前世からずっと番外3_18_覇者の証@東アジア2

結局船はシェンに任せて、いつもの4人で紫禁城へ。

正門は南の午門だが、住職に言われて北の神武門から足を踏み入れる。

すると何か空気がゆがむような感覚があって、いきなり何もない暗い洞窟のような所へと飛ばされた。


小さく悲鳴をあげるムラタ。

錆兎の横にいた義勇は素早く錆兎の真後ろへ移動し、左右と後方を警戒。
錆兎は驚きつつも視線を前方へと向けた。

そこには『漢』という文字が刻まれた大きな鉄の扉。


「どうやら、これを超えないと戻ろうにも戻れないようだな」
と言いつつ押してみるがビクともしない。

「…ここで鍵を使うのかもね」
というマリアの言葉に錆兎は懐から丁寧に布で包んだ鍵を取り出す。
そう、泉州の寺院の住職からもらったあの鍵だ。

たった一つある鍵穴にそれを挿して回すと、カチリと音がする。
そこでもう一度扉を押すと、今度はなんのこともなく扉が開いた。


そうしてその向こうにはおよそ20畳ほどの部屋。


奥には3つの扉が見えるがその前に……

…ぐるる……

獣の声……虎だっ!

全員が息を飲んだ。
しかしすぐに錆兎が腰に差した刀を抜く。


「可哀そうだが放置するとこちらが危険だしな。
皆はここで待機だ。
ちょっと殺ってくる」

と、放置しなければ危険はないとばかりに1人で部屋の中に飛び込んでいく錆兎。


虎はどうやら飢えていたらしい。
与えられた生餌とばかりに錆兎に飛びかかる。


ひっ!!と思わず目をつぶったのはムラタだけで、マリアと…義勇さえも全く動じることなく前方の人と獣の戦いを当たり前に見物していた。


勝負は一瞬。
あがる血飛沫、ごとり…と落ちる大きな首。

血だまりの中に転がった虎の見開いた眼と目があってしまって、ムラタはその場にへたり込んだ。

そんなムラタをよそに、マリアは何もなかったかのように奥の扉へと歩を進める。



──ムラタ…大丈夫か?立てるか?

と、実に情けないことにそういう義勇に手を借りて立ち上がったムラタは、義勇と共にマリアのあとを追った。

実に驚くべきことではあるが、とどのつまり、義勇ですらこれが特別恐ろしいと感じることのない環境に生きてきたようで、ムラタはどこか空恐ろしい気持ちになる。

ムラタがそんな風にショックを受けている間にも、錆兎とマリアが目の前の扉について話しあっている。


「今度は扉が3枚…『周』、『燕』、『越』って書いてあるわね…
錆兎、例の布銭を貸して頂戴。
証に関係するものでまだ使ってないのはそれだけだし、そこにヒントがあるんだと思うわ」

その言葉に素直に布銭を渡す錆兎。
受け取った布銭と3つの扉を見比べるマリア。


「ああ、なるほどね」

と、何かを察したように笑みを浮かべて、マリアは『周』と言う文字が書かれた扉の鍵穴に布銭を差し込んだが、すぐ笑みが消えた。

「…どうした?マリア」
と錆兎が声をかけると、マリアは綺麗な形の眉を寄せて考え込む。


「この扉ね…周(zhou)、燕(yan)、越(yue)の中で布銭に刻まれた詩の一つ目の韻、楼(lou)、州(zhou)、流(liu)と同じ韻の周(zhou)の扉を選ぶのが正解だと思ったんだけど…鍵が回らないの」

「んー、じゃあ、他の扉を試してみればいいんじゃないか?」

「それはダメ。
たぶん選択肢を間違えばかなりのペナルティを負う可能性が高いわ。
そうでなければみんな片っ端から試してみるでしょう?
それで済むならわざわざ3つも扉を作る意味はない。
たぶん…何も悪いことが起きていないということは、扉の選択は正しいのよ。
ただ、何か要素が足りないだけで……」

「ふむ…だが、要素も何も、もう証関係のものは何もないぞ?」
と、マリアの横で同じく首をひねる錆兎。

(…というか、何か足りなかったとしても、出口らしきものも見当たらないし、入手しに行くこともできないよな…)
と、ムラタは現実を思って青ざめる。


(だいたい…何かほかに必要なら住職も指摘してくれりゃあいいのに…。
竹細工の組立絵図と金銅の布銭、それに資格者だけ揃ってれば大丈夫みたいな口ぶりだったじゃん。
……あっ!!!)

