契約軍人冨岡義勇の事情4_ 幼少期

最初に言った通り錆兎は軍人だ。
東ライン軍総帥の愛人の子ども、いわゆる庶子である。

幼少時は跡取りのいない父親の元で育ったが、錆兎が5歳の時に正妻に男子が生まれ、母親の故郷である中立地帯、中央ライン地域へと返された。

その頃から父親ではなく母親側の名字を名乗って今に至っている。


そこで過ごしたのは4年。

母親も母親側の祖父母もすでに他界していたので母の伯父、つまり錆兎にとっては大伯父に引き取られたが、大伯父は傭兵を生業としており、子育てに著しく不向きな環境だった。

それでも最初の半年間は、最低限の家事と護身術を錆兎に叩きこんでくれたが、その後近所の老人に錆兎の世話を頼んで戦地へと戻っていった。

その老人がずっと錆兎が入院中の金銭的費用の面倒を見ていた老人である。


期間にして3年半。
老人には随分と可愛がってもらったように思う。

実父の元にいた5歳までは総帥の跡継ぎとして英才教育をされていたため、子どものように可愛がってもらった思い出の全てはその期間に凝縮している。


その後、錆兎が9歳の時に父親の正妻が他界。

4歳の異母弟が遺されたのだが、どうやらつけたベビーシッターに暗殺されかけたらしい。
そこで錆兎は急遽呼び戻された。
弟の面倒と教育と護衛係、そして何より盾となるために。

庶子とはいえ総帥の血を引く錆兎がいれば、暗殺者の視線も分散する。

ようはそんな綺麗とは言えない大人の事情だったのだが、それを汚いと憤るよりは自分の地位を作る良い機会と考える程度には、錆兎は大人にならざるを得なかった子どもであった。

だから弟の教育や躾には心血を注いだし、自分を磨く努力も怠らず学べるものはどん欲なまでに学んできた。

兵法や武術はもちろん、地理や音楽、簡単な医術に至るまで。

ストイックなまでにとにかく学んで学んで、弟がある程度成長して自分の身を自分で守り様々な判断を自分で出来るようになると腹心に任せ、自分は実地を知るため戦場を走り回りさえもした。

現場を知り、上にも通じる士官。
それが錆兎の戦略の幅を広げ、その出自を超えて敵味方双方の間で名をとどろかせる事になった。

が、そうやって名が知られれば当然危険も増える。

基地内ではさすがに前総帥の実子と言う出自もあり、また、前総帥の跡を継いで若き総帥となった異母弟を育て上げ、彼が誰よりも信頼している実兄という実績もあいまって表だって対抗心を抱くような者はいなかったが、一歩基地の外に出れば普通に命を狙われる。

まあ自国側の領土内や中立地帯である中央地域では、せいぜい無頼の輩のふりをして絡んでくるものがいる程度で、実動部隊とやりあっても遅れを取る事はない程度に鍛え上げている錆兎は軽くいなせるので問題はないのだが…。

そう、自分自身に関しては…だ。


特定の恋人などは作ろうと思った事はないし、家族と言えるのは異母弟だけ。

その唯一の家族は現総帥としてSPに囲まれているのでそんな心配はした事がないのだが、軍人以外の人間が自分の側にいると危険だと言う自覚はある。

だから老人の見舞いに来る時も極力目立たぬよう、軍用はもちろんのこと自家用車すら避けて一番近い街までは資材を運ぶトラックなどに同乗し、その後は公共の交通機関を使うように心がけて来た。

そのくらいなのだから、今回もおせっかいに手を差し伸べるのは良いがそのあたりは気をつけねばと思う。


病院側はそのあたりを心得ているので金払いの良い客でいる限りは周りに漏らす事はないとして、少年本人にも身分は明かさぬようにしなければならない。

明かせば隠しごとに不慣れな一般人には危険な秘密を抱えさせる事になる。


それでも全く姿を見せない相手に養われていると思えば気味が悪いだろうから、たまには見舞いも必要だろう。

まあそのあたりは老人の時と同様に極力目立たぬようにを心がける必要がある。

つらつらとそんな事を考えているうちに、診療を終えた医師が説明のために入ってきた。
後方にはおそらくかかる医療費の説明のためだろう、会計係も同伴している。


「率直に申し上げると、大きな手術が必要で、その手術自体は体力があるうちならまあ大変ではあるものの成功はするでしょう。
しかし手術が成功したとしてもその後2年間の生存率は50%。それを越えたとしても節度のある生活を続ける必要のある患者です。
手術をするなら体力がまだ残っている早いうちが良いかと思いますが…手術をなさいますか?」
との言葉は、まあ、金はかかるが金をかけても無駄になるかもしれないと言う事でのお伺いなのだろう。


医師の説明後、ソロリと横から会計が
「参考までに…手術をなさった場合、その後の医療費や入院費などを含めて、このくらいの額にはなりますが…」
と、明細書をみせてくる。

ついさっき運びこんだと言うのになんとも手際の良い事だ…と、半分感心半分呆れて錆兎はそれを確認した。
まあ、予想の範囲内の額ではある。

「手術しないと確実に助からないのだろう?じゃあやらないという選択肢はない。
助けるつもりがないなら、わざわざここに運びこまなくても、元のかかりつけの病院に運んでいる。
というわけで、費用は掛かっても構わないから出来る限りの処置を頼む」

錆兎がそう言うと、会計は足取り軽く部屋を出て行く。


ああ、これでまたこの病院通いも続く事になるな…と、思いつつ、錆兎は今後の対応や注意して欲しい旨を伝えるため、担当の医師や看護婦を集めてもらうように依頼した。


さきほどまでの全てが終わった静かな時が消え、再び色々が忙しく動きだす。

その中で、ひどく大きく空いていた胸の穴に色々が詰め込まれて、錆兎が感じていた物悲しさはその忙しさに薄れて行った。


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