錆兎と宇髄がランチをしている。
と、ひたすら肉を積み上げたような宇髄のトレイに呆れた目を向ける錆兎に
「俺は、食いたくねえもん食って長生きするよか、食いたいモン食って太く短く生きたい人間だからなっ」
と、きっぱりと忠告を否定する宇髄。
錆兎はそれに一瞬物申したげな視線を送るが、結局それは自分が強要すべきところではないと割り切って口をつぐんだ。
そんな複雑な表情の部下の前で、ああ、旨い…と、肉にかぶりつく宇髄。
まあ、食べたい物が食べられていれば、うるさい事は言わない上司なのでやりやすいと言えばやりやすい。
しかも趣味も同じ…というか、同じゲームの同じギルド。
「そう言えば、錆兎、最近はお嬢ちゃんも落ちついたのかよ?」
と、宇髄は思い出したようにふと湯呑を口に運ぶ手を止め、まるで栄養バランスを絵に描いたような食事をきちんきちんと食う錆兎に視線を向けた。
「あ?」
と、綺麗な藤色の目を宇髄に向ける錆兎。
それに宇髄が
「ユウちゃん。その後ケイトに絡まれたりしてねえのか?」
と、言うと、彼は
「ああ、それかぁ…」
と、端正な顔に複雑な表情を浮かべて見せた。
「おぉ?何かまだケイトが言ってきてんのか?」
と、その表情に気づいて少し眉を寄せる宇髄。
顔立ちが非常に宜しいので、宇髄のそんな表情を見れば女性社員が大騒ぎしそうだが、あいにくというか幸いというか、正面にいるのは男の錆兎だ。
だからそんな宇髄の美麗さには全く構うことなく、錆兎の方もそこで綺麗な形の眉を寄せて小さく息を吐きだすと、2人を遠巻きに見ていた女子社員の間にはやっぱり黄色いざわめきが広がった。
宇髄以上に、容姿端麗で仕事も出来て面倒見のいい鱗滝錆兎課長補佐は当然ながら女性にもモテる。
大変人気で昼食に同行したい女性は多いが、多いがゆえに牽制しあって、結局自分以外の女がその隣に座るくらいなら…と、ほぼ毎日のように同性の課長と昼食を摂っているのに皆ホッとしている。
──いつも何を話していらっしゃるのかしら…
──宇髄課長と一緒って事は仕事のことじゃない?
──そうよね。何か難しい顔をしていらっしゃるし…
──でもそんな表情も素敵……
などと囁き合う女性陣は、その話の内容がよもや2人が共にやっているネットゲームの話題だとは思ってもみない。
そんな女性陣の視線に気づくことは当然なく、錆兎は、はぁ…と、大きく息を吐き出しながら、
──第二のケイトが現れやがった……
と、くしゃりと頭を掻いた。
本当にがっくりと…肩を落としながら……
「は??何故またそんな事に?!!!」
目を丸くする宇髄。
このところギルド会話でも特定の相手の名前を聞く事もなく、ユウ本人もギルドで楽しくイベントやクエストアイテム取りをする他は、せっせとレベル上げにいそしんでいたはずだ。
何故そうなった?!!
と、言外に問いただすような視線を送れば、錆兎はやけくそのようにバリバリとレタスを噛み砕きながら、何から話そうかと考えている。
そして、結局
──お姫さんが可愛いお姫さんすぎるから!
という一言から話を始めた。
ケイトについての心配がなくなってからは、ユウは出会った頃のように生き生きとした様子で日々レベル上げに励んでいる。
──早くレベルをあげて皆さんのお役に立てるようになりたいんですっ
キラキラした目で言うお姫さんは絶好調に可愛い。
ゲームは所詮ゲームで、最低限の礼儀と良識から外れなければ、人格や容姿は関係ないという主義の錆兎ですら、思わず“可愛すぎだろうっ!”と思ってしまうレベルで可愛い。
しかもそんな風に可愛いキャラにありがちな、やってもらって当たり前、やってもらえるのを待っているという感じが全くない。
レベル上げにおいても、ヒーラーとタンク(盾役)は絶対数が少なく、比較的パーティーにも誘われやすいので黙って誘われ待ちをしていても良いのだが、少しでも早くレベル上げに出発できるようにと、たいていは自分でパーティのリーダーになってメンバーを勧誘してレベル上げに出かける日々。
そのあたりの目標に向かっての前向きさは錆兎的には好感が持てる。
その甲斐あってユウのレベルはスクスクとあがって行く。
そんなある日の出来事だった。
──ウサさん、ウサさん、すっごい偶然があったんです!!!
