寮生は姫君がお好き76_知らされる事実

──マジかよ……

体育祭の日の夜のことだ。
錆兎は約束通り来てくれた。
驚いたことに木を伝って2階の実弥の部屋まで直接である。


──お前、なんてとこから来てんだぁ?
と思わず実弥が言うと、錆兎は

──いや、お前が他の寮生に聞かれたくなさそうだったから?俺が来るのも秘密かと思って。
と、当たり前のように言った。

しかもにこやかに言いつつも実弥の部屋全体を見渡しながら、何か機械をだして調べている。


──よし、盗聴器とかは仕掛けられてないな。
と、それも当然のように言う錆兎に、実弥はぞっとした。

”盗聴器”を仕掛けられている可能性も低くはない何かが起こっている…そういうことか?

それは錆兎やこの学校に通う大勢の富裕層の子息には当然のことなのか、あるいは、”自分の身の回りに”そういう事が起こっていると判断した錆兎が警戒してくれているのか…

前者ならまだいいが、後者だと本当にどうしていいかわからない。
そんな環境に身を置いたことのない実弥は大いに戸惑い動揺した。

そんな実弥の困惑も全く解することなく、錆兎は実弥の勉強机の椅子を持ってきて座る。
寝室に椅子はそれだけなので、実弥はベッドに腰を掛けた。


「…で?体育祭で何かあったのか?」

なにから話せばいいのかと実弥が迷う前に、錆兎の方からいきなり本題に入るよう促してくる。

正直ありがたかった。
前置きなど考えている時間も惜しい。

「あのな、我妻の座る予定だった椅子とか触りそうな場所とかに針が仕掛けられてた。
姫君が攻撃受けるのはよくあることだってのは聞いてたが、これもその一環なのか?」
と、もう起こったことをありのまま伝えて尋ねたら、即
「ないな」
と言う答えが返ってきた。

続いて、
「寮生に聞かれないようにというお前の判断は正しかったな。
ベストプリンセスのライバルを蹴落とすとかそういう可愛いもんじゃない、それは。
たぶん金狼寮の姫君としてじゃなく、我妻だからやられてる」
と、言われて、実弥は驚きに
「なんで?!」
と、身を乗り出す。


「お前が気づかなかっただけでな、我妻はずっと命狙われてるぞ?」
と、当たり前のことのように言う錆兎の言葉が理解できない。

何故錆兎がそんなことを知っているんだ?
元々の知り合いだったか?
もうすべてがわけがわからなさ過ぎて言葉がない実弥に、錆兎は淡々と恐るべき事実を教えてくれた。


「この学園では実は理事長でもあった前学長は暗殺されててな。
跡取りは危険だから時が来るまで身を隠している。
で、10人の理事のうち学長の身内でまともなのは3人。
あとの7人はそれぞれ私利私欲で動いているらしい。
最終的にはこの学園を牛耳りたいということで、有力者をスポンサーにつけて、学内でこっそりとスポンサーにとって邪魔な奴を消すのを請け負ったりな
で、今年度最初の寮長イベントが例年と違って少しばかりおかしかったのは、途中でその理事の一人に乗っ取られたせいで、学長が知らない間に邪魔者暗殺イベントになってたらしい。
で、ターゲットは我妻な。
まあ犯人を捕らえたわけじゃないから、状況から判断したにすぎんが…」

と、そのあとに具体的に善逸が控室で喉が渇く状況に置かれて、その後のジュースに時間を置いて飲むと毒が溶け出す仕掛けがなされていたこと、それで本当にバトラーと元姫君が亡くなっていることなどを告げられて、あまりの現実感のなさとショックで実弥は言葉を失くす。


