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前世からずっと番外3_17_覇者の証＠東アジア1

──ということでね、はい、これは私からのクルシマ討伐完遂のプレゼント
と、いきなりマリアが錆兎に投げてよこしたのは、何やら古い巻物だ。

「…これは？」
と、それを開いてみて、首をかしげる錆兎。

「東アジアの覇者の証を手にするには、唐代の竹細工と、その竹細工の組立絵図が必要らしいわ」


当たり前に口にするマリアに錆兎は

「マリアも資格者だったのかっ？！」
と、驚きの視線を向ける。

それにマリアはゆっくりと首を横に振って肩をすくめた。


「昔にね、家の蔵で見つけた時にはそうかと思ったんだけど、違ったらしいわ。
ビジネスか何かで手にいれたみたい。
証に関する諸々の話を伝えている寺院があってね、それを持ってそこに行ったらあっさり資格者じゃないって言われたわ。

その時にね、聞いたのよ。
証のありかを記す地図を入手するには、唐代の竹細工と、その竹細工の組立絵図、それに資格者が必要だって。

興味はあったんだけどそれ以上詳しくは教えてもらえないまま、忙しさで忘れてて…錆兎に会って色々話を聞いて思い出したの。

とりあえず組立絵図と資格者は揃ったことだし、まずは泉州にあるその寺院を訪ねて住職の話を聞きましょう」

マリアはそう言うと、出航を命じてくるわね？と、船長室を出て行った。



こうして杭州を発って泉州まで。
船の甲板で義勇がぴったりと錆兎にくっついている。

「結局…覇者の証というのはなんなんだ？
他人に言うことを聞かせられるような何かなのか？
それか強い武器とか？」
と、錆兎の腕を両腕で抱え込むようにして澄んだ青い目で見上げて聞く義勇に、錆兎は、

「さあなぁ…」
と、あごに手をあて、優しい笑みを義勇に向ける。

「お前は…どういうものであって欲しい？」
と、逆に聞かれて義勇は邪気のない笑顔を浮かべた。

「えっと…願いを叶えてくれる系がいい」
「ふむ…何か叶えたい願いがあるのか？」
「そうだな…錆兎がずっと俺だけを好きでいてくれて、2人ずっと一緒にいられますように？」

とてもとても楽し気に嬉しそうにそういう義勇に、錆兎はあいているほうの手で顔を覆う。


──お前…そういうとこだぞ…

と耳まで真っ赤にしてそう言うと絶句した。



「…なんでも願いが叶うものなら、何もそんな当たり前なことを願わないでもいいだろう？」
と、やや間をおいてそう言った錆兎に、義勇は

「当たり前じゃない」
とぷくりと頬を膨らませる。


「錆兎は強いし賢いし顔まで完璧に良いから、言い寄ってくる女が目白押しだろう」
「いや、そんなことはないが…？」
「そんなことはあるっ！実家に行った時、妙と小夜も来ていたのだろう？
小夜の香の匂いがする。……俺の錆兎なのに……」

そう言って錆兎を抱きしめると、その肩口に顔をうずめる義勇を、抱きしめる錆兎。


「あ～…いきなり二人して抱きつかれたんだ。あいつらも俺と会うのが久々で懐かしかったんだろう。
すぐ引きはがしたんだが、すまん。
着替えて身体を拭いてくる。
替えの着物を出しておいてくれ。
…ちゃんとお前の香を焚きしめてくれているんだろう？」
「…うん。わかった」

うなずく義勇と共に船室に消えていく錆兎。
それを甲板で見送る一同。

──ちきしょう…俺も雪華ちゃんに妬かれてぇ…
──無理無理。錆兎さんほどの傑物を知ったら凡人なんて目に入らんわ

──まあなぁ。でも逆もしかり。雪華ちゃんほどの可憐な乙女に惚れられたら他なんて女に見えねえよ。
──しかも片や世界を制する覇者の証を手にすることのできる資格者、片や杭州の女帝が溺愛する妹様。

──まるでおとぎ話みてえだよな。
──そんな方の船の水夫やってるってだけで、結構俺たちもすげえと思うけど…
──違いねえ

などと笑いながら甲板掃除をする水夫たち。


…うん、その可憐な乙女は少年なんだけどね……
と、その中で唯一真実を知っているムラタは遠い目をしてため息をつく。


確かにマリアの用意した漢服を着た義勇はムラタがこれまで見てきた中でも群を抜く美少女だ。

普段錆兎の隣に居る時は、傍にいられることが嬉しくてたまらないと言った感じでふわふわと愛らしい笑みを浮かべているが、これが実は男顔負けの…というと、実は男なので変なのだが、少なくとも船の中では錆兎も含めて他の追随を許さない弓の名手で、さらにマリアに教え込まれて銃も人並み以上に使いこなすというのがすごい。


