夏休みが始まってすぐに始めたオンラインゲームでは殺人事件に巻き込まれ、それが終わってすぐヤンデレストーカーに付きまとわれた挙げ句の殺人犯容疑、そしてついこの前には炭治郎の妹の禰豆子の関係で同行した箱根でまたまた殺人事件に巻き込まれた。
こんな短期間に3回も殺人事件に巻き込まれる人間なんておそらくそうはいないだろう。
3回どころか1回だって普通の職業の人間なら巻き込まれることなんてそうそうはない。
それでも最初の殺人事件のきっかけになったオンラインゲームで生涯の親友と言えるほどの友人が出来たのもあって、全てにおいて最悪かと言えばそういうわけでもないのだが、まあ事件に巻き込まれすぎというのは事実である。
トラブルはもうお腹いっぱいだ。
正月…最初の事件で知り合った友人3人と初詣に来ながら、善逸は昨年の出来事をそんな風に振り返った。
「ところで義勇さ、なんで振り袖?」
と聞いた善逸とジーンズ姿の炭治郎の直ぐ側には、紬に羽織を着た青年…錆兎と、綺麗な青地に色とりどりの花模様の振り袖姿の美少女…もとい義勇。
義勇は背は女性としてみると少し高めだが、男の中でも大きい錆兎に寄り添っていると全く身長を感じない。
もともと日本人形のように綺麗な顔立ちをしているので、それで着物を着れば美しい女性にしか見えなかった。
そんな着物を着た美麗な大型カップルは非常に目立っていて、善逸は例によってそれに並ぶのがためらわれてしまうが、炭治郎は気にならないらしい。
にこやかに近況などを話している。
その容姿的なものはとにかくとして、善逸が一番気になっていたところは錆兎はとにかくとして一応性別は男の義勇が”何故ふりそでなのか?”ということで、それを冒頭のように聞いてみると、
義勇は
「正月だから?
先日みんなと一緒に自宅マンションに戻った時にずっと手をつけられなかった亡くなった姉さんの遺品を整理しててみつけて…車出してくれた宇髄がそれを見て、せっかくの綺麗な着物出し着付けてやるから着てみたらどうだって言うから…」
と当たり前のように答える。
いやいや、そうじゃなくて…何故男性ものじゃなくて女性ものの着物を着ているのかとさらに尋ねたら、ああ!と、ようやく合点がいったように頷いた。
しかし返ってきた答えは
「錆兎の横に並ぶから、綺麗なほうが良いだろう?」
という、意味不明の言葉で……
しかもそれに誰も疑問を感じていないらしく、炭治郎に至っては
「確かに!お二人とてもお似合いですね」
などとニコニコ返している始末だ。
一方で錆兎の方は特に似合う似合わないなどの言葉を口にはしないが、着慣れない着物にやや足元がおぼつかない義勇を腕の中に抱え込むようにしっかりとその身を支えて見下ろすその目が優しい。
事情を知らなければ人混みその他全ての障害物から人形のように可憐な彼女を守るHSK(ハイスペック彼氏)そのものだ。
しかもこれが単体でも人目を引く美形同士で本当に本当に何も知らない周りの参拝客からすれば眼福という他はない。
もうこれに違和感を感じているのが自分だけだと悟って、善逸は追求するのを諦めた。
まあ義勇がドレスを着ていようと着物を着ていようと、自分に実害があるわけじゃない。
それよりも気にしなければならないことはやまほどある。
自分達と同じく初詣に来た大勢の参拝客で出来たありえない行列を並んだ末にやっとたどり着いた神社の賽銭箱に、彼にしては奮発して500円硬貨を投げ込みながら
(これ以上おかしな事件に巻き込まれません様に)
と、これまた彼にしては随分真剣にお祈りをした。
もう切実な願いである。
