広大な庭園は散歩道にもなっていて、母屋や離れなどから30分ほど歩いた先には海の見える鍵付き露天なんてものもあったりする。
もちろん、そこまでは頼めば送迎車を出してもらえるが、散歩がてら歩く人がほとんどだ。
ロビーについてまず炭治郎が張り切って言う。
「あ~予約制なのな。予約しとくか…」
とそれを受けて確認した錆兎が5:00~5:40の予約を入れた。
部屋は2つ取ってくれているので、錆兎と義勇、炭治郎と善逸に分かれて母屋から徒歩2~3分の離れへ落ち着く。
それぞれプライバシーが守られるくらいの距離に点々と建つ離れは全て二部屋で、木の扉を開けて玄関に入ると、ふわりと香る香。
入ってすぐに行灯と共に見事な細工の白磁の香炉が置いてあり、香が炊かれているためだ。
──いい匂いだな…。
と、義勇もそれに気づいてクン、と、匂いを嗅ぐとふわりと微笑む。
靴を脱ぐと本当にわずかばかりの廊下を挟んで障子。
それを開けると10畳ほどの部屋。
中央には座敷机があり、座卓が4つ。
そのまま荷物を置いて座卓に落ち着き仲居さんが入れて行ってくれたお抹茶を飲んでいると、もう3時半だ。
(露天…5:00だから母屋出るのが4時半くらいか…。
あと1時間くらいだから荷解きして少し茶を飲みつつ一休みだな。
戻って6時過ぎ。
夕飯が6時半からで8時から花火見えるって旅館の人言ってたからそれ見に行く感じか…)
楽しげに部屋を見回っている義勇を背に錆兎は茶を飲みながら、頭の中でそんな風に今日の予定をたてた。
「錆兎っ、似合うかっ?」
と、その間に義勇はいつのまにか部屋の名称にあわせた模様の浴衣を着込んではしゃいでる。
女物だが例によって全く気にしていないようだ。
義勇本人が気にしていないというのはおいておいて、何故女性用の浴衣が?と思わなくはないが、もう間違いなく十中八九宇髄の手配だろう。
まあ可愛いし似合うし義勇が嬉しそうだからかまわない。
ちなみにこの離れの名称が花火の間なので、それにちなんだ花火模様だ。
「ああ、とても似合うぞ。
そのまま露天に行くか?」
と言うと、義勇は嬉しそうに頷いてみせる。
そしてちらりともう一着たたんで置いてある男物の紺色の浴衣に視線を移す義勇だが、そこは察した錆兎が
「俺も着てしまうと何かあった時に動けないから、それはもう寝るだけになった夜にな」
と言うと心持ちしょんぼりとする。
しかし
「夜になったら二人で部屋で浴衣着て写真撮って宇髄に送ろう」
と言うと、自分もその写真欲しいと言いつつ納得したようだ。
そこで
「じゃ、そろそろ炭治郎達と合流するか」
と畳み掛けると、コクンと頷いて錆兎の腕に手をかける。
こうして炭治郎達が泊まる隣の離れ、蝶の間へ…。
入り口で声をかけると
「いらっしゃ~い!善子で~す!」
と、出迎えたのは善逸…中途半端に伸びた髪を適当に結んで離れの名称にちなんだ蝶の浴衣を着た……。
ぷ~~~!!!と吹き出す錆兎。
「何故善逸は女性ものの浴衣を?」
と、義勇は目を丸くする。
うん、お前がそれ聞いちゃう?と善逸は思うものの、似合い度が違いすぎるので、例によってその言葉も飲み込んだ。
ゲテモノのオカマバーのオカマみたいになっている自分と違って、義勇は本当に和服美女。大和撫子そのものに見える。
「なんだ、錆兎は浴衣じゃないんだな」
と、そのやりとりに男物の浴衣を着た炭治郎も部屋から出てきた。
「義勇さん…すっごくお似合いです!錆兎も浴衣着れば良かったのに」
とキラキラとした目で続ける。
そう言えば炭治郎も義勇のそういう姿をいつも全く抵抗なく受け入れているな…と思う善逸。
義勇の事が大好きオーラが出ている…が、だから自分が一番に、というのではなく、”錆兎といる幸せそうな義勇”という図が、とても好きなようだ。
確かに炭治郎は人がいいので他人の幸せは自分の幸せというところはあるが、それにしても特にこの二人のことは好きすぎだろうと善逸はいつも呆れ返る。
まあ善逸も他人事としてなら、この二人を見ているのは好きだったりするのだが…。
それはもちろん彼らのことは友人として好きだが、それ以上に単体でも美形なら二人揃うとすさまじく美しい図になるから…ということが大きい。
例えるなら綺麗な絵を見ていると目に心地良いとかそういう類の感情だ。
確かに義勇に女性ものの浴衣を着せるなら錆兎にも浴衣を着て隣に立って欲しい感はある。
まあ自分達の場合、男二人の宿泊なのに何故か男女の浴衣が用意してあって、即、男物をもう一着用意してもらおうと内線をかけようとする善逸を止めて、
──面白いからジャンケンで負けた方が女性用を着ないか?
と、炭治郎がニコニコと言い出して、なんとなくノリでジャンケンをして、負けた善逸が着る事になったという流れだ。
不思議なことに炭治郎的には別に自分が着るでも良かったらしい。
たぶん気のおけない友人同士の旅行で珍しく浮かれているのだろう。
善逸にしても強固に反対しなかったのはそんな理由だ。
結局ジャンケンに負けた善逸が着ると、ご丁寧なことにアメニティにあったゴム紐を取り出してきて善逸の髪をツインテールにしようとしたが、髪の長さが足りずにハーフツインに。
まあ性差のない幼い頃ならとにかく、男子高校生がそんな格好をしても普通は似合うはずもなく、善逸も怪しいオカマといった感じなのだが、何故か炭治郎は──…善子だな──と、どこか懐かしそうに言って目を細めた。
よくわからないが善逸によく似たオカマの知人でもいたのだろうか…
ともあれ、錆兎達も来たことだし着替えようかと思ったら、
──もう時間もないし、そのままでっ!大丈夫露天までの道は人もいないだろうしっ!
と、炭治郎が言い出して、
──無理無理無理!!部屋の中だから良いけど、外では無理っ!!
と、善逸は必死に首をふるが、そこで義勇がニコリと
──大丈夫。俺も女物着てるし
と、善逸の浴衣の袖を引っ張る。
「いやいやいやいや、お前は良いでしょ!
どこをどう見ても絶世の美少女だからっ!!
普通のDKの俺をそんなのと一緒にしちゃダメよ!!」
と、さらに言うも、そこで錆兎が
「義勇はこの格好だから走れないし、そろそろ出ないと予約時間に遅れる。
出発時間を言っておいたのに準備していないお前が悪いな」
と、容赦なく切り捨ててくれた。
そしておまけ…『義勇と比べるとおこがましいというのは確かにそうだが…』
このまま行かせたいのか行かせたくないのかどっちだよ!!
と、思いつつも、確かにこんなやり取りをしている間にも時間は過ぎていく。
まあ仕方ない。旅の恥はかき捨てだ!
…と、諦めて善逸もそのままの格好で離れを出た。
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