とある白姫の誕生秘話28_とある広報企画部のモブの話

ワールド商事は若者に人気の大手企業である。

その社員の座となれば、就活生垂涎の狭き門。

宝くじのような…とまではいかないまでも、かなり無理めの倍率の中を勝ち抜いて入社出来た日には、世間的には超エリートだ。

そんなエリートの中にもモブはいる。
華々しい人材の中にひっそりと紛れこむ事が出来た、生粋のモブがここに1人……

彼の名は、村田太郎

これといった特徴のない名前。
名は体を現すとはよく言ったもので、これまでの彼の人生はモブそのものである。

幼稚園の演奏会ではタンポポ組のアイドルありさちゃんと一緒に木琴をたたく幸運な主人公的な少年…の後ろの大勢に混じってハーモニカを吹き、

小学校の学芸会のオズの魔法使いでは大役、強力な魔力を持つ魔女…がドロシーの家に潰された時に家の下から見える魔女の足の役を立派にやり遂げ、

中高ではバレンタインデーにクラスの女子に大人気のイケメン…に渡す本命チョコのついでに用意したらしい男子全員に配られている義理チョコを貰い、

近隣でも1位2位を争う名門私立大学…の近くの馬鹿でもなく賢くもない大学に入学して、その後の成績も平均的というくらいのモブっぷりだ。

だからてっきりこのままそこらに山とある中規模の会社に入って、モブ人生を全うするものだと誰もが思っていたのだが、人生には思わぬ大逆転が潜んでいたりすることがあるのである。



きっかけはささいなことだった。

たまたま講義で隣り合わせた学生が、村田とは逆の隣の学生と、ワールド商事に記念受験ならぬ記念就活をすると話していたのだ。

それを聞いて、おお、面白いな…と、思った。
確かに新卒としての就活は一度きりである。

まず受からないだろうが、どうせなら1社くらい、有名企業の募集というものがどんなものなのか、経験してみても楽しいだろう。
そんなことを思って募集にエントリーした。

そこからは何が起こったのかわからない。
ただ、少なくともワールド商事は出身大学で振り分けたりはしない会社だったらしい…ということだけはわかった。

2流大学でごくごく平凡な成績の、これといって特出したものはないように思われる村田が、何故か最終面接まで残ってしまったのだ。


元々落ちるつもりでエントリーしてみたものの、そうなればモブ気質の彼でも欲はわく。

外資なので他の企業より1年近く早い面接。
それに行ける日がくるなんてことは思ってもみなかったので、スーツも3年前、大学に入学した時に買ったものがあるのみだ。
それをタンスの奥から引っ張りだす。

ロクな手入れもせずにタンスに適当に放り込んでいたのだが、なんとか着られそうだ。

そうして颯爽とまではいかなくとも、なんとかかんとか指定された日時にそれを着こんで、モブ中のモブの村田は、憧れのワールド商事の本社ビルに乗り込んだのであった。



面接当日は雨だった。
まさにぱっとしない村田の人生を象徴するように…
だが、そのうっとおしい雨が彼の人生を好転させることになるというのが、世の中の面白いところである。


(…なんで俺、ここまで通ったんだろう……)

雨の中、入口で傘をいれるビニールをもらってそれに傘をいれてから受付に行った村田だったが、同じような若い青年が何人も受付で手続きを待っていた。

そのいずれもが、さすがにこんな大手の人気企業だけあって自分と比べるのも申し訳ないレベルの優秀な学生に見える。

なので、初っ端から気後れをしつつ、村田は受付をすませると、面接会場の2階に向かうエスカレータに乗った。


広いスペース。
ピカピカに磨き抜かれた床に、吹き抜けの高い天井。

こんな立派なビルで働く自分と言うのは本当にイメージできないな…と、そんな事を思いながら、村田はキョロキョロと物珍しげに周りを見回して……滑った!

