――1本いかが?
と伸ばされたのは真っ赤な爪が目を引く白い手に握られたシガレットケース。
胸元の開いた…というより、たわわな胸を強調した赤いワンピース。
腰はきゅっとしまり、しかしヒップは女性らしい丸みを帯びている。
無造作に見えておそらくかなり計算して作られているであろうふわりと流れるセミロングの髪はつややかな赤毛。
肉感的な美女である。
場所はバス乗り場。
医療密接地域から山間部を抜けて住宅の多い市中に出る長距離バスを待つ人間が手持無沙汰にぽつりぽつりと並んでいる。
そんな中でひときわ目立つ男女。
差し出された相手は薄茶のサングラスをかけていてもそれとわかるほどに整った顔をした若い男だ。
顔だけではない。
女とは真逆にきっちりと着こんだグレーのシャツはスタンドカラーで肌の露出こそないが、その下には服の上からもわかるくらいにしっかりと筋肉の付いた肢体。
隙のない身のこなしから、ずいぶんと運動能力も高い事がわかる人間には見て取れる。
綺麗に伸びた背筋。
どこかストイックな雰囲気とあいまって、軍人のような雰囲気を持つその男は、No Thank Youと小さくその手を遮るようにして、俺にはこれがあるから、と、内ポケットから子どもがよく口にしているような甘いミルクキャンディの包みを出して、口に放り込むと、
――悪いな。パパの香りよりママの味が恋しい年頃なんだ…
と、にやりと笑った。
拒否されただけでなく、馬鹿にされた…と、感じたのだろう。
女が柳眉を逆立てて何か言おうと口を開いた時、ちょうど砂煙をたててバスが到着する。
そうなれば暑い中で長い時間待っていた事もあってさっさとバスに乗り込み始める人の波に、女の罵声は飲み込まれた。
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