前世からずっと番外3_5_ミナモト商会発足

「マニラはまだ大商人の手が入っていないから、シェアを確保するのが楽でいいな」

とりあえず自分達の身の上や状況をムラタに説明した後、書き終わった書類を手に錆兎が向かったのは、マニラの総督府だ。

どの街もここで許可を取り、その後は許可された土地で商売をすることになる。
管理の関係上、その区画で商いをすることが出来るのは3商会まで。
商業区を借りるには総督府か交易所に寄付をする。

寄付した金は総督府なら街の防衛に、交易所なら商品の品質向上や商品開発に使われることになっていた。

もちろん商業区とされる土地には限りがあり、100%借りられている場合にはそれ以上は借りられない。
だから、その地区を全て借りてしまえば、他の商会は入ってこられないため、その街で得られる利益は独占できるというわけである。


ということで、時は金なり。
錆兎はまず総督府で最低限の寄付をして商業権を得た上で、交易所に向かう。

「シェアをあげるのに総督府じゃなくて交易所に寄付すんの?」
錆兎についてきたムラタが聞くと、錆兎はゆったりと小売の市場を覗きながら

「ああ。まだ資金力もないし、当分はどこの商会とも敵対する気もないから、まずは商業優先だろ。
特産品のナツメグは東南アジアじゃ珍しいものじゃないが、北上した東アジアでは産出できないものだし、ここに来る途中で寄ったマカオでは逆に東南アジアでは売っていない茶が売ってたから、当分はここでナツメグを買ってマカオでそれを売って茶を買って帰るの繰り返しで資金を稼ぐつもりだ。
ついでにアジアで航路を確保するために一通りの港は回れればいいんだが」
と言いながら、自分達用に船で食べる食料も物色している。

「呆れたな…。そんなのチェックしながら旅してきたのかよ。
お前、商会で働いたこともないんだろうし、商売人になるつもりもなかったんだろうに、商売のことわかりすぎじゃない?」

本当に素人どころかベテランの商売人並みの考えにムラタがいつものことながら呆れかえると、錆兎は

「家を出たら誰も渡辺のお坊ちゃま扱いはしてくれんからな。
後ろ盾が一切なくなった俺が頭も使わず何も気にせずに出来ることなど、無頼の真似事くらいだが、それは絶対にしたくないしな。
となると、何が出来るかを考えながら、何をするにしても役に立つように、必要そうなことはチェックしておくしかないだろう?」
と、苦笑する。

「なるほど。うん、でもお前のお隣はまぎれもなく良家のおぼっちゃまのままっぽいけど?」

そういう理屈なら錆兎よりもさらに色々に適応していかねばならないのであろう義勇は、錆兎の隣で何も難しいことを考えている様子もなく、錆兎に買ってもらった干した果物をモグモグとやっていた。

それに向けているムラタの視線を追うと、錆兎は
「ああ、義勇は良いんだ、俺がいるから。
死が2人を分かつまで…というか、死にですら分かさせる気はないんだが」
と、目を細めて笑う。


………空気が甘い。幼馴染同士の間のものにしては甘すぎる…
砂糖を吐き出しそうな空気に複雑な表情のムラタに気づいてか気づかないでか、

「出会った最初の時に約束したんだ。
俺が前に立って義勇のところまで悪い奴がこないように守るからって。
その代わりに義勇は後ろで俺より広くなる視界で俺たちに迫る敵を教えてくれる。
俺たちはいつだって一緒なんだ」

と、そう言って口をモグモグさせている義勇に視線を移動し、そこで義勇の口の端についているフルーツの欠片を指でぬぐって、迷うことなくその指を自分の口に運んだ。


違う…爺ちゃんばあちゃんに聞いていた日本人像と彼らはなんだか違う。
日本人と言うのはもっとパーソナルスペースが広い人種だと聞いていた。

そんなことを考えながらも、それを指摘するのもなんなので、ムラタは生温かい笑みで

「そう、…なんだ」
と、だけ言ってスルーすることにする。



こうして錆兎は商業地区を仕切っている交易所でわずかばかり残っていた資金を投入して一気にシェアを100%まであげる。
これでマニラはミナモト商会で独占できることになった。

シェアが増えれば売ってもらえる量も増えるが、今の船だと船倉3倉分しか積み荷は詰めないので、3倉分のナツメグを買って、あとで水夫を寄越す旨を伝える。

「とりあえず…今は資金があまりないから、数回マニラとマカオで貿易しながら少し余裕が出てきたら船を買いつつ、東アジアにシェアを広げよう。
東南アジアは他の地域との交易は美味いが、地域内での交易は利益があまりよくない」

それでいいよな?と、一応ムラタにも意見を求めてくるわけなのだが、もう初めての出航ですでに挫折して新米船長のまま終わったムラタからすると、これだけ色々理解している船長に対して物申せるほどの何かがあるわけがない。

それでもうんうんと頷くだけ頷くと、錆兎は、じゃ、そういうことで、と、払うものを払って錆兎は今度は酒場に足を向けた。


「とりあえず船を動かすのにもう少し水夫がいないとな」
と、その目的を明らかにするが、大商人の手が入っていないということは、船も少なければ水夫も少ない。

そんな場所で有名な商会でもない発足したてのミナモト商会で働こうなどと言う水夫が見つかるものなのだろうか…。
と、ムラタは不安を口にするが、錆兎は意気揚々と楽し気に酒場の入口をくぐった。


