前世からずっと番外3_6_女帝

本当に本当に、錆兎が言った通りに動いていると疑う間もなく資金が増えていく。

交易先のマカオの一口の寄付金が高すぎて最初は一気に増やすのは無理だったが、マカオにある造船所で船の積み荷倉庫を3倉から5倉に増やしてしばらくマニラ-マカオ間を行き来すると、万単位で金が貯まり、それをマカオのシェアにつぎ込んでいく。


そんなある日、錆兎が言った。

──あ…今回の売値は利益率500%いったな
と。


確かに交易品の品質をあげるのに大量の金をつぎ込んだマニラでは好景気が続いていて、そこでマカオの茶を売ったらたいそう高額で売れていた。


──そうだね、それが何か?
──黄金航路になるだろ?
──え?なに、それ??

謎な言葉にムラタが首をかしげると、錆兎は驚いた顔で

「ギルドは物流についての情報も集めているから、利益率が500%以上になる商品の購入先販売先をギルドに報告すると、その利益に合わせて2年に分けて定期的に報酬を支払ってくるだろ。
…もしかしてムラタ、知らなかったか?」

と、顔を覗き込んできた。


初航海で物を売ることなく終わった提督人生でもあったし、そもそも利益率が500%以上になんてなるほどの売買はめったにない。
そんなシステムを知っている船長の方が少ないんじゃないだろうか…。


「もう、なんなの、やだ、お前…」
と、呆れかえって思わずそう口にすると、文字通り取ったらしい錆兎は

「…なんかわからんが…すまん」
と、しょぼんと肩を落とす。


こういう時に怒ったり馬鹿にしたりすることなくこうやってしょげかえるところがなんだか憎めない。


「別に悪いとかじゃなくて…知識ありすぎてありえないってだけ。
で?その黄金航路とやらの登録をするにはギルドに行かなきゃなんだろ?
どうすんの?」

とりあえず落ち込ませたいわけではないので、早々に切り上げて、ムラタは錆兎に問いかけた。

「東南アジアだとマラッカかバタヴィアなんだけど…」

と、言いつつも口ごもってしまうのは、マラッカはペレイラ商会の本拠地でバタヴィアはクーン商会の本拠地と言うことで、まだ張り合うには力のないうちはそのどちらも刺激したくはない。

そのあたりには極力近づかないということで錆兎との話し合いは出来ている。


となると…

「北上して杭州を目指すか…」
と錆兎が言う。

「ま、それが無難かもね」
と、ムラタもそれに同意した。


そして東アジアでは良い値で売れるナツメグを船にいっぱい積んでマカオ、泉州と北上し、ギルドがある大都市杭州へ。



これまでマニラとマカオの往復ばかりだったので、久しぶりの大都市だ。

しかもムラタがいつも身を置いていた都市は東南アジアのマラッカだったので、杭州はまたそれとは何もかも違い、物珍しい。


「ムラタ、俺から離れるなよ?迷うぞ」

と、何故か10歳ほど年下のはずの若様に注意をされて、どちらが子どもなんだかとは思ったが、それでも確かに人が多く気を抜くとはぐれそうなので、ムラタは慌てて錆兎の隣に並んだ。

もちろん義勇はしっかりと錆兎に手を繋がれている。

繋いでない方の手にはホカホカの饅頭。
それを小さな口いっぱいに頬張っては、口元に食べかすをつけて、錆兎に指先でぬぐわれていた。
もうすっかり見慣れた光景である。

そんな状態だが錆兎はギルドの場所はチェック済みらしく、迷うことなく足を運んだ。


活気のある商業区のはずれ、ムラタが慣れ親しんだマラッカのそれよりはなんだかしっかりとした建物のドアをくぐると、中にいた数人の客がムラタたちをみて、何故かざわめく。


…え?と思う間もなく、奥のカウンターからギルドの主らしき初老の男性が、

「お前さんがミナモト財閥の総帥かい?」
と、声をかけてきた。

「…そうだが何故それを?」
と、錆兎が答えると、周りのざわめきがさらに大きくなる。


どこかこちらを恐れるような目。

確かに錆兎は本人も腕に覚えがある上に強い武士の血筋ではあるのだが、一般人に恐れられるようなことはしていないはずだ。


何か勘違いされているのだろうか…

誤解があるなら自分が断固として誤解を解かねば…と、ムラタは気合を入れるが、逆だったらしい。


「お前さん、リー家って知ってるかい?」
「…”あの”リー家か?」

錆兎が少しばかり考え込んで答えると、ギルドの親父は

「ああ、そのリー家だ」
と、大きく頷く。


「最近当主が変わって、娘の華梅(ホアメイ)お嬢さんが跡を継いだんだけどな。
リー家を継ぐなり言ったのが『我が使命は明国の海岸を守ること』という言葉らしい」

「…ふむ、勇ましくて結構なことだ」

「お前さんには結構…とは言えないかもしれないぞ?
その華梅お嬢さんがお前さんをみかけたらリー家を訪ねるように伝えてくれと言ってるんだ」

うあ~!とムラタは頭を抱えた。


今現在、日本近海からこのあたりまで、クルシマという男の率いる海賊、いわゆる倭寇が暴れまわっている。

明国はそれに対して迎撃するより陸地にこもる方向で動いていて、現在、外国籍の船の出入りや自国民の外国籍の商館などでの雇用は禁止まではしていないが、国としては鎖国を目指していた。

