前世からずっと番外3_16_渡辺錆兎の恋人事情と今後について

その後、そのまま夜通し馬を走らせ大坂港へ。

着いたのは明け方だと言うのに、寝ずに待っていたのだろうか…義勇が船から飛び出してきて、馬から降りた錆兎に抱き着いてくる。


──なんだ、もしかして寝ていなかったのか?
と、錆兎がそれを抱きとめて言うと、義勇は

──…錆兎が…あちらの家で夜を過ごしてくるかもと思うと寝れなかった
と、ぷくりと頬を膨らませた。


その意味は錆兎も察したようだが、

──坂田オジや碓井オジにも勧められたがな、俺には嫁にと思っている相手がいるから、他は要らんと断ってきた。
と言いつつ、ムラタに視線を送ってくる。


もちろんムラタもその視線で錆兎が言いたいことはわかっている。

──うん。一族郎党集まってるどころか、筆頭様も在席してるところで断言してたよ
と、ムラタも言葉を添えると、

──本当か~!
と、義勇の顔がぱぁ~っと明るくなった。


いいのか?そんな個人的な恋愛事情を一族郎党集まっている場で宣言したことがそんなに嬉しいのか?

…これ、爺ちゃんに聞いてた日本人像とすごく違う…

と、ムラタは心の中で呟いてみる。



──小夜と妙がくっついてくるかと思ってた
錆兎の腕にじゃれつきながら上目遣いで見上げる義勇に

──あ~…はっきり言わないとついてきただろうなァ
と、苦笑する錆兎。


──なにしろ坂田おじは子どもだけでも仕込んでいけとかとんでもないこと言ってきたしな。
と、その言葉に義勇の顔から笑みが消えた。

──錆兎は……
──うん?
──欲しくないのか?
──子ども…か?
──うん。錆兎は子ども好きだろう?妙や小夜は錆兎の子なら喜んで産むと思う。

少し伏し目がちにそう言う義勇の長いまつ毛が揺れる。
それに錆兎はガシガシと頭を掻いて視線を空に向けて考え込んだ。


「子どもは確かに好きだし、お前と共に子育てしてみるのは楽しそうだと思っているが、別に自分の子である必要はないな。

父上いわく渡辺の頭領の座は俺が継ぐらしい。
その代わり俺の跡取りは、養子でも実子でも俺の好きにしろと言われた。

今回のお前のこととかは一族の中では唯一父上のみ知っているからな。
そのあたりは一番の権力者に許容されてるから大丈夫だ。
なんならちょうど良さげな養子を探しておいてくれてもいいらしいぞ?

まあ…なんというか…自分が子育てをするなら俺は俺の血を引く俺に似た子どもよりは、お前に似た可愛い娘を育てたい気もするんだが…」

「筆頭は…許してくれてるのか」

「ああ、他の3家が思うほど、渡辺は血筋にこだわってないしな。
何もなくとも才があれば当主の兄弟姉妹の子が継いだりする家なんだから、いまさらだろう?」

「それはそうかもしれないが…」

「ま、覇者の証を集められるか、それが無害なものだとわかるまでは帰ってくるなと言われているから、その頃にはさすがに小夜も妙も結婚しているだろうし、今の生活が長くなるなら、一度国に帰って適当な養子を取って船でみんなで育て鍛えるのもまた一興だろう」

そんな錆兎の言葉に、少しほっとした顔をする義勇。

そして
「安心しろ。俺は面倒ごとを多く背負い込むし良い伴侶とは言えないかもしれないが、気が多い人間ではないから」
と、義勇の肩に手をまわしながら、錆兎は船の方にうながした。


そうして義勇の用件が済むと、次はマリアだ。


「とりあえず…クルシマを倒したし、そのシェアの買収も済んでるわ。
この地域での貿易は引き続き第2艦隊を率いる部下に任せて大丈夫。
ということで、南下して東南アジアに足を伸ばす前に…」

