が、それは間違いだったらしい。
お姫さん…ことユウと、可愛い部下の義勇。
その2人のこととなると、理性や自重なんて言葉は宇宙の彼方まで飛んで行ってしまう。
我ながらバカバカしいほど感情が抑えられない。
その日は特にタイミングが悪かった。
前日に新人社員の研修で丸一日いなかった義勇が、朝、いそいそと包みをデスクに置いていたので聞いてみると、
「あ、これ、もらったんです。
課長補佐、覚えてますか?面接の時に転んだ奴。
昨日の研修で彼と一緒になって、お互い入社出来て良かったなって話をしてたんですけど、彼が、入社出来たのは俺のおかげだって、今朝、昨日俺が好きだって言ってた和菓子をわざわざ買って来て渡してくれたんですっ」
と、嬉しそうな顔で言った。
その時点で気分は急降下だ。
普通に考えれば、実はわりあいと人見知りが強い義勇に同期の知り合いが出来たということは、喜ばしい事だろう。
部署が違っても、きのおけない同期同士の付き合いは楽しい。
……が……もう、心が狭いと言う事は重々自覚しているわけなのだが、錆兎的には面白くないのである。
可愛い義勇が美味しそうに食べるのは自分が用意した菓子だけで良いし、嬉しそうな顔を見せるのも自分にだけで良い。
……なんて事を言った日には引かれるのは目に見えているので、口にする事はできないのだが……
なので色々を飲み込むと、何か喉につかえたような不快感が消えずに眉間に皺。
しかし、そこで不機嫌な錆兎に気づいた可愛い部下が、きゅるん…と愛らしくも動揺して
「課長補佐…今日何かありましたか?
それとも俺、何かしましたか?」
と、言って来る様子が可愛らしすぎて、不機嫌が続かない。
もう、思い切り振り回されているな…と思いつつも、
「いや、ちょっと仕事とか諸々で色々あってな…。
心配かけて悪いな」
と言うと、ほっとした様子でふるふると首を横に振るのが、幼げで可愛い。
ほんっとに可愛い。
おまけに、
「お疲れ様です。
今日はおやつにはとびきりの緑茶を淹れるので、課長補佐も一緒にもらったお菓子を食べましょう」
と、ほわっと微笑むから、ついつい笑みが零れてしまった。
いや…他の奴からもらった菓子というのは気に入らないが、義勇が全部食べるよりは少しでも食べる量を減らせるだけ良い…などと狭量な事を考える。
そんな錆兎の心の内を察したように、宇髄が
「あぁ、二人とも良いなぁ」
などと加わって
「あ、課長もご一緒にいかがですか?」
と、結局3人で3等分。
なんなら部署中に配ってほしいところだが、義勇が淹れた緑茶が美味しいと言う事を知っているのも自分だけで良いと思っているので、それをセットならこれが最善だ。
(本当に俺はどれだけ心狭いんだ…)
はぁ…と頭をくしゃりと掻きながらため息をつくと、まるで錆兎の心の中を読んだかのように、隣で宇髄がクスリと笑みを零した。
そんなやや軽減したとはいえ、少しもやっとした事のあった夜のことである。
「今日は狩りの前、30分ほどミアさんのヘルプしてくるので、少し遅くなりま~す」
と、ユウが言う。
あれ以来、ユウが“女友達”
としてでも、中身は男であるミアと会っているのだと思うと、もやもやする。
それでも否とは言えない。
言う権利があるわけではない。
「…俺も別の奴のクエストのヘルプなんだけど、ウサ、お前も来るか?」
と、ノアノアこと宇髄が気を使って誘ってくれるが、そんな気分でもなくて、それを丁重に断って、錆兎はキャラをギルドハウスの部屋に放置して、リアルで雑誌をめくって時間を潰した。
宇髄はとても空気を読む事に長けている人間なので錆兎の機嫌の悪さに気づいたのだろうが、それにしても、気づかれる程度には表に出ていたことは反省すべきだ。
これは娯楽なのだから、不機嫌さを出すくらいならやるべきではない。
最近の自分は本当に子供じみている。
…経済誌を読んでいるうちに少し冷静になって、2人が戻ったら謝罪しようと思ったわけなのだが、約束の30分後、戻って来たのはノアノアだけだった。
