前世からずっと番外3_14_卜部宗九郎

「さあ、ここからは念のため徒歩だ。
馬を殺られると帰り徒歩になるしな」

どのくらい馬を走らせたのだろうか…
街から少し離れた山の中で錆兎はいきなり馬を降りた。


そして、

「向こうはたぶん気づいているだろうから共に来るなら少しばかり危険と隣り合わせになるだろうが、ムラタはどうする?」

などとたいして緊張感もない様子で聞いてくるが、錆兎が少しばかりでも危険と言うならムラタからするととんでもなく危険な状況になるのだろう。

謹んでご遠慮申し上げたいところではあるのだが、錆兎はここで待っているという選択肢も容認してくれるだろうが、マリア的にはどうなのだろうか…

錆兎が少しばかり危険という人物と、マリアに怒られるかもしれない危険…
う~ん、う~んと悩んだ末、ムラタは錆兎に同行するという選択肢を選んだ。


それを錆兎に伝えると、錆兎は何を勘違いしているのか

──ムラタもずいぶんと逞しくなったものだなっ
と、ハッハッハッと笑う。

ちげえよっ!知らない少し危険なオッサンよりマリアが怖いんだよっ!!
と、ムラタは心の中で絶叫した。

そう、心の中でだけ…。


そんなムラタの内心の葛藤に気づくことなく、錆兎は

「そうだな…碓井や坂田なら近づかなきゃいいんだが、相手は腐っても卜部の家の者だからな。
俺より前に出るなよ?可能な限り矢を叩き落として進むから」
などと、本当に何でもないことのように軽い調子で言ってくれる。

このあと寄った渡辺本家で聞いたところによると、分家とはいえ弓の名手の卜部の矢を当たり前に全て叩き落として進めるのは筆頭の渡辺本家の人間くらいだと言う事だ。



こうして馬を降りると即、錆兎は何もない山道で刀を抜いた。

──さあて、真剣に刀を振るうのは久々だなっ
と、にやりと笑う錆兎に、

(…え?海戦で海賊一気に蹴散らしてたのは遊びだったのかよ…)
と、心の中で突っ込みを入れるムラタ。

「俺の後ろから出るなよ?
サボテンになりたくなかったらな」
と言う言葉は錆兎なりの冗談なのだろうが、想像したら笑えない。

そのまま鼻歌交じりに左右を木々に囲まれた一本道を進む錆兎の後ろからきっちりはみ出すことなく、ムラタもあとを付いて行った。


そうして数メートルも歩かぬうちに、ひゅん!!ひゅん!!ひゅん!!と矢が飛んでくる。

1人で射ているにしては早すぎる上に実に正確にこちらに向かってくる矢にびびるムラタだが、それを錆兎は刀で器用に叩き落しながら、

「あ~、お前んとこまで絶対にやらないから、好奇心で俺の後ろからずれたり落ちた矢を触ったりはするなよ?
どうやらこれ、矢尻に毒を塗ってあるみたいだからな」
などと、呼吸ひとつ乱さずに注意を促してくるあたり、もう普通じゃない。

矢は正面からだけではなく、なんだか雨のように上から降ってくる物もあって、少しでも傷を負えば命取りと分かれば余分なことをしようなどと言う気がおきるはずもなかった。



「分家とはいえ、さすが卜部。
射る角度の多彩さとか速さとかは目を見張るものがあるな」

などと、まるで何かの解説か観光案内かといったのんびりした口調でそんなことを言いながら矢をはたき落とし続ける錆兎は本当に信じられないと思う。
さすがとか褒めつつも、全く問題にしていないように見える。


それは矢の射手も思ったらしい。

やがて見えてくる日本家屋。

矢を射かけるためだろう。
閉めればそれなりに頑丈なのであろう門構えだが、門はしっかり開け放たれて、外からまっすぐ庭の中まで続く道の奥、それも開け放たれた引き戸の向こうの年の頃は40前くらいに見える男は青ざめた顔で矢を射続けていた。


