ファントム殺人事件_Ver錆義13_ラウルはクリスティーヌに永遠を誓う

【君…お荷物だよね。気づいてない?】

運ばれた病院の一室で義勇のスマホのメールを覗き見て、錆兎は今回の義勇の行動の原因を理解した。


馬鹿だ…本当に馬鹿だ…と思う。
義勇が自分の人生の負担だなんて、あるわけがないだろう。

常に周りには正しくあり、社会に対して良識を持って自己よりも他者を優先するような生き方をしている錆兎が、唯一完全に自分のためだけに望んだもの、それが義勇だ。

このメールの主の錆兎に対する評価を否定はしないが、そういう優れた人物であるために様々な自制を強いられる錆兎にとって、義勇は絶対に必要な相手なのだ。

だがメールの主より、その言い分をあっさり信じてしまった義勇より、馬鹿だったのは自分自身だ…と錆兎は思う。

思えば自分にとってどれだけ義勇が必要なのかを、きちんと言葉で伝えていなかった。
それが今回の事態を巻き起こした一番の原因だ。

目を覚ましたらちゃんと伝えるから…何度でもわかるまで伝え続けるから…だから、早く目を覚ませ。

自分よりも一回り小さい手を両手で包むように取ると、錆兎はそれを口元に持ってきて、口づけた。

するとピクリとその手が動く。

ハッとあげた視線の先にはふるり…と小さく揺れたあと、ゆっくりとあがっていく長いまつ毛と開いていく瞼
その奥から青みがかって見える綺麗な黒い瞳が現れたところで、全身…そして心が震えた。

無事だ…と頭ではわかっていたが、こうして目をあけてくれたことで、それが実感をともなって、安堵が全身に染み渡っていく。

「…ぎ…ゆう……ぎゆう…義勇、義勇、義勇……

その他の言葉なんてもう忘れてしまったかのように、錆兎が繰り返し呼ぶと、義勇はきょとんと童子のような邪気のない目で、不思議そうに錆兎を見あげる。

「…え…?……さび…と…」
何か言おうとするか細い声は、その半身を引き寄せて号泣する錆兎の泣き声で消されて行った。

子どものように泣いて泣いて…普段の自分ならなんてみっともないと思ったのかもしれないが、そんな事ももうどうでも良い。

義勇が…最愛の恋人が生きている。
まだ…失くしてなかった。

それだけが嬉しくて泣き続けていると小さな手がおそるおそるといった様子でいつもとは逆に錆兎の頭を撫でてくる。
それがなんだかくすぐったくて幸せで、今度は笑いがこみ上げて来て、クスクス笑いだすと、

「…えっと…なんか…大丈夫か?」
と、どうやら頭の心配をされたようだ。

だがそれにも腹の一つもたつことなく、
「ああ、大丈夫。義勇がこうして生きて目を覚ましてくれた瞬間に大丈夫になった」
と、錆兎は泣き笑いをしながら言った。

「…あのな…義勇…」
「…うん?」
「…あまりみっともいいことではないから、一度しか言わない。覚えておいてくれ…」
「…?」
「…寂しい……」
「…さみ…しい?」
「ああ。お前がいなければ、他にどれだけの人間がいようと、俺は寂しくて耐えられない。
俺が強く優れた人間であろうとするためには、俺の心の弱い部分、足りない部分を埋めてくれるお前が必要だ。
だからずっと側にいてくれ。
その代わり俺はお前が年を取って天寿をまっとうするまでお前を守るから。
辛い事だらけだったせいか悲観的ですぐ泣くお前がいつも健やかで笑顔で過ごせるように、ずっとおはようからお休みまできっちり守ってフォローして…年を取って寿命が尽きたらお前をちゃんと看取ってから俺も死ぬ。
絶対にお前を1人にしたりしないから。
だから一緒に居てくれ」

「…一緒に…いて、いいのか…?」
「当たり前だろう。俺が一緒に居たいと言っていて、お前が一緒に居たいと思っていてくれるなら、他の誰に指図される筋合いもないだろう」
「…うん…うん、錆兎…本当は…悲しかった。寂しかった。錆兎と離れたくなかった」

と、そこでまた目にいっぱい涙を溢れさせる義勇を抱きしめて、2人でしばらく抱き合って泣いて、そうしてやがて二人して微笑みあった。

「義勇…忘れるな。俺はお前を欲している。必要としているんだからな」

そしてもう一度確認するようにそう言うと、錆兎は自己評価の低すぎる恋人に口づけを贈る。

ラウルとクリスティーヌの物語はここで一件落着。
だが、まだオペラ座の怪人の話は終わらない。





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