契約軍人冨岡義勇の事情3_ Return to the hospital

「おいっ、お前大丈夫かっ?!」

地面に膝をつき、子どものものよりは若干大きく、しかしまだ大人になりきらないような手でぎゅっとシャツの胸元を掴んでいた少年は、急に降ってきた声にも反応なく浅い呼吸を繰り返している。

蒼い顔がどんどん蒼褪め、かすかに開いた唇からゼイゼイと独特な呼吸音が聞こえるのを確認すると、
「…喘息…か?悪い、ちょっと鞄確認するぞ」
と、錆兎は返事を待たず、少年が持っていた小さな鞄をなかば強引に奪って中を確認した。

中に入っているのは東にも西にも属さない、中立地帯である中央地域の身分証明書と、その地帯をおさめる中央ライン政府の発行している既往歴と現在持っている病を明記した保険証。

それには錆兎の推測通りの喘息と…その他心臓病まで記述されており、喘息のみならとりあえず持っていれば吸入型の薬等で応急措置をと思ったが、複数な時点で軽率な対処は控えるべきと諦めた。


「ちょっと、病院に戻るからな」
鞄の中の物を全て戻して鞄をとじると、錆兎はそう声をかけて少年を抱き上げる。

保険証に明記されていた病院はこの地域の唯一ともいえる停留所から遠い、この地域ではあまり良い方とは言えない…その代わりに中央の保険証を持っていれば最低限の治療は無料で受けられる場所だ。


本来はかかりつけの病院の方が良いのだろう。

だが諸々を考えて錆兎が足を向けたのは、ついさっき出て来たばかりの二度と来る事はないであろうと思っていたあの病院だった。
停留所に近く、この地域でも1,2位を争うほどには医療設備が整っている。


少年を抱えたままドアを潜り抜け、総合受付で高額所得者しか持てない黒いカードをちらつかせながら、
「悪い。急病人だ。すぐ診てくれ」
と、声をかける。

医は仁術などと昔誰かが言ったらしいが、実際は…少なくともこの病院においては全ては金だ。

軍部でも両手の指の数に入るほどには重要人物として数えられるようになった頃、件の老人が体を壊したと知って即この地域に戻って取ったのも今と全く同じ行動だったが、その時同様に即係の者が飛び出していき、そして診療室に案内される。

比較的裕福な病人が多いこの病院の中でも本当に金に糸目をつけないとの意思表示を示す者はやはりそう多くはないのだ。

本来は金銭的にはかなり恵まれている割に質素なものを愛する生真面目な錆兎としてはもちろんこういうやり方は非常に嫌うところで、カードを初っ端からちらつかせて特別待遇を求めたのは後にも先にも老人の病の時とこの時の二回のみだ。


「これはこれは鱗滝様…今回はいかがなされました」
と、擦り寄ってくる顔見知りの職員の男。

少年はすでに医師に任せて処置中で、錆兎は特別な診療室にのみ備え付けられている付き添いが待つための専用の続き部屋のソファで、出されたコーヒーに手もつけず開け放たれたままの診療室の方にジッと視線を向けていたが、男の声にカードを差し出した。

「また世話になる。今まで別の病院で治療受けてたんだが、こっちに転院させてくれ。
転院手続きやカルテの引き継ぎなんかは全て頼む。
費用は全部これで出しておいてくれていい。
ああ、もちろんここの入院手続きもよろしく頼む」

「かしこまりましたっ。すぐに手配させます」

男は揉み手をせんばかりにして聞いていたが錆兎の言葉に目を輝かせ、まるで賞状でも受け取るように恭しくカードを受け取るとスキップせんばかりの様子で部屋を出て行った。


諸々の手続き…入院費…特別室の費用に、実際の医療費。喘息の方はたかだかしれているが、心臓の方はこれから手術となればまあ普通の人間の生涯年収の倍くらいの金は軽く飛ぶだろうか…。

一瞬脳内で軽くソロバンをはじいてみて、しかしその金額の莫大さからすると非常にあり得ないほど軽い感じで(…まあ、いいか)と納得する。

とりあえず年間で一般人の生涯年収くらいは稼いでいるし浪費癖も一切ないため生活に使う金は一般人と変わらず、今までの老人の医療関係もその3倍くらい。

その他は使うあてもなく口座に放り込んだままなので金はある。

まずありえないが何かとてつもない理由でその額で足りないほど天文学的な額だったとしても、弟に言えば用意はしてもらえる。

まあそれは最終手段だが…。


ということで、金の事は気にしない事にして、錆兎はその他の状況把握に思考を向けた。




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