つるつるの床で、さらに雨が降っていたことで靴の裏が濡れていたせいだろう。
見事なまでにすっころんで、したたかに腰を打つ。

……だけなら良かったのだが、濡れた床についた尻の部分は地味に濡れて汚れ、数年ロクな手入れもせずにタンスに放り込んでいたのが悪かったのか、思い切り転んだ拍子にスーツの前ボタンが一つふっとんだ気がする。

恥ずかしいっ!!

エリート達がみっともなく床に尻もちをついたままの自分を遠目に笑っているのがわかって、まず感じたのがそれで…その後、服の惨状を思って、もう面接はダメだ…と、途方にくれて泣きそうになった。

そもそもが、自分みたいなモブ中のモブが、こんな大企業の最終面接に来れたのが何かの間違いだったのだ…そう思ってみても恥ずかしくて悲しくて、顔をあげることすらできない。

消えたい…人ごみにまぎれて認識されない、いつもの自分に戻りたい…と、強く強く思いながら、村田が唇を噛みしめたその時だった。

…天使が舞い降りた……



──大丈夫ですか?立てますか?

と、上から降ってくる声に顔をあげると、驚くほど綺麗なビイ玉のようにまるく澄んだ青い目に視線がぶつかる。
そして差し出される綺麗な白い手。

一瞬いま何故ここにいるのかを忘れた。
だって、同じ就活生には見えない。

世の中には絶対に埋没しないレベルの美しい人間というのもいるんだと思う。
ただ容姿が整っているだけではない。
オーラがある。

そのどこか清らかな雰囲気と、さらにこんな状況での優しい対応。

天使かっ…と、正直思った。

同じ就活生だとしたら、たとえ冴えないモブの村田でもライバルには変わりがないだろうに、優しく助け起こしてくれただけでなく、綺麗な薔薇の刺繍のしてある真っ白なハンカチが汚れるのも構わず村田のスーツの汚れを丁寧に拭いて、何故か持っている携帯しみ抜きで汚れを落として、飛んだボタンまで拾ってソーイングセットを出して縫いつけてくれた。

そして全てを終えると、それを恩に着せる事もなく、名も告げず、

「それじゃ、俺の待合室はこちらのようなので。
お互い受かると良いですね」
と、ふわりと笑みを残して待合室の一つに入って行く。


ロクにお礼も言えずに見送ってしまった…。

しばらく天使が消えた待合室のドアをぼ~っと眺めて突っ立っていたが、やがて廊下のど真ん中で通行の邪魔になっていることにきづいて、村田も慌てて提示されていた自分の待合室に入って行った。


その後…天使の御利益だったのだろうか…村田は最終面接で何故か女神様に気に入られて、ワールド商事でも花形部署の一つ、広報企画部に入ることになるのである。




──村田、村田太郎~!!

デスクに座る暇もなく、女神様の雑用係を務める。
これが村田の一日である。


霧山真菰主任。
27歳独身。
美人で仕事が出来て、実は武道の達人でもあるらしい。
明るく優しく会社の人間は皆、彼女のことを親しみを込めて下の名前+主任、真菰主任と呼んでいる。
そんな彼女が最終面接で村田を見いだした、現在の村田の上司である。


不思議だ。
実に不思議だと思った。
そんな颯爽としたデキる女性が何故、村田を部下にと望んだのだろうか…

今なら本当にわかってしまうそれが入社時はわからなくて、入社後すぐくらいに理由を聞いてみた事がある。

そこで返って来た言葉は、

「ん~居ても気にならないモブ気質っぽい子だから?
あとはほら、面接の日に派手に素っ転んだから?」
と、なんとも微妙な言葉だった。

その時はぽか~んとしたものだったが、それから数日後…村田はその言葉の意味を知るところとなるのである。



広報企画部の真菰主任の仕事の高評価を支えるのは、彼女の持つすさまじい広さの人脈だと言われていた。

特に女性。
そう、女性をターゲットとした広告の素晴らしさは他の追随を許さない。

そして、自社だけではなく、様々な有力な企業とのコラボの仕事を取ってきては、それを有名無名問わず、自分の人脈でデザイナーやイラストレータ、コピーライターに発注をかけては、素晴らしいものを仕上げてくる。