「相手が俺のようにまだ若輩者の未熟者とは言え筆頭の直系相手には卜部の矢も通じんことくらい、いい加減悟ったらどうだ?」

ゆっくりとただまっすぐ進んでその直前までたどり着くと、キン!と、最後に射た矢を叩き落した勢いで弓の弦をスパッと斬って言う錆兎。

それに震えながら矢を射る役割を持てなくなった弓を投げ捨てて、懐から短刀を出した手は、しっかりと錆兎に手首を握られてピクリとも動かない。

そうして諦めたのか、男、宗九郎が力を抜いた手から短刀が落ちてカランと床に転がった。




小さく息を吐き出す錆兎。

その彼が口を開く前に、宗九郎は

──……跡取りがあなたのようだったら歯向かおうなんてしなかったんだ……
と、ぼそりと呟く。



その言葉の意味を意味を取りかねたのか錆兎が少し眉を寄せると、男は急に感情的に叫んだ。

──渡辺だって本家の嫡男よりも才があるなら、嫡男以外を当主にするじゃないかっ!!!

その宗九郎の言葉に、錆兎は男とは対照的に淡々と言う。

──義勇には才がなかったと?

他の時であれば己の大切な幼馴染でもある半身について貶める発言は許さない男だと思っていたが、その声音には怒りは感じない。
むしろ呆れかえったという感じだ。

だが宗九郎は普段の錆兎を知らないし、その冷静さがまさに筆頭の嫡男のそれと認めているのだろう。

──卜部の嫡男があなただったら私は謀反など起こさなかった…
と、もう一度言う。

「だが、卜部の嫡男は違う。
あれは器ではなかった。
いつでもおどおどと周りを気にして怯えているような女々しい童だった」

そんな童をあるじと仰ぐくらいなら、謀反人と言われようが自分が取って代わった方がマシだった…と、悔し気にこぶしを握って肩を震わせる。


「クルシマとはあちらから話を持ち掛けられたのか?
それともお前の方から持ち掛けたのか?」

「…あちらから……
卜部の本家の四の蔵の物を全て引き渡せば、あとの本家の人間の始末は全て引き受けると言う話でした」

「何故四の蔵の物を望んだのかは知っているか?」

「…クルシマの取引相手が欲しがっている物が筆頭から預けられていると言っていました」

(四天王の家はどこの家も他家からの預かり物は四の蔵と名付けた一番奥まった場所にある蔵に保管するのが通例だったんだ)
と、そこで錆兎が話についていけていないムラタを気遣ったのか、小声で説明してくれる。
そんな様子を見る限りでは、やはりずいぶんと平静を保っているようだ。

「…覇者の証…というものを入手するための物らしいです。
大層な価値のあるものらしいのですが、入手するための鍵は資格者しか使えず、東アジアにいる資格者はその鍵になる物を預けたのが筆頭なら、おそらく筆頭の嫡男なのだろうということで、協力させるのは難しいだろうし、そもそもが世界を回って7つ集めなければならないあたりで、自身が手にするのは諦めて、他の地方の資格者を手にして集めるつもりらしい人間に高額で売りつけるつもりだとのことでした」

「…ふむ……その売りつける相手は?」
「そこまでは知りません」


おおかた聞きたい事は聞き終わったのだろう。

錆兎は
「卜部の当主の資質ということだが……」
と、話を最初に戻す。

「渡辺の基準で考えるのが、まず間違っているぞ。
渡辺の血に求められる資質と卜部に求められる資質は根本的に違う」

やらかしてしまった時点ですでに遅いが、筆頭の家の人間としての説明責任と義勇の名誉のために説明しておくがな…と、錆兎は軽く目をつぶって、はぁ、とため息をついた。


「俺を含めて渡辺の人間は他3家を束ねるために感情に流されずに理性的に…しかし他を委縮させぬよう親しみを持って他人と接するよう育てられる。
上との交渉や交流も役割のうちなので礼儀も厳しく躾けられるしな。
それでいて、四天王の代表として表に立つので臆した様子を見せずに堂々と。
わかりやすく名家の当主らしいのが渡辺だ。
戦闘時は後ろに貴人を守ることも考え、一定の範囲に絶対に攻撃をやらぬよう、近い範囲に気を配りつつ戦うのを得意とする。
その渡辺を中心に、坂田は最前に斬り込んでいく家系なのでまっすぐ前しか見ない。
自身の身の安全すら他3家に丸投げして、道を切り開いていく。
だから堂々と…という意味では一番かもしれんが、やや暴走気質な人間が多い。
だが、それが必要な役割を担っているので、坂田は当主を含めてそういう人間でも問題はない。
碓井は全体の補助。
主に渡辺から直接される指示に従って柔軟に動く。
だから碓井に必要とされるのは上への絶対的な信頼と与えられた情報から即行動できる切り替えの早さ。
そして最後、卜部は渡辺の目だ。
後ろに下がる分、視野を広く持ち、状況を理解してそれを正確に渡辺に伝える。
だから得る情報が多く常に危機を探っているため、当然だが危険に敏感だ。
当然危機意識も他に比べて段違いに高い。