脳内でブチブチと愚痴を連ねていたムラタはハッと気づいた。


「あのさ、必要なのは竹細工の組立絵図と金銅の布銭、それに資格者…だったよね?
それは住職の決めた条件じゃなくて、それが揃わないと入手できないってことだろ?」

「…だから?」
「うん、だから、”資格者”の錆兎じゃなきゃ扉を開けられないとかってない?」

「…っ!!!それかっ!!マリア、布銭を返してくれっ!!」
とマリアから布銭を受け取った錆兎は、改めて『周』の扉にそれを挿しこんで回してみる。

「回ったっ!!」

カチッと音がして、扉を押すと扉が開いた。


「ムラタ、お手柄だっ!!」
と、錆兎はムラタを振り返って笑みを浮かべ、それから扉の向こうを見て固まる。


「どうしたの?今度はなに?……あら……」

マリアも錆兎の視線を追って視線を扉の向こうに。
ムラタも同様に視線を向けて、青ざめた。

「念のため聞くが…あれって毒蛇…だよな?たぶん」
と、硬い表情で聞く錆兎に、マリアは、そうね、と淡々と答える。


そう、次の部屋の床にはすさまじい数の蛇。
あれを噛まれないようにすべて排除するのは錆兎でもなかなか難しそうだ。

それくらいならまだ虎を10頭とかの方がマシかもしれない。
なにしろ地面を這っているし、刀で斬りにくい。


「…銃…持っては来てるが…」
と、自信なさげに申告する義勇。

「全部倒す前に弾が尽きるわね。それに攻撃を仕掛けたら向かってきそうだし」
と言いつつ、マリアは袋の中から何か出している。

そうして出したのはいくつかの徳利だ。


「…酒…か?」
と首をかしげる錆兎に、

「そう。こうやって使うのよ」

と、マリアはそれを全て部屋のあちこちの方向に放り込んで、さらに松明の火を投げ込むと、急いでドアを閉めた。

そこで皆が納得する。


「…念のため…30分かしら?」
「…そうだな。とりあえず一休みするか」
と、何事もなかったように座り込む二人。


そうして30分後…ドアを開ければモクモクと煙が立ち上っている室内の床には黒焦げの蛇の山。
それが収まったあと、目が良い義勇が念のため視認。

まあ確認するまでもなく、この状況で生き残れそうにはないが、とにかく外に出られないので何かあっても対処ができないということもあり、念には念をいれた。


そうして床の蛇をかき分けながら進んだ扉の前。

今度は『楚』、『齊』、『唐』の3つの扉。


「二つ目は2つめの詩の韻は…丈(zhang)、長(chang)、霜(shuang)。
ということで正解は唐(tang)ね」
と言うマリアの言葉に従って、錆兎が『唐』の扉に布銭を差し込んで回す。

そうして開いた扉の先には、今度は何もいなかった。
ただ、奥に『涼』、『秦』、『魏』の文字が刻まれた3つの扉が並んでいる。


「また扉が3枚。…布銭にはもう、詩は書いてないけど…
1枚目が『漢』、2枚目が『周』、3枚目が『唐』。ということは…これはもう決まりね。
中国を統一したか、あるいは正統と考えられる王朝ということで、答えは秦」