そんな真菰主任の人脈のための女子会。
通称薔薇を愛でる会というらしい。

週に1度程度、学生からわりあいと有名な企業の女性管理職まで、その時々でメンバーは入れ代わるが、様々な話題について忌憚なき意見を言い合う会だそうだ。

場所はその会に毎回出席している真菰主任の知人の経営するレストランの個室。
村田の最初の仕事らしい仕事は、その会に出席する真菰主任のお供をする事だった。


「女性限定と言ってませんでした?
俺は男ですけど良いんですか?」
と、聞いた時の真菰主任の答えは

「そう。だから部屋の附属品になっててね。
君を取った理由の一つは、その存在感のなさだから
君の仕事は私の荷物持ちと、あとは有用な情報をメモすること。
一応いろいろな事に配慮して録音は禁止なのよ。
でないと本音で話しにくい事もあるから。
飲食物はみんなと同じものは出してあげるし、普通に食事はして良いけど、絶対に話の中には入って来ないこと。
聞かれた事以外は一切言葉を発さない。いいわね?」
ということで、なるほど、真菰主任が言っていた最初の言葉はそれでよくわかった。

でもそれなら…?

「あの…質問して良いですか?」
「いいわよ。なに?」
「それならお供を女性にすれば良いのでは?」

村田にしてみればとても当たり前のことのように思えたのだが、真菰主任からは──何言ってんの?…というような視線が返って来た。

「女性だと一緒に話の中に入りたくなっちゃうじゃない。
それで何人かお役御免にしたし。
もしくは…同性だと自分だけっていうと、なんか疎外感とか居心地の悪さを感じて自分で辞退を申し出た子もいたかな。
その場に溶け込む事は大事だけど、メインは記録係ですからね。
自分は会合に参加している面々とは全く異質の存在だって認識した上で、淡々と感情的にならずに必要な事だけを記録する、それが出来る子が欲しかったのよ」

成るほど。
確かにそれなら異性の方がいいのかもしれない。

…と、村田が納得して、直帰になるので自身の帰り支度を始めた時に、後ろからぼそりと

──まあ…男でも逃げたのいるけど……

と、不吉な言葉が呟かれたのは、あいにくというべきなのか幸いにというべきなのか、彼の耳には届かなかった。



村田の上司真菰主任主催の“薔薇を愛でる会”。
最初に同行した時はその場違いさに緊張した。

繁華街の表通りから少し離れた閑静な住宅街。
そこに1件、薔薇のアーチをくぐって見事な薔薇が咲き誇る小さな庭園を歩いて辿りつく豪奢な洋館。

暖かい日には外で食事を取れるのだろう。
その薔薇がよく見えるテラスにも繊細な細工のテーブルと椅子が並ぶ。

おそらくこんな機会がなければ入るどころか存在も知る事がなかったであろう高級店。
量販店の安いものではあるが、スーツを新しくしておいて良かった…と、秘かに思う。

そんな高級感満載の店に全く臆することなく、ピンと姿勢よく背を伸ばして颯爽とヒールの音を響かせて進む真菰主任の跡を、村田はまさに下男といった様子ではぐれないようについていった。


店のドアをくぐると、豪奢感はさらに増す。

おそらく大理石であろうタイルの上に敷かれたワイン色の絨毯。
照明は廊下の左右の壁についている、アンティークな感じのガラスのランプのみ。

入ってすぐに黒のタキシードを着た初老の店員が立っていて、

「お待ちしておりました。霧山様」
と、真菰主任に恭しく頭を下げた。

それに軽く頷いて
「今日もよろしくね。皆様はもういらしてるかしら?」
と、聞く真菰主任は堂にいった感じで、そのあたり、自分とはずいぶん違うものだと村田は感心した。

