前世からずっと番外3_4_勇者様のお家事情

──島から離れ過ぎないように、北西に舵を取れぇっ!

食料や水を積み込んで出発する直前に、ムラタが水夫を集めて船長が錆兎に変更になることを発表した。

10代も半ばの少年がいきなり船長になることに水夫たちは驚きはしたが、反対するものはいない。
この10代の少年はしかしながら普通の10代の少年ではない、ということを、まだ出会って2日ほどであるにもかかわらず、船員全員が感じていたのである。


しかもその船長の隣には天使。

そう、船乗りは験を担ぐ人間が多いため、勇者と天使が揃って導く船なら悪いことなど何も起きない、と、むしろおおいに歓迎をしたのだった。




ということで、新船長の指示通り、船はひときわ大きな島に沿って北西へ。
目的地はマニラだ。

そこは東南アジアの北東の端っこなこともあり、まだこの地域の二大勢力であるペレイラ商会もクーン商会も手をつけていないので、旗揚げにはもってこいの地である。


こうして2日後、あれだけ色々あったのが嘘のようにあっさりと、船はマニラにたどり着いた。

「無事たどりついたな…というか、今までの困難さはなんだったんだよ」
と、ムラタは大きく息を吐き出す。




出航は2日後ということにして皆が街に繰り出した後、ムラタは義勇と共に船長室に残っている錆兎を訪ねた。

コンコンとノックをすると、入ってくれ、という声。
それに促されて部屋のドアを開ければ、かつて知ったる船長のデスクの横にはもう一つ一回り小さな机。
そこには義勇がちんまりと座っている。


「ああ、ムラタ、ちょうどいい。
少し話しておきたかった。
たぶんお前の側の話もそうなんだと思うんだが…」
と、握った羽ペンを置いて顔をあげる錆兎。

船長のデスクに座っていても、全く違和感がない。
それを思わず口にすると、錆兎ではなく義勇の方が

「当たり前だ。
錆兎は元々は数百年以上続く4大英雄の筆頭の家系の嫡男だからなっ!」
と自慢げに胸を張る。


え?えええっ???
ちょっと待ってよ、本当にお前勇者だったのっ??!!!

と、驚いて叫ぶムラタに

──本当に勇者って…なんだそれは…
と、錆兎は呆れたように眉を寄せた。

その後、
「義勇は少し黙ってろ。
これから商会としてやらねばならん仕事もあるし、時間がもったいない」
と、義勇をたしなめる。


しかし

「え?でもなんだかすごい家系の跡取りってことは否定しないんだよね?」
と、とりあえず話を進めるムラタには、
「ん~、まあ、そうなるな」
と、それを肯定して見せた。


「お前が知りたいのはそれか?」
と、今度は錆兎の方から尋ねられて、
「…というか、お前自身のこととか、あんな小舟で漂流してたこととか、全部?」
と、ムラタは頷く。

「うん、もっともなことだな。俺でも気になる」
と、それに錆兎も笑って頷いた。

そして付け足す。
「一つだけ注意して欲しいこともあるしな。
船が無事寄港して落ち着いたところで、ムラタには全てを話そうと思っていた」
と。



とりあえず長くなるから座ってくれ、と、椅子を勧められて村田が座ると、錆兎は話し始めた。

「ムラタが先祖からどこまで聞いて日本のことを色々知っているのかはわからんが、俺のルーツは平安時代に源頼光の部下として共に鬼退治をした四天王と呼ばれる特に優れた4人の部下の中でもまとめ役、筆頭と言われた渡辺綱という武将だ。

で、その孫の代からな、今度は源家だけじゃなく、帝に連なる大貴族の産屋敷家に見出されて、そちらとも親しくするようになった。

俺はその渡辺の直系の嫡男だが、うちの家系は四天王を束ねる役割を担っていて高い能力が求められるということもあり、跡を継ぐのは必ずしも当主の長男とは限らず、当主の子どもや兄弟姉妹の子ども、つまり甥くらいまでの中で優れた資質を持つ者を跡取り候補としている。
だから、まあ俺が戻らなくとも兄弟か従兄弟のいずれかが家は継ぐのでそちらは問題ない。
これが、俺の身元や立場だ」



いやいや、それ、問題あるでしょ。
お前、どう見てもその優れた資質の持ち主だし?