マリアのその言葉に錆兎はためらいなく『秦』の扉に布銭を差し込んだ。

カチリ…と最後の鍵が開く。


その先には小さな部屋。
その部屋の真ん中に小さな箱が置かれていた。

錆兎がその箱を手にして蓋を開けると、竜を形どった竹細工。


「…これが…証を手にする最後の鍵か…」
とそれをいったん箱にしまって箱ごと背負い袋に放り込むと、その部屋の奥にある扉を開く。

するとここに入った時と同じような空気がゆがむような感覚を感じたかと思えば、気づけば4人揃って神武門を背に立っていた。


「…いったいどうなってるんだ……」
と錆兎が呟くも、もう扉は開かなくて鍵もない。

「まあ…こうしていても仕方あるまい。いったん船に戻るか」
の言葉に全員が頷いて、4人はそのまま船に戻った。



「さて、集めたは良いが、この二つでどうやって覇者の証の場所を見つけるんだろうな…」

船長室の応接セットの小テーブルの上。
古びた巻物と竹細工の竜が無造作に放り出されている。

周りのソファに座ってそれを囲む錆兎とマリア、それに義勇とムラタ。
その中で誰にともなく錆兎がそう言ってその二つを難しい顔で見下ろした。

ムラタがちらりとマリアに視線を向けると、ここまで証集めを主導してきたマリアだが、

「この二つを集めるというところまでしかわからないわ。
そもそも集められた人は今までいなかったんじゃないかしら?」
と、困ったように首を横に振った。


そんな3人をよそに義勇は無言でじっと竹細工に目を向けている。

ああ、そう言えばすべての始まりは竹細工を集めるのに必要な布銭を狙ったクルシマが卜部の分家の男をそそのかして本家だった義勇の一族を皆殺しにさせたことだったか…

と、ムラタは今更ながら思い出して、なんだか居たたまれないような気分になってくる。


色々思い出しているのであろう義勇になんと声をかけるべきか悩みに悩んで、

──義勇……

と、肩に伸ばしたムラタの手は、前方に身体を倒すように竹細工に手を伸ばした義勇の動きに宙をスカッと掴んだ。


「これっ!分解してみていいかっ?!」
と、キラキラした目で言う義勇。


え?ええ?分解っ?!!!

と、わたわたと動揺するムラタをよそに

「「義勇(雪華)がそうしたいならっ!」」

と、2大義勇甘やかし隊隊員が、口をそろえて即答する。


「え?だめ、だめでしょっ?!!何言ってんのっ?!!」

と、慌てて止めるムラタに、義勇は、あっ、と、そこで初めて気づいたように、竹細工を握ったのと反対側の手で巻物を取ると、ムラタを向き直った。


「この竹細工の竜…『竹細工の組立絵図』の絵に似てるから。
きっとこの手順で分解できるんじゃないかと思うんだ…」

そう言う義勇の手の竜と絵図を見比べてみれば確かに似てる。


ああ、なるほど、またか。
錆兎とマリアは義勇の言外の行動理由を汲み取ってたのか…。

と、ムラタは自身の飲み込みの悪さを恥じたりしたわけなのだが、その二人からは

「あ~!本当だ。なるほど」
「さすが私の雪華ね。発想が柔軟だわ」

との言葉が飛び出て、それが買いかぶりだったことをムラタは知った。


念のため…と、何故あっさりと義勇の分解発言を了承したのかと聞いてみれば、

「「義勇(雪華)がやりたがってたから?」」

と返ってきてため息…。


世界を手に出来るかもというほどにとんでもないかもしれない物を探せる唯一の手掛かりでも、義勇が壊してみたいと言えば壊させてやってしまうのか…

ああ、もう、ため息だ…ったら、ため息だ。



ムラタがそんな風に呆れかえっている間に、説明は終わったとばかりに義勇が鼻歌交じりに竹細工を分解している。
とてもとても楽しそうだ。
そして、そんな楽しそうな義勇を見ている錆兎とマリアはもっと楽しそうである。

覇者の証がどういうものかは知らないが、実は鬼狩り名門四天王筆頭の嫡男と杭州の女帝、この二人を従えれば、そんなものを持たずとも七つの海の覇者くらいにはなれるんじゃないだろうか…

と、ムラタは遠い目をしながら思う。


ムラタがそんなことを考えている間にも、なんだか子どもの遊ぶ様を見守る親のような優しい視線を注がれながらひたすらに竹細工をいじっていた義勇は、やがて、

「できたー!!」
と、元の竹の形に戻った竹細工を掲げて叫んだ。

それをすごい、すごい、と、褒めたたえる錆兎とマリア。


もう勝手にやってくれ…と、少し呆れ顔でそちらに視線を向けたムラタは、義勇の手に握られている竹を見て、ふと気づいた。


「ちょ、義勇、それ見せて!」
と、その手から竹を取り上げると、まじまじと見る。


「…どうした?ムラタ?」
きょとんと首をかしげる義勇。

「この竹の内側…何か描いてある…。
これ、地図じゃない?」
とムラタが言うと、今度は

「見せてっ!」
と、マリアがそれを取り上げた。

「確かに!これは…沂州の北東あたりかしら…」
と、一部しか描いてない地図を見て即、位置を把握できるのはさすがである。


「義勇、ムラタ、お手柄だっ!
竹細工を手に入れた紫禁城の時のこともあるから、色々持参するものを吟味して準備をしてから出発だ!」

と、それを受けて錆兎がそう言って立ち上がった。



とうとう一つ目の覇者の証が見えてきた。

これで何か分かるのだろうか…


ともあれ、まずは支度から、と、マリアが慌てて出て行って、色々そろえて戻ったあとは、船はいったんは沂州を目指し、そこから北東へと向かうことになった。


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