几帳面なユウにしては珍しいと思っていると、10分後…
「遅れてごめんなさいっ!」
と、走ってくるユウの頭には花冠。
可愛いが何故?と思っていると、ノアノアも気になったらしく
「ユウちゃん、可愛い冠をかぶってんな」
と、さりげなく話を振った。
「あ…これですか…」
と、ユウの手がさらさらの漆黒の髪を彩る冠に触れる。
そして出て来た話は、
「実は戻る途中でフレンドさんの1人から蘇生をお願いされまして…。
ちょっと位置がわからなくて迷ってしまって時間を取ってしまったんですけど、なんとか蘇生したら、わざわざ足を運んでもらったお礼にって頂いたんです」
という、実にユウらしいエピソードだ。
普段なら──お姫さんらしいな…で、終わるところなのだが、その日は日中の事もあってイライラしていたのだと思う。
たかだか10分とはいえ、自分との約束の時間よりも他のフレンドの頼みを優先したユウにひどく腹がたったし、約束のあるユウを引き留めたそのフレンドが寄越した花冠を大切そうにかぶっていることにもムカついた。
「…今日はなんだか気分がのらないし、狩りはやめておく」
と、そのタイミングで言ったら絶対に不機嫌さなど気づかれるのはわかっていても、止められなかった。
「え……」
と、呆然とするユウ。
一瞬固まって、しかしすぐ駆け寄って来た。
「あの…ウサさん、遅れてしまってごめんなさい」
と言ったのは、飽くまで不機嫌な原因は遅刻したことだと思っているのだろう。
しかしそうじゃないのだが、そうじゃないとも言えず
「別に。10分かそこらだろう」
と言うが、当然それで納得できるわけではない。
「だって…遅刻は遅刻ですし…」
「謝ったんならそれでいいんじゃないか?」
「でもウサさん、怒ってますよね」
「怒ってないっ」
「ほら、怒ってる。いつもより語調が荒いです」
「他人のこと言えないだろう?」
「え?私そんな荒い言い方しませんよ。優しいでしょ?」
「誰にでもなっ!!」
と、勢いで言ってしまってから、しまったっ!!と、錆兎はリアルで舌打ちをした。
ああ…みっともないっ!!
とすぐ後悔したが、流してしまった文字は消すことはできない。
さぞや呆れただろうと思うと、しばらくディスプレイを見る事ができなかったが、いつまでもスルーしているわけにもいかず、再度画面に目をやると、流れる文字列が目に入ってくる。
「…ごめんなさい……。
別に他を優先してたとかじゃなくて…ウサさんいつも優しいから、ウサさんなら許してくれるかなって勝手に思って、他のお願い引き受けちゃいました。
先にお約束してたのに、見境いなくて…嫌になりましたよね……」
もう画面上のキャラなのに、しょぼんとしょげかえってるのが手にとるようにわかってしまう。
ああ、違う。そんな顔をさせたかったわけじゃない。
「悪いっ!!今のなしだっ!!
お姫さんが悪いわけじゃないんだ。
今日ちょっと仕事でイラっとすることがあって、それを引きずっていたんだ。
もともと機嫌が悪くて八つ当たってた。
ほんと、ごめんな?」
特別に気を許していたから、甘えてしまっていた…
そんなことを聞いたら、なんとも現金なもので、不機嫌さなんて一気に飛んで行ってしまった。
「まあでも本当に少し疲れてるんで、ヘビーな狩りじゃなくて、のんびり溜まってるクエストこなすとかにしないか?」
と、言うと、ノアノアもユウもほっとしたように頷く。
こうしてその日は無事クエスト日になったわけだが、秘かに髪留めを落とすレアモンスターがポップする場所のそばのクエストとかもその中に入れて、羽根のついた髪飾りをゲットしてプレゼント。
もちろんその場で例の花冠を外してつけさせるなんて事もさりげなくしたわけなのだが…
不機嫌ではなくなったからといって、独占欲がおさまるかというと、そういうわけではないのである。
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