静かな山間にある高級旅館らしい。
宇髄は車で送らせると言ってくれたが、そこは列車で駅弁を楽しみたいという義勇の要望もあり丁重に辞退して、4人で列車とバスの旅と相成った。
ボックス型の座席に、窓際に錆兎と義勇、通路側に炭治郎と善逸で向かい合って座る。
そうして列車が動き出してすぐくらいに駅で買ったいわゆる駅弁を広げると、当たり前に錆兎の弁当に視線を向ける義勇。
すると何も言わないのだが、どうしてかおそらく義勇が視線を向けたものなのであろう、自分の弁当のおかずを錆兎が当然のように義勇の小さな口に放り込んでいた。
もちろん合間に自分も当然食べる。
なに?なんなの、この人達??
と思いつつそれを凝視する善逸の正面では、炭治郎が少しそれを羨ましげに見つつ、
「義勇さん、俺のも何か欲しいものがありますか?」
と、自分の弁当を差し出すが、義勇はふるふると首を振り、口にした食べ物をゆっくり咀嚼して飲み込むと、
「大丈夫。お前はお前の分をちゃんと食え」
と言うので、善逸は、錆兎は自分の分をちゃんと食わないでも良いの?とツッコミを入れたくてウズウズした。
しかし結局その言葉を飲み込んで見守っていると、やがてこれも当然のように義勇が食べきれずに残した義勇の弁当も含めて、錆兎が最終的に全部平らげる。
どちらもこれを表面上では特に意思確認もなくやっているので、二人の間ではこれが当たり前なのかもしれない。
…熟年バカップル…という言葉が善逸の脳裏をくるくるするが、やっぱりその言葉も飲み込んでおいた。
そうして弁当を食い終わると、腹が膨れたためか義勇が船を漕ぎ始める。
その後、善逸の方へと頭が倒れ込みかけて、ハッとして体制を整えるので、
──眠かったら持たれていいよ
と言おうとしたら、そこで錆兎がやっぱり
「善逸、席を代わってくれ」
と、介入してきた。
そして断る理由もないので席を代わると、これも双方意思確認もせずに当たり前に、義勇が錆兎の肩にもたれかかり、錆兎は自分の上着を義勇にかけてやりつつ、その義勇の肩に腕を回して、トントンと眠りを促すように義勇の肩を軽くリズミカルに叩き始める。
するとコテンと眠りに落ちる義勇。
そこまでの全てが流れるように自然で、もうぽかんとするしかない。
こうしてそれから2時間と少し。
山間の駅に着くと、そこからはマイクロバスで旅館に向かう事になっている。
紫葉荘…と書いてあるマイクロバスを見つけると、錆兎がまず義勇を乗せ、炭治郎、善逸とうながして、最後に自分と義勇の荷物を手に自分が乗り込んだ。
中にはすでに老夫婦が一組、中年…30代後半から40代前半くらいだろうか、の男性が一人、それからOLらしき女性3人組が乗っている。
「ね、あの男の子、すっごい格好良くない?ちょっと凸ってみる?」
「無理じゃない?隣の子、彼女でしょ」
「彼女も美人だし、ちょっと難易度高すぎかなぁ」
などと女性陣がコソコソと錆兎の噂をするのはいつもの事だ。
善逸は苦笑。
炭治郎は少し気遣わしげにちらりと義勇に視線を向けるが、義勇も慣れているのだろうか。
ぎゅうっと錆兎の腕に手を回して、フフン!と得意げに錆兎を見上げている。
──俺の錆兎は世界一カッコいい
と、どうやら錆兎が褒められているのが嬉しいらしい。
善逸的には、それ以前に自分が女性と間違われていることには何もないのだろうか…と一瞬思ったが、すぐ
(ああ…何か思うところがあるなら、錆兎の隣に立つのに似合うからってだけで振り袖着ないよね…)
と、思い直す。
ちなみに今日の義勇の服装は普通にジーンズとおそらく錆兎のものと思われる大きめのダッフルコート。