そんな中で断固として戦うつもりらしいリー家は一般人からすると頼りにはなるがどこか恐ろしい家である。

そんな相手からのお呼び出し。
しかも…彼らが主敵としている海賊と同じ国籍の総帥だ。


錆兎はギルドの親父に伝えてくれたことに対する礼を言うと、淡々と黄金航路の登録の手続きを終え、そしてギルドを後にする。


そうして誰にともなく

「…あ~、リー家ってどっちの方向だったか…」
などと呟いてあごに片手を当てて考え込むので、

「ちょ、お前、まさか出向くつもりなのっ?!
絶対に誤解されてると思うよっ?!
危ないから逃げようよっ!」
と、ムラタは慌てた。


何しろここは相手の本拠地で、こちらは完全にアウェイである。
船を押さえられないうちにさっさと離れるのが一番いい。

…と、思うのは凡人だったようだ。


そんなムラタの動揺っぷりに、まあ少し落ち着け…と、ムラタの肩を軽くたたいた後、錆兎は

「誤解なら解かないとどんどんひどくなるからな。
これだけの市場の街に二度と立ち寄れなくなるのも惜しいし、相手がこの街の有力者というなら、これはむしろ新たな市場を獲得するチャンスだ。
誠意を見せてきっちりと誤解を解いた上で、親交を深めておいた方がいい。
なあに、相手がわからずやだったとしても、お前と義勇くらいは俺が守ってやるから安心しろ」
と言って太陽のような力強くも明るい笑みを浮かべた。



…自信があるんだろう。

人生はいつも上々で、未来への道は輝いているんだろうな…と、ムラタはため息をつく。


錆兎はなぜかそんなムラタの脳内を読み取ったかのように

「…失敗することもよくあるぞ?
ただ、男の真の価値はどん底にいる時の行動だと思っているだけでな」
と、にやりと笑った。




そうして数十分後……

「本当に来るかどうか、半信半疑だったのだけど…。
こうして出向いてきたということは、とんでもない無知な愚か者か、あるいは…とてつもない知略の英雄。
あなたはどちらかしらね」


錆兎の記憶と街の人間に聞いた情報を頼りにたどり着いたリー家は驚くほど立派な豪邸だった。

そこで名を名乗って案内されたこれまたご立派な部屋には迫力のある絶世の美女。

黒々とした髪を短くそろえ、真っ白な瞼には赤系のシャドウ。
美しいのだが近づきがたい…というか、その凄みのある圧に、距離を置きたくなってしまう。
すくむムラタに少し笑う錆兎。


「使用人には名乗ったが挨拶は良い人間関係の基本だからな。
まず先に名乗らせてもらう。
俺は渡辺錆兎。ミナモト商会の総帥だ。

敵対する謂れはない…そう信じて名乗らせてもらっているが、ゆえあって渡辺の姓は封印中だから、外では源錆兎で通して欲しい。

こうして招待をされているということはすでにそのあたりは調べ済みだとは思うが、念のため、俺たちはマニラを中心に貿易を営んでいる」

そう言って一歩前に出てデスク越しに相手に右手を差し出す。


すると女性の隣に控えている初老の男性がもの言いたげにたじろいだが、女性の方は動じることなく、デスクの向こうから回り込んで錆兎の前に来ると、

「マリア・ホアメイ・リーよ。
欧州との取引が多いから洗礼名のマリア・リーで通してるわ。
呼び出しの理由を伝えなかったのは申し訳ないけどあなたを試させてもらったの。
まずここに来るのか逃げるのか。
ここに来たので第一段階は合格。
悪党でもそうでなくても、小者なら逃げるでしょうしね」
と、笑顔で握手をしながら言う。

うん…俺は小者ってことで…と、内心自嘲するムラタ。


しかしそこでそんなムラタを気遣ったのか、錆兎は相変わらず相手に笑顔を向けたまま

「小者かどうかは別にして、用心深い奴なら即呼び出しに応じたりはしないと思うがな。
俺は単にまどろっこしいことが嫌いなだけだ。
慎重な判断や軽率な行動のフォローは幸いなことに副官のムラタが引き受けてくれている」
と、ポンとムラタの肩に手をおいた。


