少し几帳面すぎるところや言葉がきつくなるようなところに臆することなく笑い飛ばして、でも時に頼りたい、甘えたい時は自分は親分だからなっ!と、自然に受け入れてくれる。
どちらも紛れもなくアオイを構成する要素で、彼はそのどちらも捨てさせず、どちらも尊重してくれた。
そんな相手は初めてだった。
あとでそんな彼に何故あの時声をかけたのかと聞いたら、毎日暗い顔をして通るのをみかけるたびずっと気になっていて、俺は親分で美容師だから心配になったのだと教えてくれた。
いわく──お前の髪と…ついでにお前自身もな。
そんな風に屈託なく笑う彼が好きだと思う。
両親は相変わらずギスギスしていたが、それも彼に言わせれば
「親同士の関係は両親が自分達で解決することで、お前が手を出す事じゃねえだろ。
お前の旦那や女房じゃねえんだし。
親子の関係は自分で選んだものじゃないし子どもは親に対して責任はない。
それが親同士の関係ならなおさらだ。
お前が親を大切にするのは良いけど、それはやりたきゃってだけで、関わりたくなきゃ別に関わんないでいいだろっ」
と言われれば、なるほど、と思う。
夫婦間のストレスをアオイが肩替りする義務はない。
そう言われて、なんだか心が軽くなった。
そして半年後。
すっかり割り切れて楽になったと思えばこれだ。
それでもうんざりはするが母1人だと何が起きるか心配だし、父にもいい加減言ってやりたい事がある。
そう思ってアオイは父の引き取りに同行する事にした。
父が捕まったのは、兄に対する誘拐による通報。
まあまだ未成年の子どもなので親に権利があると言えばあるのかもしれないが、方法が悪い。
いきなり手を拘束して山のふもとの倉庫に連れ込めば、そりゃあ通報されるな、と思う。
さらに悪いことに、そこで兄の服をビリビリに破いて、下着まではぎ取ったと来たら、いくら親でも虐待案件だ。
通報したのはそれを目撃した兄の恋人。
今現在の兄の家主、兄いわくのおとぎの国の王子様である。
それでも幸いなことに、通報した相手が、どうやらあちこちに顔が効く王子様の叔父の知り合いの警察関係者で、大人しく反省して二度とやらないということであれば、内々にすませてくれる気はあるらしいが、父は逆に王子様の方を誘拐犯だと憤っているらしい。
まあそのあたりについては母が許可をしているので本来は問題ではないのだが…。
ということで、父が納得して反省をしていない以上、兄の安全的な面で解放できないのだと、母が呼ばれたと言うわけだ。
アオイ達が来ると、母を罵る父。
猪之助に出会う前なら、母のように泣けない分、メンタルをやられてた気がする。
でもこれは彼らの問題だ…というか、母の問題ですらない。
父個人の問題だと思う。
父は暴れるので牢の中、3人きりにしてもらって泣きじゃくる母を制して自分が一歩前に出る。
そして口から自然に出た言葉は
──馬鹿じゃない?
普段は良い子の娘から出た意外な言葉に、怒鳴っていた父がぽか~んと驚いたように黙り込んだ。
さあ、我にかえってまた怒鳴り始める前に、ちゃっちゃと言うべき事を言おうか…。
「パパ分かってる?
今回の事はママのせいでも、ましてや義勇のせいでもないわ。
パパが馬鹿みたいに子どもなだけよ。
人間てね、親の元に生まれても、普通は所帯もった時点でその先は伴侶と向き合いながら生きていくものなの。
その途中で子どもが加わったりもするけど子どもはまたいつか自分がそうだったように別の家庭を作ってそちらを中心に生きていくものだからね。
なのにパパときたら、いまだ自分の伴侶より自分の母親の事ばかり。
本来義勇が自分の親に似ていようが、伴侶の親に似ていようが、関係ないでしょ。
お祖母様がパパに対して何かしてきたとしても、それを自分で作った伴侶と自分の家庭に持ち込むのがおかしいわよ。
もういい加減ママが恋しい僕ちゃんを卒業したら?
義勇も私ももうすぐ18で成人よ?
