いきなり嵐に襲われて、5隻の船団の中で残ったのは旗艦一隻のみ。
積み荷も流され、命からがら無人島へ。
この上なく悪化してしまったこの状況で、もしもう起きているならあの少年とたわいもない話でもいいから話をさせてもらいたかった。
彼はそばにいるとなんだか安心するのだ。
だから起きているか聞いてみたのだが、目の前の水夫が答える前に、
「ムラタ船長、大変ですぜ!
あいつが目を覚ましやした!」
と、叫びながら別の水夫が船長室へ飛び込んできた。
いやいや、病気とかで寝込んでいたわけではないし、一晩寝れば目を覚ましても不思議ではないだろう。
何が大変だと言うんだよ…と、聞いてみると、なんと
「それが…あいつ、他の水夫たちに混じって船の修理を手伝ってるんで」
と言う言葉が返ってくる。
確かに働くとは言っていたが、もう自主的に自身の言葉を守っているのか…と、その誠実さ勤勉さに驚いて、ムラタが船を降りて見に行くと、手伝っている…というには少し違和感のある光景が目に入ってきた。
え?え?これ”手伝って”はいないよね?
むしろ”手伝わせている”っていうのが正しくない?
と、ムラタは心の中で思いきり突っ込みを入れる。
「よおし!それじゃあ、手の余った者は船倉の修理を手伝ってやってくれ!」
と、もちろん自身も動きやすいように着物の上をはだけて働きながらも、錆兎は普通に大勢の水夫達をまとめて指示を出している。
驚いたことに屈強の水夫たちが彼の指示に素直に従っていた。
それを指摘すると知らせに来た水夫は気まずそうに頭を掻く。
「いやぁ…あの坊ちゃん、大した奴ですぜ。
最初は働きたがらない皆の中で、働かなきゃ野垂れ死にするぞ、賭けをして自分が勝ったら一緒に働けって言いだして…」
「…賭け?」
「ええ。船の上じゃ力が正義だろう、一番の強者と力比べをして自分が勝てばいうことを聞け。負けたら何でも言うことを聞いてやると……」
「…まさか、ミゲウとやりあったわけじゃないよね?」
ムラタは海賊に襲われた時などのために雇った体格も体力も…そして体術も人並み外れた水夫を思い浮かべ、しかし今実際に皆が錆兎に従っているということは、倒したのはどう見ても一般人では勝てそうにないミゲウではありえないと思ったのだが、水夫は大きく頷いて、
「そのミゲウです。
あいつがコテンパンに伸されまして…。
何もんなんですかね?あの坊ちゃんは。
人間離れした強さでしたぜ」
と、言った。
ありえない…とムラタもさすがに思ったが、そう言われて水夫たちの中でミゲウの姿を探すと、見事な青あざで、水夫が言っていることが嘘でもなんでもなく事実なのだと知る。
だが、確かに水夫たちの間では力が正義だ。
皆、錆兎をボスと認めたらしく、置かれている状況が状況だけにやや疲れた感は否めないものの大人しく…というより、わりと生き生きと働いているように見える。
青空の下、笑顔で率先して働く錆兎を見ていると、今の絶望的な状況が嘘のような気がしてきた。
「よぉ~しっ!時間だっ!
約束通り今日の作業は終了っ!
あとはお楽しみの時間だっ!!」
と、時がたつのも忘れて眺めていると、いつのまにやら日が西に沈みかけている。
そこでそれまで気づいていたのかいなかったのか、まったくムラタに視線を向けることのなかった錆兎は
「あ~、ムラタ!ちょうど良かったっ!頼みたいことがあったんだっ!!」
と、駆け寄ってきた。
「頼み?
