直前まで電話に向かって叫んでいた錆兎の目が急に虚ろになって、いつでもしっかりハキハキ話すこの男が驚くほど力なく呆然とした様子でそう呟くのを見て、役員仲間はシン…と静まり返った。
もう思いつめたというより絶望の染まったような視線をデスクに落とした瞬間、宇髄が飛びつくようにそこに置いてあったハサミを撤去する。
錆兎はつい先程までハサミが置いてあった場所にしばらく視線を止めて、それからゆっくり…本当にゆっくりと、ハサミが辿った軌跡を追うように、宇髄に視線を向けた。
そしてまた今度はそのまましばらく宇髄に虚ろな目を向ける。
いつも生き生きとした存在感と力強さを感じさせる男のあまりの生気のなさに不安になって、宇髄は思わず
「…錆兎…早まるなよ…?」
と、恐る恐る口にするが、錆兎はそれに小さく目を閉じて
「…早まらん…」
と、呟いた。
「俺は…たとえ何があろうとも義勇を看取って死後の諸々まできちんと整えてやるまでは死なん。
あいつは亡くす事でひどく傷ついた過去があるから…俺はどれだけ悲しかろうと苦しかろうと、それが近い将来であろうと遠い未来であろうと、絶対に義勇を一人にしたりはしないと決めたんだ。
生きて戻ればどんな状態でも受け入れる覚悟はあるし、もしもの時にはきちんと諸々を整えて安心して眠れる状況で送り出してやる。
自分の事は全てそのあとだ。
その覚悟がないなら、始めから手を伸ばしたりはしない…」
それは自分に言い聞かせているようでもあり、独白のようでもあった。
手の震えを押さえるように、ぐっと拳を握りしめ、錆兎は大きく息を吐き出す。
そして、
「加藤さんに連絡をしておく。少し静かにしていてくれ」
と、スマホをタップした。
こうして実に淡々と加藤に状況を説明、協力を求めていったん通話を終えると、錆兎は疲れたように椅子に身を沈める。
その間、誰も何も話さない。話せない。
いつもは常に軽口を叩く宇髄でさえも、黙ってデスクに視線を落としている。
…が、その空気を突如破ったのは煉獄だった。
「義勇を殺す音とか、危害を加えられているような音を聞いたわけではないのだろう?
なら大丈夫だ。義勇は無事だ!」
いきなり自信満々に宣言する煉獄に、全員が驚きの視線を向け、そのみんなの心のうちを、宇髄が代表して口にする。
「なんでそんな事断言できるんだよ?」
宇髄的には薄皮一枚で平静を保っている錆兎をこれ以上刺激してくれるな…というところだったのだが、煉獄はあいも変わらずそんな空気を読む気は微塵もないらしい。
「もし犯人が本当にファントムを模しているつもりならだがなっ。
オペラ座の怪人では、クリスティーヌは一度ファントムにさらわれるが、すぐ返されるのだ!
最終的には恋人のラウルと結ばれてハッピーエンドだぞ」
「そう…なのか?」
青い顔で聞く錆兎にこっくりとうなづく煉獄。
これでそうじゃなかったらどうすんだよ…と宇髄は思ったが、なんと煉獄のいうとおりだったらしい。
それからすぐくらいに義勇の携帯から錆兎の携帯にメールが入った。
いわく…
──クリスティーヌはラウルに返す事にしよう。クリスティーヌは今、苦しい恋に包まれて○○公園の悪夢に満ちた空気の中で眠っている。ファントム──
もう誰がどういう目的で送ってきたものでも構わなかった。
錆兎は即タクシーをよび、念の為生徒会室には村田と煉獄を残して、宇髄と不死川と3人でメールにある公園に向かう。
加藤にはメールが来た時点で連絡をいれていたため、3人が公園に着いた時にはすでに警察が到着していた。
「加藤さん、義勇はっ?!」
錆兎が駆け寄ると、加藤は黙って担架の上で眠っている義勇に目をむける。
息を飲む錆兎だが、すぐ
「気を失ってるだけだ。ここで手足をしばられた状態で転がされてたが、怪我もない。一応事情聴取はさせてもらうことになるがな」
という加藤の言葉に大きく息を吐き出した。
こうして一旦一安心した錆兎はもう一つシートに隠されているもののほうに目を向ける。
「ああ、あっちは遺体だ。例のミスコンの…テニス部の候補者だ。
滑り台で首を吊った状態で見つかった。
今の時点では他殺か自殺かわからんが…まあこの状況だと他殺っぽいな」
と、加藤がそれに気付いて言った。
「どう思うよ?名探偵としては」
厳しい顔のまま加藤が言うのに、錆兎は少し眉をひそめた。
「まあ色々思うところはあるんですが…もうちょっと確信ができてから」
とりあえず何を置いても義勇が気になったのと慌ただしかったので落ち着いて考える間もなかったため、一晩考えをまとめてからとこの時に動かなかったのを、のちに錆兎は後悔する事になる。
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お名前表記が「不死河」になっているのを発見しました(^^;お暇な時にご確認ください。
返信削除ご報告ありがとうございます。
削除修正しました😄
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