と、ユウからウィスがあったのは、今日は釣りをするというユウをギルドハウスで送りだし、錆兎は金策のためKonkonと弱い敵を狩り続けている最中のことである。
堤防で釣りにいそしんでいるユウからウィスをもらうのは珍しい事ではない。
ギルド会話でもよく話すが、メンバー全員のログに流れるギルド会話だと、レベル上げでシビアにログを追っている人がいると申し訳ないと、しばしばウィスで話を振ってくるのだ。
そういうあたりの気遣いもとても細やかで、好感度が高いところである。
今回は自分も素材狩りだと言う事は伝えてあって、実際、ギルドのリストを見てもパーティー中ではなくソロだと言う事はわかるので、ウィスを送って来たのだろう。
──偶然?
と、返すと、
──そそ!すっごい偶然ですっ!!
と、テンション高く返って来た。
続いて…
──今釣りしてて、隣でやっぱり釣りしてる方に『釣れてますか?』って話かけられたんですけどっ
──おう?
──それをきっかけに話してるうちに、なんとその方とは以前パーティでご一緒した事あるってわかったんですっ!
…それ…本当に偶然か?
と、心の中で秘かに思う。
いや、疑ってばかりはいけないが、なんというか…その…可愛いので……
そんな事をもやもやと考えつつ、その日は終了。
しかし彼は数日後、ユウに相談されることになる…
──あの…ウサさん、少しお話聞いて頂いて良いですか?この前の方の事でちょっと…
嫌な予感ほどあたると言うのは本当だと思う。
「実は…先日の釣りでお隣だった方なんですけど……」
と、お招きをされたユウの可愛らしさ満載の私室で話を聞いて、錆兎はため息をついた。
問題となっているのはルークと言うメインナイト。
毎日毎日レベル上げに勤しんでいるわけだから、野良のパーティで会ったメンバーを1人1人覚えているものなのだろうか…。
そもそもとてつもなく珍しい名前ならとにかくとして、まあそれほど変わった名前でもなく、レベル上げの時のホワイトメイジの装備とは違う釣り人装備。
何故隣にいるだけで彼女だとわかったのか……
そんな錆兎の疑問はユウの口から明らかになった。
聞いて欲しい話というのはそのことだったのである。
「実は…そのナイトさん、ルークさんとおっしゃるんですけど、ルークさんとご一緒させて頂いたパーティでやっぱり御一緒させて頂いた詩人さんがいらして、その詩人さんとは意気投合してパーティ終了後、フレンド登録を交わしたんです」
「ふむふむ」
まあそれ自体はそう変わった話でもない。
元々リアフレがやっているという事でもなければ、フレンドとの出会いはたいていギルド関係じゃなければレベル上げパーティだ。
錆兎だってそうやって知り合ったギルド外の友人は少なくはない。
だからなるほど?と思いつつ黙って聞いていたら、一瞬の間…
「その詩人さんからね、後日ウィスがあったんです」
「ふむ?」
「ルークさんはその詩人さんのフレンドさんで…」
「ほお?」
「パーティのあと、詩人さんが私のフレ登録を交わしたと聞いて、詩人さんだけずるいとおっしゃっていたそうで…」
「なるほど?」
「自分もフレ登録をしたいということで…」
「おう?」
「詩人さんにフレリストで私の居るエリアを聞いて…」
「………」
「そのエリアを探しまわって偶然の再会を装って話かけていらしたそうで…」
「アウトっ!!!!」
本当に何故そんなにストーカーホイホイなのだろうか…このお姫さんは!!
錆兎はリアルでデスクにつっぷした。
(…なんか…色々可愛い雰囲気がダダ漏れているから…だよな……)
1人リアルで呟いて、ちらりとディスプレイに視線を戻す。
たぶん…たぶんだが、これを追っ払ってやっても、また新たなストーカーが現れる気がする。
さあ、どうする、鱗滝錆兎。
諦めて見捨てる…という選択肢は残念ながらない。
そうなると取れる対処法は……
『もしもし、宇髄か?俺だ、錆兎だ。
ちょっと相談があるんだが……』
ディスプレイでユウの相手をしながら電話した先はノアノアこと宇髄の携帯。
そして巻き込む気満々の提案。
それに電話の向こうで聞こえる宇髄のため息を完全に無視して、錆兎はディスプレイの向こうのユウに話をするためにキーボードに指を走らせた。
──お姫さん、ちょっと提案があるんだけどな…
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