とある白姫の誕生秘話10_脱走完了


──メンバーを入れる時も、最初にユウちゃんに意見を聞いたうえで吟味するからな~

ギルドマスターがストーカー化したら、自分を救うために新たなギルドが出来て、マスター本人以外全員移動した……

そんなすさまじい状況に動揺する義勇。
そこで素直に喜べないあたりが、彼はまだまだ“”になりきれていない、苦労人である。


それからしばらくはレベル上げ以外はたいていウサがついていてくれたので、特にそれについて何か起こる事もなく、平和な時が過ぎていく。

新たなギルドに移って1週間ほどしたころ、たまたま1人で街の競売を覗いている時にケイトに出会って、少し話がしたいというのを断りきれずパーティの誘いを受けてパーティ会話で話した事はある。

普通にギルドメンバーを引きつれて抜けてしまったのだから大激怒だろうと戦々恐々とリアルで身をすくめる中、言われた第一声が

『今日はウサと一緒じゃないの?』
で、少しホッとする。

そして
『ええ、ウサさんはいつもインしてくるのがもう少し遅い時間なので…』
と、答えると、チャットなので音声ではなく文字なのに、ひどくピリピリとした空気を感じた。

『あいつは本当に腹がたつ!
始めから信用できない奴だったけど、私を陥れるつもりだったんだ』

ひぇ…と、いきなり始まる怒りに義勇は言葉もない。
正直怖い。

刺激もしたくないが、同意は絶対にしたくない。
なので、どうしよう…と思いつつ黙っていると、ケイトはそのまま続けた。

『ああ、今はもうユウには全く怒りとかはないから、安心して。
最初はまるでイスカリオテのユダのごとき裏切りに思った事もあったけど、良くも悪くもユウは純粋だからね。
ウサみたいな奴が周到に騙そうとしたら騙されちゃっても仕方ないよね』

…怒っていないと言われても、イエスを売り渡した弟子に例えるとか、もう言い回しがすでに怖い。
泣きそうだ…。

と、そんな時、なんともタイムリーに

──お姫さん、もしかしてケイトに絡まれてたりするか?
と、救いの神、ウサから送った相手にしか見えないウィスで言葉が送られてきた。


本当に、本当に…何故いつもこんなにまさに居て欲しい時に来てくれるのか、わからない。
わからないが、頼もしすぎて泣けてくる。

…実は……と、一瞬もためらうことなく状況を説明するウィスを返すと、ウサは一瞬も間のあと、

──わかった。お姫さん、すぐケイトのパーティ抜けろ。無言でいい
という。

え?ええ??それはいくらなんでも???
と、戸惑う義勇にウサはさらに

──俺が全部説明するから、安心して抜けて良い。で、うちのギルドハウスにでも駆け込んでおけ。
と続けるので、言葉通り即抜けして、ワープしてギルドハウスの自室に駆けこんだ。

それからずっと部屋で震えていると、自室のドアがノックされ、ノアノアが入って来た。

最初のギルドの飄々として楽しいサブマスターにして、現ギルドのマスター。
物腰からするとおそらく社会人だろう。

「ウサから状況を聞いて、ユウちゃんの方のフォローを頼まれてな~」

ニカっとブラックメイジ系がメインのプレイヤーが良く使う幼児のように小さなポックルという種族のノアノアはそう言って自分よりも背が高いユウを見あげてきた。

ああ、ケイトとのやりとりを引き受けてくれるだけじゃなく、自分のメンタルまでも心配してくれるとか、ウサは本当にもう色々至れり尽くせりだ。

どうぞ、と、椅子を勧めるとぴょん!と飛び乗って、ポックル族には大きすぎる椅子の上で足をぷらぷらさせているノアノアの様子は愛らしい。

それでもなんとなく年上の気がするのは、色々と助けてくれたり注意してくれたりするその行動性のためだろう。


「一応説明しておくな。
今回のギルド結成と移動については、ウサがあらかじめ、ウサの意志としてケイトのアプローチに困っているユウちゃんとケイトの距離を置かせるため、俺にギルドの作成をさせて、ユウちゃんを説得の上で連れて行ったんだってケイトには説明している。
他がついてきたのは自己責任ということで。
だからケイトの怒りみてえなもんがユウちゃんに向かう事はほぼないと思うから、大丈夫だ。
今もウサはユウちゃんがビビって可哀想だからって方向で奴を説得してると思う。
もともとケイトは困った形だがユウちゃんには好意を持ってるから、それが一番効果的だろうな」

ということで、俺と一緒にウサを待って、今日はクエストアイテムでも取りに行くか~…と、何でもない事のように言うノアノア。


そしてそれから10分ほど後、戻って来たウサの口から出たのは

「今の状況でケイトが話かけるとお姫さんが怯えるから、要件は俺を通せと言っておいたから大丈夫。
まあ俺には色々文句は言ってたけど、お姫さんに怖い思いさせるのは翻意ではないからと、そっちは了承したから安心しろ」

という言葉で、それからは本当に一切ケイトに悩まされる事はなくなった。
ここに、最初の逃走は完了したのである。

まあそれは、新しい伝説の始まりに過ぎなかったのではあるが……



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