「東アジアの覇者の証だな」
「そうそう。覚悟は出来た?」
「覚悟?」
「そうよ。世界の覇者になる第一歩を踏み出す覚悟よ!」

「…あ~…うん、まあ…」
勢い込むマリアにくしゃりとまえがみを掴んで苦笑する錆兎。

「戦う覚悟はある」
「………で?」
「だが、覇者になりたいのかと言うと、微妙だな」
と、その言葉に、マリアが珍しく驚きに目を丸くした。

「あなたなら、『男として生まれたなら7つの海の覇者を目指すのは当然だろう!』くらいは言うと思っていたわ」

「うん、それは俺も思った…」
と、ムラタも珍しくマリアと意見があって同意する。

そんな二人に錆兎は
「お前たちの中では俺はどれだけ大魔王気質なんだ…」
と、がっくりと肩を落とした。

「大魔王ってより…おとぎ話の主人公の勇者みたいなやつだって思ってた」
と、そこでムラタが言えば、マリアは
「かつて強い国を建国した覇王たちと同類に思ってたわ」
と、やはり納得がいかないような顔をする。

そこで錆兎は少し視線を落として考え込んだ。
端正な顔が窓から差し込む朝日に映える。


「俺は…単に義勇と平和に暮らしたい、それだけだ…」
と、ぽつりとつぶやいたあと、でもな、と顔をあげた。

「平和を手にするには手を伸ばして戦わねばならん。
不本意ながら、平和を壊そうとするものを張り倒さないと平和は手に入らんからな。
だからまああれだ、覇者の証が世界を支配するような系統の物なら、集めたあとに2度と誰も手に出来ないように破壊するまでだ」

「ええええっっ?!!!!!なにそれっ!!!!
ちょ、待ったっ!壊すために集めるわけっ?!!
そんなことしなくても、お前がずっと持ってて悪用しなければ良くない?」


どこまでも前向きだと思っていた錆兎の、どこまでも後ろ向きな証集めの動機にムラタは思わず叫ぶが、錆兎はそれに困ったように笑う。

「いや…俺がその力を使わないでいたとしても、俺は不死身じゃないからな。
俺の死後、それを手にした奴が絶対に悪用しないとは限らないだろう?
宗教や建国、その他大きな力を持って成すこと全てに言えるんだけどな、最初に設立した人間は皆、それなりに素晴らしい理想に基づいて造っているんだろう。
だが、頂点の人間1人が持った力は、次代、そのまた次代と受け継がれるうちに当初の素晴らしいはずだった理念から少しずつずれて最終的にかけ離れていく。
そうして理念が伴わなくなった力ほど厄介なものはないからな。
巨大すぎる力を特定の誰かが手にするというのは、長い目で見れば危険なことでしかない」

「錆兎、お前…若いくせに達観しすぎじゃない?」

若者らしい無謀さがかけらもない老成しきった発言に、ムラタは落ち着きつつも呆れかえると、錆兎は笑って

「マリアならわかるだろう?」
と、話をマリアに振る。


振られてマリアも

「そうね。次代にならなくても、義勇の家のように裏切者に奪われる可能性も皆無とは言えないし…敵対勢力に巨大すぎる力を握られるのはしんどいわね。
そのくらいなら、そうなる前に壊しておいた方がマシかもね」
と、同意した。


「…結局…壊すために集めるってことで、マリアもいいわけ?
集めるのってすごく大変な気がするけど…」

何年も何年もかかって、危険を乗り越えて、その先にある物を7つも集めるのは当然ながら容易なことではない。

なのにその目的が、集めたものを破壊することとか、モチベーションは大丈夫なのか?とムラタは思ったりするのだが、マリアいわく…


「私とシェンの一番の目的は私的海軍を作るために船について学ぶことだし、ムラタは元々商人なんでしょう?
世界を回ってシェアを広げて世界一の商会の人間になれればそれで良くない?
錆兎は…ほら、あなたも言っていた通り、“主人公”だから」
ということで……その言い分になんだかすごく納得できてしまった。



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