マリアも最初は錆兎に銃を教えようとしたらしいが、

──攻撃をしたダメージを直に感じられん飛び道具はどうも性に合わん。そういうのは義勇に教えてやってくれ。

と言われて、義勇に？攻撃を？と半信半疑ながら、錆兎のいうことだからと義勇の方に教えたらしい。


日常ではまるで少女のように錆兎に対して好き好きオーラをだしてまとわりつく義勇と、それを愛おし気に受け止めて抱え込んで守ってやっているような錆兎といった雰囲気だが、いざ戦いとなると、どちらも有名な武家の嫡男ということもあって、錆兎が前に出て斬り込み、あるいは敵の攻撃を受け、義勇はその後ろで広範囲の状況把握をしながら、遠距離攻撃と、役割は違いながらも互いに互いを頼りにしつつ戦うらしい。

最初に錆兎からそれを聞いた時には本当かよ？と思ったが、実際に先日マリアと義勇と３人で出かけた時の、義勇の迷いのない銃の攻撃に、義勇も普段はこんなだが実は戦い慣れしているのだと思い知った。

まあ…これからの厳しくなるであろう航海ではそれは良い事ではあるのだが…



こうして向かった泉州は気持ちの良いくらいに晴れていた。

大都市杭州の活気も悪くはないが、人も船も多くややゴミゴミとしているのに比べ、泉州は少ないとまではいかないが杭州に比べれば人や船はまばらで、全体的に広々した印象を受ける。

「今回は私と錆兎…かしらね」
と、水夫たちに補給をしつついつでも出航できるようにと命じながらそう言うマリアに、案の定、義勇がむくれた。

「ずっと錆兎と出かけてない。
今回は別に身分がバレることもないだろうし、俺も行く」

そう言って錆兎にしがみつく義勇に、マリアが困ったように眉を寄せる。


「雪華…東アジアの覇者の証を入手出来たら東南アジアに向かうし、向こうでゆっくり錆兎と出かける時間は取ってあげるから。
今回はね、寺が山の上にあるから馬車は出せないし、移動は馬になるの。
平地なら二人乗りも良いけど、急ぐし山道は馬も疲れるしね…」

そういうマリアに慣れた様子で出かける用意を終えた錆兎が

「ああ、義勇も俺並みには馬に乗れるから大丈夫だぞ。
だが、もし関係者のみということで俺が別行動になった時に１人で残すのは気になるから、義勇が来るならムラタも下船組だ」

と、もうそのつもりだったのだろう。
金や薬、簡単な飲食物をいれた袋をムラタに投げてよこす。


「あ、ああ、そうだったのね」
と、少し驚いたようなマリア。

マリアですら錯覚を覚えるほどには、義勇は深窓の令嬢臭が漂っているという事か。

もちろんそう言われればムラタに拒否権などない。
腰に小袋をつけ、背に背負い袋を背負って、錆兎達に続いて船を降りた。



…う、嘘だろォ

山道を一気に馬で駆け上がるのに、真っ先に脱落しかけたのはムラタだった。

錆兎は全く問題がないだろうというのは予測していた。

なにしろそれこそ伝説に語り継がれるような有名な武家の優秀な嫡男様だ。
馬に乗るなど自身の足で歩くのと変わらぬくらいには問題なくこなすのは当たり前だろう。

マリアは…まあ本来は後ろで指図するような立場なのだろうが、自分で足を運ぶのが好きならしい彼女の性格上、馬に乗ることもあるだろうし、色々に才能があり余る人物なため、必要なことは必要な以上に上手にこなす。

だが、義勇は意外だった。

馬を完璧に制御するという感じの錆兎とは対照的に、まるで距離を感じさせない、馬と一体化すると言う感じの義勇の乗馬。
さらり、さらさら、と、流れる波のように気づけば遠くへ移動している。

そうしてそんな中に１人、久々な乗馬に普段使わない筋肉が悲鳴をあげるムラタ。
明日は絶対に筋肉痛だ…と、なんとかかんとかたどり着いた寺の境内で馬を降りた。


平地によくある派手な色合いの寺院と違って、山の木々の緑が映えるような質素な色合いのその建物は実際にそう大きなものではない。

ただ、やや冷たい澄んだ山の空気と鳥や虫の声くらいしか音のしない静かな環境のせいだろうか。
どこか神聖な印象を感じる場であった。

呼び鈴を鳴らすと出てきたのは少年僧。
ぺこりとお辞儀をする彼に、マリアが身分と来訪の理由を告げると、

──お待ちしておりました。ご案内します…

と、それだけを口にして、彼は寺の中へと案内してくれる。

門をくぐって通る中庭は一面真っ白で波打っている。
それは無数の真っ白な小粒の石で出来ているらしい。
これだけの石を集めるのも、この状態を維持するのも大変だろう。

ここは素直に神々しくも美しいと思っておくところだろうが、強い風が吹けばあっというまに乱れてしまうであろう波の形が気になってしまうムラタ。

そんな風に庭を凝視しているムラタに気づいて、マリアが

「風で乱れる形もまた趣き。自然と一体になった美の形らしいわよ」
と、説明してくれた。


「マリアは…この寺にはよく来てるの？」
妙に詳しい様子なので思わずそう尋ねると、彼女は、そうね…と答える。

「例の絵図を見つけてからしばらくは、覇者の証に興味があって何度か通ったわね。
好奇心旺盛な子どもだったから。
でも資格者じゃなかったから、出されたお茶を飲んで帰るしかなかったけど…」
と、微笑んだ。