自主的にこれだけのことをしてくれたんだ。
叶えてやりたいのはやまやまだけど、俺にできること?」
錆兎がいなければ今頃はまだボロボロに壊れた船を前に呆然としていただろう。
それを考えれば錆兎の頼みとやらを断ることなど出来ないが、なにぶん自分は今ほとんどのものを失っているところである。
そんな自分に何ができるのだろうか…と思っていると、錆兎はあっさり
──食料と酒を放出してくれ
と言う。
最初は働きたがらない皆の中で、働かなきゃ野垂れ死にするぞ、賭けをして自分が勝ったら一緒に働けって言いだして…」
「…賭け?」
「ええ。船の上じゃ力が正義だろう、一番の強者と力比べをして自分が勝てばいうことを聞け。負けたら何でも言うことを聞いてやると……」
「…まさか、ミゲウとやりあったわけじゃないよね?」
ムラタは海賊に襲われた時などのために雇った体格も体力も…そして体術も人並み外れた水夫を思い浮かべ、しかし今実際に皆が錆兎に従っているということは、倒したのはどう見ても一般人では勝てそうにないミゲウではありえないと思ったのだが、水夫は大きく頷いて、
「そのミゲウです。
あいつがコテンパンに伸されまして…。
何もんなんですかね?あの坊ちゃんは。
人間離れした強さでしたぜ」
と、言った。
ありえない…とムラタもさすがに思ったが、そう言われて水夫たちの中でミゲウの姿を探すと、見事な青あざで、水夫が言っていることが嘘でもなんでもなく事実なのだと知る。
だが、確かに水夫たちの間では力が正義だ。
皆、錆兎をボスと認めたらしく、置かれている状況が状況だけにやや疲れた感は否めないものの大人しく…というより、わりと生き生きと働いているように見える。
青空の下、笑顔で率先して働く錆兎を見ていると、今の絶望的な状況が嘘のような気がしてきた。
「よぉ~しっ!時間だっ!
約束通り今日の作業は終了っ!
あとはお楽しみの時間だっ!!」
と、時がたつのも忘れて眺めていると、いつのまにやら日が西に沈みかけている。
そこでそれまで気づいていたのかいなかったのか、まったくムラタに視線を向けることのなかった錆兎は
「あ~、ムラタ!ちょうど良かったっ!頼みたいことがあったんだっ!!」
と、駆け寄ってきた。
「頼み?
自主的にこれだけのことをしてくれたんだ。
叶えてやりたいのはやまやまだけど、俺にできること?」
錆兎がいなければ今頃はまだボロボロに壊れた船を前に呆然としていただろう。
それを考えれば錆兎の頼みとやらを断ることなど出来ないが、なにぶん自分は今ほとんどのものを失っているところである。
そんな自分に何ができるのだろうか…と思っていると、錆兎はあっさり
──食料と酒を放出してくれ
と言う。
いやいや、もう食料も酒もそうは残っていないから無駄には出来ないんだが…
これからまた船出してどこか港を目指さないとだから、その際に足りなければ海上で飢え死になんだが…
さすがに命に係わるレベルの話をされて即答できないムラタの代わりに横の水夫が
──何言ってやがるっ!食いもんだってもう何日分も残ってねえんだぞっ!
と、怒鳴りつけた。
これからまた船出してどこか港を目指さないとだから、その際に足りなければ海上で飢え死になんだが…
さすがに命に係わるレベルの話をされて即答できないムラタの代わりに横の水夫が
──何言ってやがるっ!食いもんだってもう何日分も残ってねえんだぞっ!
と、怒鳴りつけた。
しかし錆兎は声高に言う水夫の言い方も即答できないでいるムラタの態度も全く気にすることなく、
「だが、船が直らなければ、おしまいだ。
頼みの水夫たちがあれほど疲弊していては、修理など終わるはずもない。
それなら、食べ物で水夫たちを奮い立たせてでも船を直すべきだろう?
