待ち合わせ場所は皮肉な事に彼女と分かれた駅の改札。
それに黒のジャケットを着て、手には目印の黒いレザーのカバーがかかった文庫本。
そんないでたちで駅を降りて改札を抜けると、大きな駅なのでそこは人でごった返してはいるが、約束の時間の30分前と言う事もあってまだ相手は来ていないようだ。
なので錆兎は手持無沙汰に改札を通り抜ける人をチェックする。
(特徴は…ロングヘア、背は165cm、白いコートに白いワンピース、足元は白いフェークファーのショートブーツ……え……?)
もう無意識に脳内でそんな特徴を唱えていると、改札を抜けてくる見覚えのある人影。
「お?今日は1人なのか?」
と、思わず駆け寄って声をかける。
すると、今日は私服らしい真っ白な彼女はびっくり眼で振り返って錆兎の姿を認めて、
「…え…王子さま………」
と、驚いたように白い手袋に包まれた右手を小さな口元にあてた。
「へ?なんだ、それ?」
王子さまって…まさか俺のことか??
と思いつつきくと、彼女はハッとしたようにもう片方の手も口にあて、
「ご、ごめんなさいっ!!名前、聞いてなかったからっ!!」
と、ぎゅっと目を閉じて縮こまった。
いやいや、可愛い。
発想も反応もなんとも可愛らしくて、思わず噴き出してしまう。
「ああ、そうだったよな。
俺は錆兎。
お姫さんは…アオイって兄貴が呼んでたよな?」
とそこは人の行き来が激しかったので、背に手を回して少し通行の邪魔にならない所に誘導してやると、アオイはうんうんと頷いた。
そしてじ~っと大きな目で錆兎を凝視する。
「……?どうした?」
目は口ほどに物を言うという言葉があるが、彼女、アオイはまさにそれだと思う。
「何か俺で出来る事があるか?お姫さん?」
物言いたげな彼女に少し身をかがめて視線を合わせて微笑んでやると、彼女の大きな目からまたポロポロと涙があふれてきて、錆兎は先日と合わせて2枚目のハンカチを提供する羽目になった。
「あ~、なんか困ってる事があるなら、遠慮せずに言ってくれ。
俺で出来る事なら助けてやるから」
涙を拭いてやりながらそう言うと、彼女はぎゅっと錆兎のジャケットの胸元を小さな手で掴んで、
「…っ…ご…ごめんなさ……でもっ…い…ですか……?」
と、シャクリをあげながらおずおずと見あげてくる。
「良くなかったら、自分から言わないから。
ほら、俺に何が出来る?言ってみろよ?」
と、頭を軽く撫でてやると、彼女は、
「…ありがと…ございます……」
と、小さく頭を下げて言った。
「…あの…実は…今日知らない男性に会わないといけないんです……」
しばらくして涙も止まって落ちつくと、アオイはぽつりとそう切り出した。
「知らない男っ?!!」
いじめ?!恐喝?!…まさか売春強要なんてことは……っ…
その一言で錆兎の脳内で物騒なシチュエーションがグルグると回る。
しかし続く言葉
「私があまりに男性とお付き合いとかしないので、幼馴染が心配して友人を紹介するからって……困るって言っても聞いてもらえなくて……」
で、──あれ?どこかで聞いた話のような……と思って、もう一度アオイの格好を上から下までチェック。
「特徴は…ロングヘア、背は165cm、白いコートに白いワンピース、足元は白いフェークファーのショートブーツ…で、お姫さん、中学では風紀委員長、高校では生徒会会計を務めている学年トップで、名字はもしかして冨岡だったりするか?」
はぁ…と、ため息をついて自分の前髪をくしゃりと掴むと、アオイの目がまんまるく見開かれた。
「え?ええっ?!王子様が…えっと天元からのメールの…なんて読むのかな…うろこ…たきさん…?」
驚きに両手で口を抑えるアオイに、錆兎は
「あ~、うろこたきじゃなくてうろこだき、な」
と、苦笑する。
なるほど、男が苦手…。
うん、確かに男嫌いというより、苦手と言う方がぴったりくるな…と、納得した。
「え~っと…とりあえず、お互いに待ち人が来たわけだし、場所変えるか。
緊張して立ちっぱで、お姫さん疲れただろ?」
そう言って、どうぞ?と先日のように差し出す腕に、アオイも、ありがとうございます、と、拒まずそっと手をかけた。
こうして一旦、ちゃんと店に入って落ちついて話をしようと、錆兎は移動する事にした。
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