こんな状態だから、最低限の事以外はせず黙ってメモだけ取っていろという真菰主任の指示は、自分にしたらありがたい。
むしろ一緒に話の輪の中に入れと言われた方が無理すぎて動揺するな…と、村田は思った。


こうして店員に案内されて進む真菰主任のあとをひたすらについていく村田。

床はピカピカでツルツルだが、ちゃんと絨毯が敷いてあるので滑らずに歩けていることで、ワールド商事の最終面接のあの日を思い出す。

あの時もこうして絨毯が敷いてあれば…と、ふとそんな事を思っていたら、前方でクスリと笑われた。

「あのね…会社の廊下にいちいちこんな絨毯敷いてたら掃除大変よ?」
と、振り返らず小声で言う真菰主任。

「な、なんで、俺が考えてる事がわかったんですっ?!」
と、驚きの視線を向けると、真菰主任はやっぱり笑みを含んだ声で

「そうねぇ…乙女の勘…かしらね?」
と、いたずらっぽく言った。


そして部屋に着き、ドアが開く。

禁断のドアが……



重厚な木の扉を開けると、中はクラシカルな雰囲気の部屋。
一般ピープル、モブの王道を行く村田にはよくはわからないが、まるで漫画かドラマのヨーロッパの城の一室のようだと思った。

中央にはなんだか高そうな絨毯の上になんだか足の部分の細工がすごいクリーム色のテーブル。
そのテーブルを囲むように並んでいる、こちらもなんだかすごい細工の布張りの椅子。

そこにはいかにも若そうな…おそらく学生から、上は初老と言っていいような上品な老婦人まで、どういう関係の集まりなんだろう?と不思議になるような女性達が談笑をしていた。

その中でもひときわ目立つのは、綺麗な黒髪に綺麗な蝶をかたどった髪飾りをつけた絶世の美女。

「真菰さん、そちらが新しい?」
と、彼女は席を立ってこちらへと歩み寄ってきて、村田に視線を向けて意味ありげに微笑んだ。

側に来ると、なんとも言えない良い匂いがする。
ぼ~っと見惚れていると、真菰主任が彼女の問いに応えて頷いた。

「ええ、今年の新人。村田太郎よ」
と真菰主任が言うと、それまで談笑していた声がピタッと止まり、部屋中の…と言っていいくらいの視線が村田に集まる。

え?ええ??
一斉に自分に注がれる視線に村田は固まった。


「絵に描いたような平凡な名前だけど、真菰さん命名?それとも本名?!!」
「まさに、名は体を表すと言うか…」
「役割にぴったりの名前ですねぇ…」

口々に呟かれる言葉は、村田の人生の中であまりに言われ慣れていて、これと言って思うところもなかったのだが、もともと細やかな性質なのだろうか。
最初に歩み寄って来た美女が、

「色々失礼でごめんなさいね。
私はカナエ。胡蝶カナエです。
真菰さんから伺っていると思いますが、この集まりは色々な分野の女性の情報交換の場なんですけど、たまに男手が欲しい事があるんです。
でもメンバーと問題を起こして欲しくないので、極力目立たないようにそこに控えててほしいの。
気を悪くしないでね」
と、優しく中央のテーブルではなく、壁沿いの小さなテーブルと椅子に案内してくれる。

「食事は普通に摂ってね。
で、飲み物は最初はワイン頼んでおいたけど、何かほかに欲しい物があれば、遠慮なくそこの呼び鈴を鳴らして注文してもらって構わないから、よろしくね」

などと美しい微笑み付きで言われた日には、モブ扱いなど全然無問題だし、テーブルに並んだ食事も文句なしに豪華で、会話に入れないだけで隣のテーブルについているのは美女ぞろい。

まるで天国のようだ…と、その時確かに村田は思った。
そう…その時は確かに思ったのである。


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