契約軍人冨岡義勇の事情2_出会い

(…20点だな)

と、中央よりもやや後方の二人席の窓際に落ち着いたところで、男、鱗滝錆兎は前方に座ったさきほどの女を薄茶のサングラスの下から再度値踏みしながら、心の中で呟いた。

これが普通の繁華街でのナンパならもう少し点数もあがるところだが、ここは病人かその見舞い客が集う医療地帯だ。

錆兎自身も訪ねて来た理由は幼い頃にこの近くに住んでいた頃の昔馴染みの老人の最後の見舞いである。

そう、錆兎が幼い頃にすでに老人で親代わりとも言えたその男には随分色々教わりもし世話にもなったので定期的に訪れてはいたが、さすがに寄る年波には勝てずと言ったところだろうか…つい先日、錆兎が見守る中で亡くなった。

身よりのなかったその男の最後を看取り、諸々の手続きを終え、自身が捻出し続けた老人の入院費用の残りの分も全て清算したあと、錆兎はもう訪れる事はないであろうその病院を後にしてバスを待っていたのである。


そんな事情もあいまって女遊びをする気分ではない…ということもあるが、さきほどの女そんな場所には大そう不似合いだった。

ざっとみたところ怪我はなさそうで、肌の張り、顔色、その他もろもろをチェックした限りでは、病人ではなさそうだ。

そもそもここは街中の小さな診療所などでは対応しにくいレベルの病人の集う場所である。
もし本人の病でこの場にいるとしたら、そんなレベルの病人が煙草を常飲するのはいかがなものかと思う。

では見舞客か…というと、まあ可能性がないとは言わないが、見舞いに似合わぬ露出の高い服までは良いモノの、きつすぎる香水は正直迷惑だ。

それでは…病人でも見舞客でもない可能性は?

それを考えて錆兎はキリリと男らしい太めの眉をひそめた。
ああ…その可能性も高いな…と。

煙草を一本受け取るだけ受け取っておけばはっきりもしたのだろうか…。
それから毒の一つでも検出できたなら……


錆兎がバスの中に入ってもサングラスを外さないのには理由がある。

東ライン軍の紅い悪魔…そんな二つ名を持つ錆兎は、文字通り現在このあたりで争っている東西ライン軍のうち、東ライン軍の軍人だ。

味方からは軍神と称えられる一方で、敵からは悪魔と恐れられている。

本来の役割は士官なはずだが、多くの士官達と一線を画している理由の一つに自身も一緒になってしばしば戦場を走り回る事と言う点が挙げられる、敵にも味方にも有名な男だ。

体力にも体術にもそんじょそこらの実働部隊には負けないと言うくらいの自信はある。

ゆえにその場の生の状況を見てリアルタイムで作戦をたて命じて実行させられる事が彼の強みであり、おそれられるところだ。

そんな彼の身体的特徴としてまず挙げられるのが、本当に珍しい宍色の髪に藤色の目。
そのように全体的に赤系の色合いなことで、赤い悪魔と敵から揶揄されているのだ。

プライベートな外出時には面倒なのでたいていはウィッグにカラーコンタクトをいれているが、今回はもうここに来るのも最後で影響を与えるような相手はいないということで、髪はそのまま、目も素のままでかろうじてサングラスで隠す事にした。

それでも面が割れているあたりには割れているし、あるいはプライベートな間に消してしまおうなどと物騒な事を考える輩だって少なくはない。

この医療地帯は戦闘ご法度の中立地域ではあるのだが、それは飽くまで軍隊、軍人としてであって、無頼の輩を演じてしまえばそんな法律だって無視できる。



ということで…さきほどの女、

抱くなら肉感的でこなれた女の方が確かに後腐れがなさそうで良いが、そういう意味以外でなら清楚系が好みな錆兎のタイプとしては20点。

この医療地域、病院に来る人間としての評価も20点。

そして…もし暗殺者だとしても…親しい人間が亡くなって女遊びがしたいなどと言う気がわかない錆兎の前に、そういう用途以外でなら近づきたくないような格好で現れた挙句、下手な方法で毒殺を図ってかわされてキレるなどという短絡的な接触を図る時点で20点どころかマイナスだ。



…ああ、面倒くさい……

錆兎はポケットからもう一つミルクキャンディを出して口に放り込むと、くしゃくしゃっと包み紙を丸めてポケットに突っ込んだ。

一応珍しく落ち込んでいるのだ。
もう狙ってくるなとは言わないが、質の悪い暗殺者とか質の悪いスパイとかなら勘弁してほしい。

小さくため息をつきながらそんな事を思って、錆兎はなにげなく窓の外に視線を向ける。


眩しい日差しに目を細めると、少し離れたあたりにそびえ立ついくつもの白い建物。
その全てが医療関係の施設だ。

目に入る全ての建物が真っ白。
そこにわずかばかりの草木の緑が花を添える。

ゆえにこのエリアはホワイトアースと呼ばれている。


その白い建物群から真っ直ぐ伸びたグレーのコンクリートの道を、何かがこちらに向かって走ってきた。

少年…そう、少年だ。

歳の頃は13,4歳くらいだろうか…いや、1人で医療地帯からの長距離バスに乗ろうとしているところを見ると、幼くは見えるがもう少し年上なのかもしれない。

透き通るような肌。
白いと言うより青白い。
これは確実に病人だな…と、女の時とは違い、錆兎は即そう判断した。

そんな風に錆兎が観察しているうちに、バスのエンジンがかかる。

ああ、間に合わないか…可哀想に…と、割合と待ち時間のあるバスだけにそんな同情の目を向けた錆兎は、一瞬かたまり、そして即立ち上がった。


「ちょ、待ったっ!降りるっ!」
と、弾かれたように立ち上がると、閉まりかけた前のドアをガシっと抑え、隙間を縫うようにバスを降りた。


そんな風に後部座席から前方の運転手横のドアまで駆け抜ける際に、さきほどの女が見せたわずかな緊張。

もともと女を売りにしていて体術に優れたタイプの暗殺者ではなかったのだろう。
ギリギリで飛び降りた事もあって追うタイミングを逃したようで、慌てたように立ち上がったようだが、バスはそのまま女を乗せて走りだしていった。


それに気づいて、

(あーやっぱり暗殺者とかそういう手合いか…)
とちらりと思ったが、それももうどうでもいい。
錆兎の視線はまっすぐ道端にうずくまる少年の方へと向いていた。


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