ジリ貧になって飢え死にを待つのはさすがに避けたい」
と、穏やかに言う。
ああ、そう言われればそんな気がしてきた。
錆兎の言葉はなんというか、とても心に入り込んできてしまう。
ススス…と、錆兎の言葉にすり寄りかけるムラタの心。
そこに錆兎はさらに畳みかけた。
「日中に少し森に入って果物を取ってきた。
それは俺たちが作業をしている最中に義勇がドライフルーツ用に切って保管してくれているから海上で干せばいい。
ビタミンと糖分はそれで取れるし日持ちもする。
塩は海の上だしな、自前で作れるし、断言はできないがおそらくここはマニラの南東の小島のどこかだと思うから、そうだな…あまり島群から離れ過ぎないように大きな島を見つけて島沿いに北西に進めば長くとも2,3日中にはマニラに着くだろう。
だが、それも水夫たちがきちんと働いてくれればこそだ。
船は俺とムラタだけでは動かせない。
水夫たちに気持ちよく働いてもらおうと思ったら必要なのはフルーツより酒と肉、宴会だ。
もしこの判断が失敗なら俺のせいにしてくれて構わない。
義勇だけはどこかの港におろしてやって欲しいが、俺は海に放り出せ。
もし成功すればムラタの英断だ」
ああ…とムラタは内心ため息をついた。
通訳や実務が出来るのと人の上に立って仕切る才能はまた別ならしい。
自分は通訳や通商の才はあるのかもしれないが、上に立つ器ではなかったのだ…と、目の前の自分よりおそらく10歳ほどは若いのであろう少年の言葉に思い知る。
「わかった…。宴会の件は俺が許可するよ。
全員に伝えて。飲んで騒いで、一眠りしたら、さっさと修理を澄ませて出発の準備だってね」
向いていようといなかろうと、今の自分はこの船のトップだ。
今くらいは責任を取らなくては。
決意をして少年に許可の意を伝えると、錆兎は
──ありがとうっ!ムラタっ!!
と、満面の笑みで言ったあとに、くるりと砂浜で休憩を取っている水夫たちを振り返って、
「だが、船が直らなければ、おしまいだ。
頼みの水夫たちがあれほど疲弊していては、修理など終わるはずもない。
それなら、食べ物で水夫たちを奮い立たせてでも船を直すべきだろう?
ジリ貧になって飢え死にを待つのはさすがに避けたい」
と、穏やかに言う。
ああ、そう言われればそんな気がしてきた。
錆兎の言葉はなんというか、とても心に入り込んできてしまう。
ススス…と、錆兎の言葉にすり寄りかけるムラタの心。
そこに錆兎はさらに畳みかけた。
「日中に少し森に入って果物を取ってきた。
それは俺たちが作業をしている最中に義勇がドライフルーツ用に切って保管してくれているから海上で干せばいい。
ビタミンと糖分はそれで取れるし日持ちもする。
塩は海の上だしな、自前で作れるし、断言はできないがおそらくここはマニラの南東の小島のどこかだと思うから、そうだな…あまり島群から離れ過ぎないように大きな島を見つけて島沿いに北西に進めば長くとも2,3日中にはマニラに着くだろう。
だが、それも水夫たちがきちんと働いてくれればこそだ。
船は俺とムラタだけでは動かせない。
水夫たちに気持ちよく働いてもらおうと思ったら必要なのはフルーツより酒と肉、宴会だ。
もしこの判断が失敗なら俺のせいにしてくれて構わない。
義勇だけはどこかの港におろしてやって欲しいが、俺は海に放り出せ。
もし成功すればムラタの英断だ」
ああ…とムラタは内心ため息をついた。
通訳や実務が出来るのと人の上に立って仕切る才能はまた別ならしい。
自分は通訳や通商の才はあるのかもしれないが、上に立つ器ではなかったのだ…と、目の前の自分よりおそらく10歳ほどは若いのであろう少年の言葉に思い知る。
「わかった…。宴会の件は俺が許可するよ。
全員に伝えて。飲んで騒いで、一眠りしたら、さっさと修理を澄ませて出発の準備だってね」
向いていようといなかろうと、今の自分はこの船のトップだ。
今くらいは責任を取らなくては。
決意をして少年に許可の意を伝えると、錆兎は
──ありがとうっ!ムラタっ!!
と、満面の笑みで言ったあとに、くるりと砂浜で休憩を取っている水夫たちを振り返って、
──みんなぁ~!!船長が許可してくれたぞ~!!!
と、叫ぶ。
──おお~!!!
──さすが船長、話がわかるぜっ!!!
──ありがとうごぜえやすっ!!明日から張り切ってまた働きやすぜっ!!!
