ファントム殺人事件_Ver錆義11_クリスティーヌはファントムの狂気を目撃す

むせ返るような花の匂い…
どこからともなく音楽が聞こえる…。

偏頭痛のような頭の痛みに少し顔をしかめながら、うっすら目を開けると、一面の黄色い花…。

どうやら金雀枝の花がばらまかれていて、それが地面を黄色く染めているようだ。


手足はしばられているらしく動かない。
唯一動かせる頭を動かして見回すと遊具の数々。

どうやらここは公園らしい。

どこかで錆兎の声が聞こえる。
スマホがそう遠くない場所に転がっているのだろう。
義勇は自由にならない身体で声の方へと這っていった。

そして黄色い花に埋もれたスマホをみつける。

そこに一つだけ付いている狐の面のストラップはこの前錆兎と行った雑貨屋で揃いのエプロンやマグと一緒に買ったもので、外してなければおそらく錆兎の携帯にも同じモノが付いているはずだ。

それ見ていると幸せだった記憶が蘇って、自然と涙が頬を伝った。

スン、と、小さく鼻をすすると、それまで狂ったように自分の名を呼び続けていた錆兎はそれに気づいたようだ。


『義勇っ!義勇、大丈夫かっ?!!!無事なのかっ?!!』

まるで大事なモノを心配するような必死な声音…。


『義勇っ!!!返事をしてくれっ!!!頼むからっ!!!!』

ああ…大事じゃないわけじゃないな…優しい錆兎は可哀想な義勇を放っておけない

たとえ自分の側においておくほどの取り柄も価値もなかったとしても、大切に面倒をみてやらねばならない…と思っているだろう。

そんな優しい錆兎を、自分から開放してやらねば…

そんな事を考えて、義勇はコトンと花びらの上に頭を下ろした。


思えば随分贅沢になったものだ…。

錆兎と出会う前の義勇は、普通に接してくれる友人もなく、休日ともなれば誰とも話さず一日を終えることなど珍しくはないくらいだった。

それに比べれば今は炭治郎や善逸が時折電話やメールをくれるし、クラスメートだって普通に義勇に話しかけてくれる。

昔を思えば本当に交友関係には恵まれているはずなのに、錆兎一人いないだけで以前より寂しい。
ぽっかり開いた心の穴はズキズキと痛んで血の涙を流し続ける。

いったい自分の身に何が起こっているのだとか、そんなこともどうでもいいくらい、すべてが色あせて絶望的に思えた。

そんな風にぼ~っとしていると、何故かハラハラと上から黄色い塊が振って来た。
金雀枝の花びらのようだ。

そこで義勇が上を向くと、丁度目の前の滑り台の上に黒いマントに白い仮面の男が立っているのが見える。

暗い闇に浮かび上がるその表情が読めない不気味な仮面の方も、地面に転がっている義勇を見下ろしていた。


──ファントム…悲しく哀れな恋に生きる怪人──

それは昔読んだオペラ座の怪人の挿絵のファントムそのものだ。
そのファントムの腕の中には自分と同じ年頃の女の子が抱かれている。

首には縄。
そしてその縄の片方は滑り台の側面の手すりにくくりつけられていた。

そこでようやく思考を覆っていた靄が晴れた。

(まさか…だよな?)
ひやりと冷たい汗が義勇の額を伝う。

そんな義勇の前でファントムはゆっくりと歩を進め…

(…まさか…まさか…!!)

「やめろ…やめろぉぉ!!!!
義勇が叫ぶのとほぼ同時だった。

ザン!!!

ファントムの腕から投げ出された少女は、声もなく滑り台の手すりから釣り下がった。

「うわあぁあぁぁ!!!!」
まるで現実感のない…しかし紛れもない現実に思わず義勇は悲鳴をあげた。


『義勇っっ?!!!何があったんだっ?!!!大丈夫かっ?!!!返事をしてくれっっ!!!!!』

錆兎の切羽詰まったような声もまるで遠くの出来事のように現実感がない。


これは…夢……なのか?

呆然と目を見開く義勇の前にゆっくりとファントムが降りてくる。
黄色い花びらを踏みしめて足音もなく近づいてきたファントムは、ソッと義勇の前に跪いた。

表情の読めない仮面の中からファントムが義勇を見下ろした。

「…ファントム……俺も殺すのか?

自分以外の少女が殺された時にはひどく早くなった鼓動も、自分の時には驚くほど平静だ。

死に対する恐怖はなかった。
それよりも安堵の気持ちが全身を包み込んでいる。

今ならまだ間に合う…

錆兎と離れなければならない…
そんなつらい現実に向き合わずに幸せだった思い出だけを胸に人生の幕を閉じられる…。
今幕を閉じられたなら、まだハッピーエンドだ……。

『義勇っ、だめだっっ!!!!俺が行くからっ!!!すぐ助けに行ってやるからっ!!!諦めたらだめだっ!!!諦めないでくれっっ!!!!!』

すぐ側の携帯から聞こえる錆兎の悲痛な叫びが、心地良い鎮魂曲に聞こえる。

伸びてくる白い手袋をした指先……
このまま死ねるなら…ああ、本当に幸せかもしれない…。

義勇は穏やかな気分で微笑んで、静かにその目を閉じた。



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