「あ~、船長も一杯やりにいらしたんでやすかっ?!」
「一緒に飲みやしょうぜっ!!」
などと、皆、街について一息いれていたのだろう。
水夫たちの多くが集っている。


それに軽く手をあげ、

「ああ、ちょうどいま一仕事終えたんで、軽く祝杯をあげに来たんだ。
さっき交易所に行ってこの街の交易のシェアを独占してきた」

と、錆兎は高らかに宣言をして、それにだいぶ酒の入っていた水夫たちが、おお~~!!!とこちらも声高らかに歓声をあげる。

「ということで、一緒に商会の前途を祝おう!
親父っ!これでこの酒場にいる全員に酒を配ってくれっ!」
と、酒場の奥のカウンターに金貨の入った袋をドン!と置く。

「え?えええっ???こんなにですかい?
全員にうちの一番いい酒を配ってもおつりがきやすが?」
と、戸惑う店主。

それに錆兎は
「金が余ったなら次寄港する時用にうちの水夫たちのために美味い飯と酒を仕入れておいてやってくれ。
うちはこの港に本拠を置くつもりだから、この店も贔屓にさせてもらうと思うから」
と、にこやかに告げた。

「おお~!!さすが船長っ!!」
「うちの船長はそんじょそこらのひょろい奴らとは違うからなっ!」
「おおっ!錆兎船長がいりゃあ嵐も海賊も怖くねえっ!!」


おごりの一言に盛り上がる水夫たち。
酒が全員に配られると、

「ミナモト商会の前途を祝して乾杯!!!」
の声に皆が杯をかかげた。

そうしてゴクリゴクリと酒が喉を通る音があちこちで聞こえる中、錆兎は、ところで…と、なんでもないことのように切り出す。

「これから規模を広げるにあたって、船も増やしていきたいんだが、人手が足りない。
交易先で雇ってもいいんだが、出来れば本拠地の人間と一緒にやって行ければと思ってるから、ここにいる中で俺の船で働いてくれる奴はいないか?」
との言葉に、大いに盛り上がった酒場では我も我もと手があがる。

そんな面々に錆兎はピン、ピン、と、銀貨を配り、
「手付けと準備費用だ。
二日後に出発だから明日いっぱいで支度を整えて、港に留めてある船にきてくれ。
俺の隣にいるムラタが手続きと仕事の説明をする」
と言った。

そうしてしばらく周りと話しながら、皆が盛り上がったところで適当に船に戻る。


「ちょ、錆兎、あんな金の使い方してよかったの?」

元は自分が率いていた船団だ。
その懐具合はムラタは誰より知っていた。

5隻あった船のうち残っているのは1隻。
積み荷も流されてしまったため、今残っているのは中型船一隻と金貨3万ほどだ。

そのうち、この街のシェアを独占するのに1万ほど使ってしまって残りは2万。

交易先でもシェアを確保するのに金は必要だし、ここマニラはシェアも格安だが、錆兎が当座交易をするというマカオでのシェアの確保にはここの下手すれば10倍以上くらいの金がいる。
もちろんそれプラス新しい船に交易品代を考えれば、金が全然足りない。

それを口にすると錆兎はにこりと言い放った。

「苦しい時ほど平気な顔をするのが上に立つ者の成功の秘訣だ」

「いやいや、だって現に金が足りないのにどうすんの?」
「金は…足りなきゃ作る」
「どうやって?」

「当分は2つの街の交易で。
そうだな…マニラで買ったナツメグはマカオに運べば1倉で1000くらい儲けが出る。
逆にマカオで買った茶をマニラで売れば1800くらいだな、儲け。

マカオは造船所があるから、まず今の船では3倉しかない交易品をいれる倉を5倉に改装して、あとは交易品を買う金を残してマカオのシェア獲得につぎ込む。
もちろんシェアは商業の方な。

2つの街はだいたい船で5日。
食料や水などラーニングコストはほぼ金貨50枚と考えれば、すぐ金は貯まるし、金が貯まったら新しい船を買ったり近隣の港のシェア獲得にも乗り出せばいい」

「…お前、おかしい、絶対におかしいよ」
「何がだ?」

「なんでそんなに色々わかるんだよっ!」
「…う~ん…きちんと情報を整理すればわかることじゃないか?」
「わかんねえよっ!!」


本当に本当に本当に…こいつは違うっ!
普通の人間じゃないっ!


ムラタは声を大にしてそう言いたい。


そもそもがムラタは爺ちゃん子だったので、爺ちゃんによく日本の話は聞いていた。

大昔の大江山の鬼退治だって、一条戻り橋で会った鬼の腕を名刀鬼切安綱で斬り落とした渡辺綱の話だって知っている。

その子どもに聞かせる夢のあるおとぎ話だと思っていた英雄の子孫が、まるでその英雄のイメージそのままに目の前にいる事自体がありえない。
話に出てくる名刀付きでだ。


普通ではありえない優れた能力を発揮する、いわゆる主人公補正がはいっているんじゃないかと思うような少年。
さらに筆頭の渡辺だけでなく、弓の卜部までと言われると、本当に現実味がなさすぎる。

しかも渡辺は筆頭のイメージそのままに力強く統率力にあふれていて、卜部の方は後ろに下がる射手らしく線は細いが美しい。

本当にありえない現実に、ムラタはもう一度、今回何度目かわからないため息をついた。

どうやら自分はリアルおとぎ話の世界に引きずり込まれてしまったらしい。

たぶん…たぶんだが、彼らは世界に名をとどろかせる大商会になるのだろう。


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