と、水夫たちが口々に言ってムラタに笑顔を向けた。
ここに漂着した時の呆然と疲れた表情が嘘のようだ。
錆兎は自分に礼を言うが、むしろ礼を言わなければならないのは自分のほうかもしれない。
船の横の砂浜でたき火を囲んだ宴会。
空は一面に綺麗な星がちりばめられ、涼しい風が吹いている。
ぱちぱちとたき火の火がはじける音。
ザザ~ン、ザザ~ンと波の音も日中の暑さが嘘のような涼やかさを演出する。
そんな中で楽し気な水夫の笑い声。
宴もたけなわになると、錆兎の隣にちょこんと座った彼の相方の少年が、錆兎が吹く横笛に合わせて高く澄んだ綺麗な声で歌い始めた。
元々口数が少ないのか緊張していたのか、ほとんど口をきいたところも見なかったので気づかなかったが、若くともしっかりと低い男の声になっている錆兎と違って、義勇の方はまだ声変わり前なのかもしれない。
天使の歌声というのはこういうのを言うのだなと思うほどには美しい高音だ。
それまで騒々しく騒いでいた面々も一斉に静かになって聞き入っている。
ほぅ…というため息まで聞こえてきた。
…こいつぁ…
…ああ、どうやらこの船にはいつのまにか天使さまが紛れ込んでたらしいな。
…天使様がいりゃあ、俺ら無事にちゃんとした港に無事導かれんじゃね?
…違いねえや
誰からともなくそんな言葉が漏れてきた。
…ま、おとぎ話の主人公も真っ青な錆兎さんがいるしな。
…そそ、主人公は死なねえ。
…おとぎ話の終わりは常にめでたしめでたしってな。
…あの人についていきゃあ、なんとかなる
…勇者と天使が揃ってて、バッドエンドになるはずがねえ
ここに漂着した時は疲れて不安げな表情をしていた水夫たちは、すっかり落ち着いた顔をしている。
彼らのつぶやきを聞いて、ムラタは一つの決意をする。
それを口にするのは明日の朝。
きちんと聞いてもらうには、酒がきちんと抜けてからだ。
そう思って、ムラタは今は最後の提督としての夜を楽しむことにした。
と、叫ぶ。
──おお~!!!
──さすが船長、話がわかるぜっ!!!
──ありがとうごぜえやすっ!!明日から張り切ってまた働きやすぜっ!!!
と、水夫たちが口々に言ってムラタに笑顔を向けた。
ここに漂着した時の呆然と疲れた表情が嘘のようだ。
錆兎は自分に礼を言うが、むしろ礼を言わなければならないのは自分のほうかもしれない。
船の横の砂浜でたき火を囲んだ宴会。
空は一面に綺麗な星がちりばめられ、涼しい風が吹いている。
ぱちぱちとたき火の火がはじける音。
ザザ~ン、ザザ~ンと波の音も日中の暑さが嘘のような涼やかさを演出する。
そんな中で楽し気な水夫の笑い声。
宴もたけなわになると、錆兎の隣にちょこんと座った彼の相方の少年が、錆兎が吹く横笛に合わせて高く澄んだ綺麗な声で歌い始めた。
元々口数が少ないのか緊張していたのか、ほとんど口をきいたところも見なかったので気づかなかったが、若くともしっかりと低い男の声になっている錆兎と違って、義勇の方はまだ声変わり前なのかもしれない。
天使の歌声というのはこういうのを言うのだなと思うほどには美しい高音だ。
それまで騒々しく騒いでいた面々も一斉に静かになって聞き入っている。
ほぅ…というため息まで聞こえてきた。
…こいつぁ…
…ああ、どうやらこの船にはいつのまにか天使さまが紛れ込んでたらしいな。
…天使様がいりゃあ、俺ら無事にちゃんとした港に無事導かれんじゃね?
…違いねえや
誰からともなくそんな言葉が漏れてきた。
…ま、おとぎ話の主人公も真っ青な錆兎さんがいるしな。
…そそ、主人公は死なねえ。
…おとぎ話の終わりは常にめでたしめでたしってな。
…あの人についていきゃあ、なんとかなる
…勇者と天使が揃ってて、バッドエンドになるはずがねえ
ここに漂着した時は疲れて不安げな表情をしていた水夫たちは、すっかり落ち着いた顔をしている。
彼らのつぶやきを聞いて、ムラタは一つの決意をする。
それを口にするのは明日の朝。
きちんと聞いてもらうには、酒がきちんと抜けてからだ。
そう思って、ムラタは今は最後の提督としての夜を楽しむことにした。
0 件のコメント :
コメントを投稿