別に女装なわけではないのだが、女性顔負けの綺麗な顔立ちにその格好で錆兎にくっついていると女子に見える。
というか…男友達の距離感としては絶対におかしいレベルなので、単体だと男か女か迷うところではあるのだが、行動で女子という判断が下されているようだ。
まあどうでもいいのだが…
善逸としては彼らに関してはもう色々が今更で、そのあたりはほんっとうにどうでもいいのだが…
彼女持ちと思われているイケメン約1名と一緒にいるフリーの男二人の方には話題がこないことが悲しいなんて絶対に思っていない!…わけではない。
錆兎がダメとなると興味が失せたのか、OL達の関心は善逸達を通り越して今度は一人でいる男性へ向かった。
男性は中年といってもまあ整った顔の、イケメンと言ってもいいくらいの容姿で、少し沈んだ様な憂いを帯びた表情が、OL達の関心を呼んだようである。
「こんにちはぁ♪一人旅ですか?私達都内のOLなんですけどぉ…」
と、いきなりOLの一人が声をかけた。
男性は考え事をしていたらしく、声をかけられて驚いた様子でビクっと顔をあげる。
「え、ええ。まあ…。」
男性が笑みを浮かべて曖昧な返答を返したその時、最後の一組らしい、男性と同じくらいの年代の夫婦が乗って来た。
「お嬢ちゃん達、彼に騙されちゃだめよ~。そいつはすっごいタラシなんだからっ」
最後にのって来た夫婦の女性の方が、そう言って、その中年男性に
「光二、おひさ~♪相変わらずじゃない♪」
と手を振る。
手を振られた光二と呼ばれた男性は幽霊でもみたかのように目を見開いて硬直した。
「澄花…どうして…」
それだけ言って言葉をなくす男性の横を通り過ぎて、その後ろに夫と共に座ると、澄花と呼ばれたその女性は、
「お待たせしてごめんなさいね。出して下さって結構です」
と、前の運転手に声をかけて、バスは発車する。
バスが動き出すと、その二人の態度にOL達は興味津々だ。
「お二人お知り合いなんですか~?」
ときゃいきゃい声をあげる。
中年男性はそのまま硬直しているが、女性の方はにこやかにうなづいた。
「20年も前に別れた彼氏よ~♪
もうね、浮気はとにかくとして、彼女の親友に手だしたのよ、この男っ!
ほんとにその神経がしんっじられないわっ。
別れて正解♪
今の旦那は結婚15年になるけど一回も浮気なんてしたことないわよっ」
あっけらかんと言う女性に、さらにはしゃぐOL達。
言われた中年男性はやっぱり硬くなって無言だ。
その女性の隣に座っている夫の方は、そんな妻に少し苦笑している。
「もしかしてっ、お二人誘い合ってなんですか?」
「こら、旦那様に失礼でしょっ」
OL達の黄色いおしゃべりは延々と続く。
(空気読もうよ…OL)
と、善逸は思ったが、妻も夫も気にしてないらしい。
妻はまた豪快に笑って
「そそ!旦那見せびらかしにっ!
顔はあれだけど、むっちゃ誠実そうでしょ?
結婚するならやっぱり不実なイケメンより普通の誠実な男よっ?」
と夫を振り返って、振り返られた夫の方は
「よさないか、澄花。みなさん、すみません」
と低いちょっとしゃがれたような小さな声で言うと照れ笑いを浮かべた。
「奥さん…今すごく幸せなんだな」
義勇がそれを聞いて嬉しそうに微笑む。
「だな。なんか昔浮気された男に幸せを見せびらかしにっていうのが前向きでいいなっ」
とその隣で錆兎も笑った。
OL達も同じ事を思ったのか夫婦を冷やかしたりしながら、なごやかな空気で3時過ぎに旅館到着する。
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