親の保護下をいつでも抜けて出ていく可能性がある年なんだから、執着するのは伴侶に対してだけにしなさいな」
そう言い終わると、アオイは肩をすくめて、言いたい事言い終わったから帰るわ、と、その場を後にした。
あ~あ…言っちゃった…
警察署を出ると、がっくりと力が抜ける。
思えば父に意見したなんて初めてのことじゃないだろうか…。
もうすぐ成人だから…などと啖呵を切ったものの、まだ4年は学生生活だ。
学年トップの成績で大学も学費こそ全額奨学金の特待生なわけだが、衣食住は親に頼らなければならない。
そう考えると自活できるわけでもない状況であれは、なかなか今後の生活が気まずくなるなぁ…と、ため息。
それでも…言いたかったのだ。
そもそも父が悪い。
逆方向のマザコンじゃないか。
さらに…母も娘に向かって泣くくらいなら、世の奥様がたのように
『お母様と私、どちらが大事なの?!』
くらい本人に向かって泣きながら訴えれば良いのだ。
父は義勇に自分の中で昇華しきれない実母の姿を追い、母は父に言えない泣きごとを娘に言い、お互いがお互いを見てお互いに向き合っていない事がそもそもの間違いだったのだ。
ツインズ…双子…
その状態で、本来は自分で自分を磨けばいいだけのところを、自分が欲しかった要素を持つ片割れがいるから…と逃げていた自分も自分だとは思うが……
そんな事を考えながら、アオイは最近少し洒落たカバーに変えたスマホを取り出した。
それをタップする指先の爪は、学校で禁じられているため色こそつけてはいないが、ちゃんと磨いてつるつるだ。
「Hello?猪之助さん、とうとう言っちゃったわ」
と、電話するのは年上の彼のところ。
『そうか。とうとう、言ったのか。頑張ったな』
と、こんなことでも口に出して褒めてくれるのが嬉しい。
そのあとに
『ま、もしあまりに実家気まずいなら、当日着替え持参で来るなら、しばらく俺んとこ泊めてやっても良いぞ?』
と、彼の家で手料理でもてなしてくれるという数日後のアオイの誕生日の話になって、最後にそう付け加えられる。
それはアオイ的には楽なわけなのだが……
「うん。ありがとう。でもいいわ。
気まずいうちはパパママの間も解決してないわけだしね。
急に向き合えっていっても、20年ほど互いに目を反らし続けて来た2人だもの。
2人きりで解決って無理そう。
間に冷静な人間がはいってあげないとね。
…任意で善意なら…いいんでしょ?」
「お前らしいな。
逃げずに真面目に向き合う姿勢は偉いけどな、無理はすんなよ?
無理だと思えば電話しろ」
申し出を受けないという選択をしても、それをまた認めて褒めてくれる。
しかし、そこで申し出を受けていたとしても、自分を守るために敢えて逃げると言う選択肢を取ったアオイは偉いと褒めてくれる気がした。
そう、どちらにしても後悔しない選択が取れるのは…
「あのね、失敗するかも。逃げるかもしれない。
でもそれでも自分で失敗するかもしれない事をやってみようって思えるようになったのはね、猪之助さんが居てくれるようになったから。
失敗しても自分1人で途方にくれなくて良くなったからよ」
思った事はそのまま言っても大丈夫なのだ、と、思えるようになったのも猪之助の影響だ。
だから告げる。
でもアオイには信じるままに行動して、思ったまま言えば良いという猪之助は、実はすごい照れ屋だ。
言葉が返ってこない今は、きっと電話の向こうで真っ赤になっているに違いない。
それに小さく笑って
「これから店に行くわ」
と言って電話を切る。
ついさっきまであんなに疲れきっていたのに、電話一本、彼の一声で元気になってしまうなんて自分は随分と現金だと思う。
だけどもう良いのだ。
自分はしっかり者で責任感の強い自分を捨てない。
だけど、それを持ち続けているからと言って“可愛い”を諦める必要は全然ないのだ。
しっかり者で少し神経質で几帳面で…でも甘えるのも可愛いのも大好きな自分。
それに向き合って認めてくれる彼が居る限り、アオイは自分が持つもの望むものを全て諦めずに抱えていけるのだった。
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