つまり…お前が嫌った義勇の周りに対する強い緊張感こそ、卜部の直系として必要とされる要素なんだ」

「…そん…な……」

「卜部の直系がいなくとも、お前はその要素があまりにない。
最終的に判断を下すのは源のお館様と俺の父になるが、卜部の役割は分家のどれか…おそらく冨岡あたりが担うことになるんじゃないかと思う。

お前もおそらく知っているからこそのこの出迎えなんだろうが、クルシマは俺が捕らえて、部下が尋問し、その結果を渡辺に送り、渡辺から源と坂田、宇随、そして卜部の代表として冨岡と吉瀬の両家に送っている。

じきに渡辺からの捕獲員がくる。
大人しく沙汰を待て」

そう言って全く危機感も持たずにクルリと反転して元来た道を歩き出す錆兎に、

「え?ええ??ねえ、あれ放置で大丈夫なの??
また矢が飛んできたりしない??」
と、焦ってその袖を引っ張るムラタ。

錆兎はそれに対しては

「ああ。殺気を持った相手は気配でわかる。
あれは俺が筆頭の直系の器であるということを認めたし、そうなればその大人物に攻撃を仕掛けるような不敬な真似はしない。
分家であっても卜部は卜部。
そう育っているから大丈夫だ」
淡々とそう言った。


「え?でもさ、本家を皆殺しにしちゃった輩なんでしょ?」
と、それにそれでもそういうムラタに、錆兎は、はぁ…と、ため息を零す。

「器じゃないと誤解したからな。
俺たちは本来は最終的に源家のために動く。
器じゃない役立たずが家門を率いれば、源にとって良い影響を与えない。
自身の家門より源の方が上、源のためなら頭領を討ち取ることも辞さない。

…のはいいんだが、本来はまず筆頭に話を通したうえで渡辺と坂田、碓井で相談後、渡辺が判断した内容を源にあげて、源が決定した事項に従うべき事案だったな。

まあ、平安から数百年、源はずいぶんと衰退して大人しくなったから、そのあたりの実権や決定権は実質筆頭の渡辺が持っているんだが…どちらにしても分家の一個人が決めていいことではない」

錆兎は淡々と…本当に淡々と語るが、内容がこんな若者が語るにはあまりに重くてムラタは唖然とする。


「とりあえずは…卜部の分家の処分は父や源の当主の仕事で俺が考えることじゃない。
……腹は立つけどな。
俺も義勇の家にはよく泊まったし、その家族とはかなり交流もあった。
だから感情を切り離して考えるのが難しいだけに余計に関わらないですむなら関わらないほうがいいんだ。
義勇を置いてきたのも一番はそのあたりの理由だしな。
冷静さを欠いて感情のまま行動すれば、今度は自分が裁かれる側になる。
俺は間違っても義勇を裁かせたりはしたくない」

そういう錆兎の横顔にムラタは初めて気づいた。
いつも良くも悪くも表情豊かな錆兎の顔が恐ろしいほど無表情になっている。

なるほど…必要なことならどんなことでもどんな時でも感情を抑え込む教育を受けて育っているのだろう。



「…お前さ…日本で当主になるより七つの海を渡り歩いて海運王になるほうが幸せかもな」

ズン…と腹の底まで重くなるようなその様子にムラタが思わずそう零せば、錆兎は

「俺もそう思う。
どちらにしても覇者の証については放置も出来んしな。
それについて父に報告して正式に許可を得るため、とりあえず次の行先は渡辺本家だ」
と、にこりといつもの笑みを浮かべた。




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