ちる音がしたわ。

…と、天元は思った。


ぎゆうが少女であったなら、こんな行動を取られたら一瞬で恋に落ちるだろう。
これは今流行の女流小説家の恋愛小説もかすむ正統派恋愛小説ができるわ。

…と、思ったわけなのだが、少女じゃなくても恋には落ちるらしい。

言われたぎゆうの白い頬が真っ赤に染まって、愛らしく潤んだ青い瞳が渡辺の少年に向けられたまま動きを止めた。


その後、
──何が食いたい?手の震えが収まるまで俺が手伝おう
などと箸を持ったは良いが手の震えで動かせないでいたぎゆうの手を取る渡辺の少年、錆兎。

もうやめて差し上げろ、と、天元は思った。

ぎゆうはおそらくときめきすぎていっぱいいっぱいだ。
これ以上何かしたら倒れるんじゃねえかぁ?

と、さきほどとは別の意味で心配になったわけなのだが、案の定もう反応できないままただ赤くなって硬直しているぎゆうの手から箸を取ると、錆兎は

「お前のこの手はお前の身を守る俺をいつか後ろから守ってくれる大切な手で、お前のよく見える目は俺に迫る危険を察知して知らせてくれる大切な目だ。
手はやけどや破片で傷つけないように、その目は雫で曇らせない様にするのが前に立つ俺の仕事だからな」
と、ぎゆうの指先に一瞬唇を寄せ、それからまた微笑んで、嫌いなものはないな?と確認の上、小さく震えるぎゆうの桜の花びらのような口元にゆっくりと料理を運び始めた。

おいおい、齢10歳にしておとぎ話のみならず恋愛小説の主人公ばりかぁ?
と、天元は舌を巻く。
いや、色男っぷりを発揮している相手は色っぽい美女ではなく、愛らしいとはいえ少年なわけなのだが…


そんな風にある意味驚き呆れかえる天元の横では耀哉様がにこにこと笑みを浮かべて二人に視線を向けている。
そしてどうやら渡辺の童のことは気に入ったらしく、その後に使いを送って親しく付き合うようになっていく。

その使いとして送られるのはたいていが天元だったので、天元自身も錆兎とは親しくなっていったのだが。
卜部のぎゆうも何故か渡辺家で暮らし始めたので、ぎゆうとも…。



耀哉様が錆兎に目をかけ始めたのはもちろんその好ましい人柄も理由ではあるが、なによりそうして他人に好かれて影響力を増していくであろう渡辺の錆兎を親しく身内のように引き入れて味方にすることで、産屋敷家の政敵をけん制するためでもある。

実際彼はその宴から少しばかりたった頃、京を騒がせていた人さらいの一団をほぼ一人で退治してみせたことで、さすが『大江山の鬼を退治した渡辺綱の孫息子、京に英雄錆兎あり!』と貴族から庶民まで、広い範囲の人々に大人気の有名人となったため、早々に引き込んだ耀哉様の判断は大正解だった。

そんな彼は卜部の少年にも多大な影響を与え始めたらしい。
いつも人の後ろで震えて泣いていた卜部のぎゆうは、今は錆兎の後ろにいるという位置取りは変わらないが、そこから祖父ばりの正確さで錆兎の敵を弓で射抜けるようになっていた。

前で刀を振るう錆兎の後ろであたりを警戒しながら正確無比、百発百中の弓を射る涼やかな麗人。

錆兎が戦うことが多ければ多いほどぎゆうも同じくそれに随行するため、人々の記憶に残ることも増えていく。

男らしく整った容姿の錆兎とは対照的に、”綺麗”という言葉が良く似合う容姿のぎゆう。
戦い方も立ち位置もすべて真逆ながらも強く正しく美しい四天王の孫たちということで、揃って京の人気者になっていった。

もちろんそれぞれに憧れ、妻になりたいという女性も多かったが、その本人たちや娘をぜひ妻にと言い寄ってくる親たちに、錆兎は決まって

「俺は…ぎゆうもだが世の平和のために人生を捧げようと思っている。
そのためには危険なこともすれば都を離れて遠い地に赴くことも少なくはない。
そんな状況で妻を得ても気遣うことどころか特別に守ることもできないだろう。
だから妻は持たないと決めている。
俺の人生は平和と正義に捧げているし、俺が守るのは唯一俺の背を守ってくれているぎゆうのみだ」
と、笑顔で返す。

もうその清廉潔白さがまた世の女性たちにはたまらないらしく、自身が嫁になれないとわかってなお、京の女性は皆一度は憧れ恋をする初恋泥棒とまで言われていた。

ぎゆうのほうも錆兎がそれを語るたび
「…おれも錆兎と同じだ」
と、ふにゃっと笑って言うものだから、都一の弓の名手なのに笑顔が可愛いと大人気だ。



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