──さびとぉ~~~

こんな時だが、そんな錆兎の言葉に胸が熱くなるムラタ。



「俺はなまじ腕に覚えがありすぎて大雑把だからな。
お前の細やかさにはいつも助けられている」

と当たり前に言うような男だから、自分を始めとしてみんながついてくるのだと思う。



それにマリアが綺麗な顔に読めない笑みを浮かべたまま

「…能力的に足りない船長…ということで良いのかしら?」

と聞いてくるのにも、錆兎は全く恥じる様子も臆する様子もなく、ただ

「全てを自分で出来ることが上に立つ人間に必要なことだとは思ってはいない。
自分の不足を知り、他人の能力を知って他人の意見に耳を傾けて判断し、必要な仕事にそれに秀でている者をつける…それが大将だ。
自分で何もかも完璧に出来るなんて思うのはただの驕りだろう」
と淡々と言い放った。



この街で圧倒的な権力を持つ家の女当主にそんな言い方をして大丈夫なのか?!とムラタは錆兎のそんな態度にも焦りを覚えるが、マリアは気を悪くした様子もなく、にこやかに

「合格よ。
シェン、彼は私たちの…明国の未来を託すのにふさわしい人物だわ」

と、初老の男、シェンを振り返って言うと、

「色々無礼で申し訳なかったわ。
でも私たちは慎重に選ばなければならない立場だったの。
そしてあなたは選ばれるのにふさわしい人物だと私は判断した。
今度は選ぶのはあなたの方。
私の願いとあなた方に提供できる私の能力、それを説明させてもらっていいかしら?」
と、なんとこちらに謝罪をしてきた。



そこで彼女の後方に控えていたシェンに初めて座を勧められる。
錆兎はまずムラタを、次いで義勇を座らせたあと、自分はその横に立った。


それに少し眉を寄せて

「信用…してもらえないのかしら?」
と、苦笑するマリアに錆兎はやはり淡々と

「良くも悪くも自分の大義のために手段は選ばない女性だと思った。
悪い感情を持っているわけではない。
ただ、俺たちの利害が著しく食い違った時に、俺は義勇とムラタを守らなければならないから、不愉快にさせたのなら申し訳ない」
と言って頭を下げる。


「素敵ね。潔くて男らしくて思いやりもあって。
あなたみたいな弟が欲しかったわ」
と、マリアは不快な様子をみせるどころか楽しそうに笑った。

「何故、弟?」
と、錆兎が問うと、マリアはやはりニコリと…しかし少し複雑な表情で

「普通の女性なら伴侶に…というところでしょうけど、私はリー家の当主だから。
優秀な弟なら当主の座を譲って補佐役に徹するのも悪くはないけれど、例え人間性も能力も優れていたとしても、他家の人間だと相手の家の状況によって敵に回ってしまうこともあるから、完全に心を許すわけにはいかない。
敵対した時に家の弱点を丸ごとさらすことになるから」
と、目を伏せた。

そうして少しトーンを下げたかと思えば、すぐ気を取り直したように顔をあげる。


「話がそれたわね。
単刀直入に言うわ。
私たちをあなたの船に乗せて欲しいの」

「…俺たちの船に…?」

「ええ。
あなたも知っているかもしれないけど、今明国は鎖国政策を取っていて、外洋に出られる大型船の建造を禁止しているの。
最近の明国はそれに付け入ったソウジン・クルシマ率いる海賊に悩まされている。
さらに欧州各国は今こぞって海に出ているから、東アジアまで侵略の手を伸ばしてくる日も遠くはないでしょう。

なのに船のない私たちはそれに対抗する術がないの。
こっそり個人で艦隊を率いようにも私たちは経験も技術もないし、それを学ぶ場所もない。
だからあなたの船で色々学ばせて欲しい。

その代わり私とシェンには何でも申し付けてくれてかまわないわ。
2人とも一応武芸はたしなんでいるし、経済にも明るければ策謀もお手の物よ。
海の上でなければ総帥としての経験もあるから、あなたに色々協力できることもあると思うわ。
ただし国には内密に行うことだからリー家の資産は使えない。
飽くまで色々に長けている航海士二人分の労働が見返りと思って?」



え?ええっ??

泣く子も黙ると言われている杭州の女傑を雇うって……

さ~っと青ざめるムラタ。

了承するのも拒絶するのも怖い気がする…



しかし錆兎は相変わらず表情を変えることなく、

「そうだな…うちの商会としてはとてもありがたい申し出だと思う」
などと言うではないか。


正気かよ?!とムラタは思うが、錆兎はこんなことで冗談を言う男でもなければ、そもそもがこの状況でこんな冗談を言ったなら無事には帰れない気がする。


ますます青ざめるムラタ。
その隣では出された桃の形の点心をひたすらモグモグやっている義勇。


「お口に合ったかしら?」
と、それをいつになく微笑まし気な顔で眺めるマリア。


それに義勇がコクコクと頷くと、そう、良かったわともう一度笑みを浮かべた後、

「私達もあなた達のことは一応調べさせてもらったのよ」
と、視線を再度、錆兎に向けた。



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