その答えを証明するように、案内された本堂でムラタたちを迎え入れた住職は

「またお前さんか…」
と、振り返るなり呆れた声をあげた。


「今日は今までとは違うわよ。
竹細工の組立絵図と金銅の布銭、それに資格者を揃えて来たんだから。
今日こそ覇者の証の地図の鍵を渡してもらうわ」
と、マリアは彼女にしては妙にテンション高くそう宣言する。

おそらく少女時代からの付き合いになるからだろう。

「やれやれ、本当に諦めの悪いお嬢ちゃんじゃ」
と、天下の杭州の女帝をお嬢ちゃん扱いした住職は、よっこいしょと重い腰をあげて、こちらに…正確には錆兎へと近づいてくる。


そしてじ～っとその目を見上げる事数分。

「お初にお目にかかります。
日本の武家、渡辺家の嫡男の錆兎と申します」
と言う錆兎の挨拶も完全に無視。

仕方なしに錆兎も老人と目線を合わせたままその場にとどまっていると、やがて住職は微笑んでうんうんと頷いた。

そして宙に手をかざすと、不思議なことにふわりと空中に光が灯って、変わった形の鍵が住職の手に落ちてくる。

住職はそれを錆兎の手を取って握らせた。


「確かに…資格者な上に性根も良さそうな若者じゃ。
いいじゃろう、これを持って杭州の紫禁城に行ってみるがよかろう」

鍵を受け取った錆兎より、その横で積年の思いを叶えたのであろうマリアの方が目を輝かしている。

「…紫禁城に…わかりました。ありがとうございます。行ってみます」
鍵を握り締めてきっちり90度頭を下げる錆兎。
他もそれに倣う。



こうして一行は再び馬で船へ。

そして…杭州に戻る船上でのこと…

「ムラタ…産まれたての小鹿みたいな歩き方だな。どうしたんだ？」
と義勇に呆れられるくらいには足がプルプルのムラタ。

「いやいや、お前達おかしいよ。
あの道のりをあんな速度で馬走らせてなんでそんなに元気なのよ？
俺、絶対に明日は筋肉痛で歩けない予感しかしないんだけどっ？！」
と、叫ぶムラタを水夫たちが笑う。

「お前達だって今日ついて行ってたら絶対に他人事じゃなかったからねっ？！」
とそれに涙目なムラタに

「お～！でもあれだ、それ以前に俺らは海に生きてるから、馬には乗れねえよ」
などと、げらげら笑いと共にそんな言葉が返ってくる。

そこまでは良かった…とは言えないが、まだマシだった。


問題は大変悪気なく

「そうか、ムラタもあまり馬は得意じゃなかったんだな」
と、同情してくれた義勇の口から飛び出た

「馬に乗る時は普段使わない筋肉を使うからな。
ちゃんと揉み解しておかないと本当に筋肉痛になるぞ？
なんなら足を少し揉んでやろうか？」
という言葉だ。


「あ～、そうなの？じゃあ、お願いしようか……な……ひっ！！」

と、それにこちらも悪気なく答えたムラタは、後ろから駄々洩れてきた殺気に悲鳴をあげ、おそるおそる振り向く。


そこには笑顔の錆兎。
笑顔だが全然和まない。殺気しか感じない。

「雪華より俺の方が力があるから俺が揉んでやろう」
そう、すごい圧で言われてへたり込みそうになる。


逃げたい、助けて、助けて？！
と、周りの水夫に視線を送るが、皆、君子危うきに近寄らずとばかりに視線を逸らして、

「あ～、仕事に戻らねえと～」
と、そそくさと逃げ出していく。


とても大らかなはずの我らの大将は、こと、恋人のことになると心が針の穴よりも狭くなるらしい。

これ…自分は最初の覇者の証も見ずに死ぬんじゃないだろうか…と、ムラタが涙目で死を覚悟した瞬間、

「亀の甲より年の功というし、それじゃあわしが揉んでやろうか。
ああ、頭領、マリアが紫禁城に向かう時の諸々の相談があると呼んでましたぞ」
と、間に入ってくれたのは、シェンだった。

「あ～、今回と違って何が起きるかわからんしな。
同行者を多めにするかどうかだな。
わかった。すぐ行く。雪華も来い」

と、了承しながらも、まだ根に持っているのか、義勇の腕をしっかりとって一緒に船室へと消えていった。

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