隣では錆兎も気合いの入った祈りを捧げている所を見ると、なんだか同じ事を祈ってる気がした。
一方で炭治郎と義勇はサラっとお祈りをすませたらしく、さっさとおみくじなど引いている。
「やった!大吉だっ」
とヒラヒラとおみくじをかざす炭治郎に、
「末吉…」
と、しょぼんと肩を落とす義勇。
それに気づいた炭治郎が
「大丈夫。きっとあとは上がるだけの運勢ですよ」
とそれを手にして、結んでおきましょうね、と、たくさんのおみくじが結び付けられた木の枝に綺麗に結びつける。
その後、お参りを済ませた錆兎の引いたおみくじは…
「中吉だ。まあ良くも悪くもなくと言ったところか」
と、同じく木の枝に。
そして…最後におみくじを引く善逸。
500円も賽銭入れたし…と鼻歌交じりに見て…そして次の瞬間、ゲエェッ!と声をあげてのけぞった。
「ちょっ!ありえないでしょっ!正月のおみくじになんで凶とかいれとくかなっ!!」
初めて見るその縁起が良いとはとても言えないそのおみくじに、炭治郎がやっぱりにこやかに
「いや、でも凶ってめったに出ないらしいし、それを初詣に引くって、ある意味、運がいいのかもしれないぞ」
と、実に炭治郎らしい前向きな発言と共にそれを義勇の時と同じく善逸の手から取ると、結んでおこうな、と、木の枝に結びつけて、お参りとおみくじ終了。
そんな少し波乱の幕開けで始まった新年。
どうやら振り袖の義勇をここまで送るためだけに車を出してくれたらしい宇髄の待つ外へ。
慣れない振り袖を着た義勇が歩く距離を少しでも短くするためだろう。
──はあ?神頼みとかガラじゃねえし?寒いし車で待ってるわ
との言葉の通り自分はお参りにも行かず、錆兎が神社を出る旨を告げると少し離れた所にしかない駐車場から神社のそばまで車を回してくれるあたりが、少し粗雑な言葉とは裏腹に宇髄もたいがい人がいいと善逸が思った。
が、錆兎いわく、元々の人の良さ面倒見の良さもあるが、前回の禰豆子関連の殺人事件で自分の幼馴染が迷惑をかけたと随分気にしていての行動らしい。
そしてそれは錆兎と義勇に対してだけではなかったようだ。
行きは炭治郎と一緒に電車で来た善逸だが、どうせなら一緒に乗って行けと言う言葉に甘えて乗り込んだ大きなワゴン車の中で、
『この前は悪かったな。ずっと借りを作っとくのも落ち着かねえし、知人が温泉宿経営してんだけどな、今度の連休、4人まとめてそこにご招待ってことで、借り返させてくれ』
と、いきなり言われた。
「え?ええ?でもあれは宇髄さんのせいじゃ…」
と断ろうと思ったのだが、
「俺が落ち着かねえんだよ。
知り合いの宿だし気楽に招待受けてくれ」
と畳み掛けられて、少し困ってしまって錆兎に視線をやると、錆兎は慣れているのだろう。
「あ~、あまり固辞すると、今度はファーストクラスで行くヨーロッパ旅行とか言い出すぞ、宇髄は。
もしくは現金な」
と、暗に大人しく招待を受けておけと苦笑まじりに促してくる。
「あ~よくわかってんな、会長様。
なんならファーストクラスで行くヨーロッパ5つ星ホテル宿泊の旅とかでもいいぜ?」
「…いや、そこまでやらせたらさすがに俺が親に怒られる。国内にしといてくれ」
という言葉は、善逸には想像もつかないくらいお金持ちの宇髄にしてみれば冗談ではなく本気なのだろう。
宇髄にしてみれば国内にある知人の家にご招待というのは、自分達が菓子折りを持ってお詫びするくらいの感覚なのかもしれない。
そう割り切って…というか、割り切るしかなくて、善逸も炭治郎もその申し出をありがたく受ける事にした。
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