お前並み、もしくはお前以上の資質の人間がゴロゴロしてる世界なんて怖すぎるよ?

…と、ムラタはそう言いたくなったが、とりあえず話はまだ本題に入っていないので黙っておく。

ムラタがそんな風に思っている間にも錆兎の話は進んでいった。


「でな、俺が今ここにこうしている理由についてだ。
実は義勇もその四天王の一人の子孫でな。
まあ名家なわけだ。

でもって、俺たちは幼馴染で、ある日な、たまたま義勇が蔵の中でおかしなものを見つけたと言って、それを見せがてらうちに泊まりで遊びに来たんだ。
そうしたらちょうどその夜、義勇の家が大勢の賊に襲われて一家全員殺された。

で、両親と姉はもちろんだが、何故か同じ年頃の使用人の子が義勇の服をまとって殺されていたんだ。

つまり…物取りの犯行じゃなく一家に害をなそうとする勢力の仕業だと気づいた義勇の親が義勇がうちに来ていて難を逃れていることを隠すために身代わりをたてたんだろう。

ちなみに義勇の家は弓の使い手として有名な家でな。
近づかれると弱いが、目も耳もよく、曲者が敷地に侵入しても近づく前に返り討ちに出来ると思うんだが、それが出来ない距離にいきなりというと、誰かが手引きした可能性が高い。

…ということで、誰に狙われているかはわからんから敵がわかるまでは死んだことにしておいた方が無難だと思うんだが、匿える家というのは、逆に義勇が居る可能性が高い家として狙われる。

まあ、他の3家は近接武器の家系だし体術もかなりなものだから、ちょっとやそっとじゃやられはしまいが、女子供を人質に取られたりしても嫌だからな。
それなら俺が引き受けようと思った。

義勇が死んだと思っていてくれるならそれでよし。
生きているかもと疑った時に、俺がその時期にいきなり旅に出るとどこぞへ消え去ったなら、俺と義勇の仲だ、義勇は俺と共にいるのだろうと、俺たちを追ってくるだろう。
その時に実家近くにいれば人質を取られる可能性もある。
それならもう、思いきり遠くへ行ってしまって、襲ってくるものは返り討ちにしてやればいい。
そんな理由で日本を離れることにしたんだ。

実家の京から長崎、那覇へ。

そこから杭州にわたり、泉州、マカオ、ギアディンを経由して、ブルネイを目指したはずだったんだが、すこしばかり東に流れ過ぎたようだな。

食い物は干し飯やドライフルーツ、魚も釣れるし問題なかったんだが、たまたま雨が少なくて水が少しばかり心もとなくなってさあどうしようかと思っていたところに、ムラタの船に拾われたということだ」



まるで世間話でもするような気楽さで話してくれるが、もうムラタが嵐ですべてを失くしたことなんて本当に些細なことに思えるほどのものすごい事情、まるで冒険譚のようだと思う。

あまりに壮大な話に理解が追いつかなくて、ムラタは頭を抱えた。


「…つまり…義勇が誰かに狙われていて、その誰かがわからないから他に影響が出ると面倒だから、影響を及ぼせないところまで逃げてきたっていう理解でいい?」

「ああ、その通りだ。
だからもしかしたら喧嘩をふっかけてくる輩が現れるかもしれないが、安心してくれ、俺はすごく強い。

父が餞別に祖先が鬼退治に使ったと言われている家宝、名刀【鬼切安綱】を貸してくれたから、まあ、両手両足の指の数の賊くらいなら一人で殺れる。
そう育てられてるからなっ」


うあ~!うあ~!うああああ~~~~!!!!

にこやかに宣言する錆兎にムラタは青ざめた。
なるほど、だからあの無人島で商船団の水夫くらい簡単に伸せる自信があったわけだ。

「だから心配するほどのことはないと思うが、こういう事情があるということだけは知っておいてくれ」

ということで、錆兎も義勇も実家の姓は名乗らず、どちらももっと広義的な意味合いでの家系の名、源を名乗るということで、商会の名はミナモト商会とすることになった。


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