次のイベントの時の明かりが消えた時の襲撃も善逸を狙っていて、全てそうとわからないようにカモフラージュされていたことなど、全てを聞き終えたあと、

──それ…言っておいてくれぇ…
と、言われたからどうにかできたかは微妙だがついつい零す実弥に、錆兎はきっぱり

──自寮の姫君の危機管理は寮長の責任だからな。俺が無条件で守るのは義勇だけだ。
と、言い放った。

いや…確かにそれはそうなのだが…これは一学生がどうにかできるレベルのことか?と、頭を抱える実弥。


「気持ちはわかるけどな。すべては状況証拠のみだ。
そもそもがこの学園内はある意味国家権力を握っている人間達の子息が集中しすぎてて治外法権だしな。
寮長が踏ん張るしかない。
能力のない寮長の下についたなら、もう姫君が不運だったと諦めるのが正しい。

だが、お前が能力があっても実家の後ろ盾がないため物理的に手や物品その他が足りないということなら、それは俺が友人として手を貸してもいい。
明らかに寮内に敵がいるし、そうなると寮生に手配を頼むのは危険だからな。

何か頼む時は寮生に手配させた上で俺にそれを教えろ。
俺が同じ物を手配して、安全なものと交換してやる。
いきなり寮生を飛ばして他寮の寮長の俺に依頼しているのがわかれば敵を警戒させるから。

金で調べがつくようなことで知りたいことがあるなら、具体的に言うなら調べさせてやるしな。
他の寮長と同じ条件になるくらいの手助けはしてやるから、踏ん張れ」

「…今回は…俺の方から頼んだから教えてくれたってことかぁ?」

「まあそういうことだな。気づかないようなら能力のないお前が悪い。
だが実家の金や人脈の関係で物理的な物が足りなくて動けないというのはフェアじゃないし、気づいて後ろ盾が足りない分の補佐は人道的に仕方のないことだろう?」

善逸の命がかかっていると思えば一見冷たいと思えなくはないが、こちらから動くなら全面的に足りない物を補助してくれるというのだから、寮長としては錆兎はかなり優しい。
他の寮の寮長としては自寮は運命共同体だが他寮に対しては一切かかわりを持たないのが正しい姿勢だろう。

現におそらく色々気づいているのは錆兎だけではないだろうが、他の寮長達も一切何も言ってこない。
…というか、こちらから言ってもスルーされるのがオチの気がする。

なにしろ相手は人を手にかける事にためらいのない人種なのだから、下手に助ければ自分や自寮、そして何より自寮の姫君まで巻き込んで危険に晒す可能性だってある。

錆兎はそれでも飛んできた火の粉くらいは振り払って自分のテリトリーを守る自信があるのと、そうして他人より少しばかりある力を無償で恵まれない人間のために使ってやろうという優しさと良識があるのだろう。

ありがたいことだ。

親族である伯父ですら無償でなんて助けてくれないのに、こうして無償どころか迷惑をかけられるかもしれない自分を助けてくれようとするなんて、本当にありがたい。


寮内に敵がいる代わりに寮外に味方が出来た。

それも学園最強の男だ…と思うと、さきほどまでの切羽詰まった感が少し薄れて、実弥は大きく肩の力を抜いた。


が、その後の錆兎の言葉…

──その針…誤って刺さないように保管してるな?指を刺したりしてないな?
──ああ、一応ハンカチに包んでポケットに…
──お前馬鹿かっ?!それ多分毒塗ってあるぞ?刺したら下手すると死ぬぞ?早く出せっ!!
──えええーーーっ!!!!

慌てる実弥に錆兎ははぁ…と息を吐き出して

──ゆっくり気をつけてな。焦って刺すなよ?
と、注意をうながす。

それに頷いて実弥はおそるおそるハンカチを取り出して広げると、それをいったんビニールにいれた上で菓子の空き缶にしまって、念のために調べてもらうために錆兎に渡した。


姫君争いうんぬんより、よほど大変なことになってきた。
体育祭は終わったものの、彼の戦いはまだ始まったばかり。

金狼寮の皇帝の悩みはまだまだ続く……







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