とある白姫の誕生秘話9_華麗なる大移動

──この薔薇のような真っ赤なバラの花びらを敷き詰めたベッドでユウを抱きたい…

…………勘弁してくれ……


さらさらの黒髪のロングヘアの美少女キャラの目の前に差し出される真っ赤な薔薇の花。
図的には素晴らしいと思う。

一応このゲームには普通に花も存在しているし、それを贈る事も可能だ。
贈られた花はギルドハウスや自室に飾る事が出来る。

まあたいていはゲーム内と言えどみな現金なもので、綺麗なだけで安価な花よりは、装備すればステータスがあがって換金すれば高額になる装備品の方が喜ばれる。

だが、義勇が目指しているのは強さではないので、花は迷惑ではない。

花をあげたくなるようなキャラと思われるのは歓迎すべきはずだ……そう…相手が普通に渡してくるならば……


これが女性なら完全にセクハラだと思う。
というか、誰相手でもセクハラじゃないだろうか……

目の前で膝まづいて花を差し出す女戦士は視覚的には悪くはないが、本当に本当に、渡しながらログに流れる言葉で全てが台無しだ。

怖い…気持ち悪い…ひたすら怖い……

ということで限界だ。
と、義勇はおそるおそるケイトに言う。

「…あの…ごめんなさい。やっぱりこういうの無理です……」

出来れば事を荒立てたくない。
でも無理なものは無理と必死に言った言葉に返って来たのは

「ああ、ユウってあんまり男性慣れしてない感じだよね。
大丈夫。実際に会える事があってもいきなり乱暴に襲ったりしないから。
大切に大切に抱くよ?」


………吐くかと思った。

いやいや、その前に会う事は絶対ないし?
自分は男なので、会ってもそういう関係になる事は絶対にないし?

でも気持ち悪いし怖い事には変わりない。


もういっそのことカミングアウトしてしまおうか?
出来ればゲーム内ではKawaii愛され少女キャラを楽しみたかったのだが、本気で限界だ……

「…あの…ケイトさん…」
「ん?」
「実は……」


おう、お姫さん、待たせたな!!!

意を決して言いかけた時に、颯爽と現れるプルシアンブルーの騎士。

「あ、ウサさんっ!!」
と、駆け寄ると、ウサはさりげなくユウをかばうように、自身の腕の中に抱き込んだ。

「よお、ケイト。悪いなっ!
俺はこれからお姫さんと約束あるから」

まるでいつもと変わることなく、悪びれた様子もなく言うウサ。
だが、その態度と言葉にケイトの周りの空気が冷えて行く。

「ユウ、どういう事?」
と言う言葉は、ネット上なので声が聞こえるわけではないのだが、ひどく険があるように思える。
まあ、状況を考えれば、実際にそうなのだろう。

リアルで青くなる義勇。

「あ、あの…今日はウサさんと一緒にクエストアイテムを取りに……」
と言うと、当たり前に

「私も行くよ!」
と、言うケイト。

…ああ、そう言うよな……と、リアルでため息。

さて、どう断ろうと思っていると、ユウが口を開く前にウサが言ってくれた。

「いや、少人数の方が楽だし、2人で行く」

もちろんケイトはそれに納得するはずもなく

「じゃあ、私が手伝うよ。
ウサは来なくていい」
と言うが、それもウサはあっさり

「それでは意味がない。
クエストアイテム欲しいの俺の方だからな。
今日は俺の方がヒーラーのお姫さんにヘルプしてもらう約束なんだ」
と、論破する。


──ああ、ウサさん、ほんっきで頼もしすぎて泣ける…

と、リアルで感涙する義勇。

こうしてそれ以上の言葉が出ないケイトを残して、2人は一応クエストアイテムが取れる洞窟前にワープして、モンスターに視覚されなくなる透明薬を使って奥へと入って行った。




『とりあえず、今後の予定の説明な』

モンスターが沸かない場所をキャンプ地と定めて、ウサが念のためと、いつも連れている子竜を出す。
パタパタとウサの肩口を飛ぶ、竜騎士の鎧と同色のプルシアンブルーの子竜。
それは単に愛らしいだけではなく、命令を与えておくと、ある程度の範囲内に敵やプレイヤーなど何かが来た場合は教えてくれるらしい。

まあ…ないとは思うが、モンスターが沸かないと言っても、万が一誰かがモンスターから逃げて、そのモンスターが元の場所に戻るのに絶対にここを通らないとは言えないので、本当にそんなレベルでないではあろう念のためだ。



『今から1週間後、ノアノアがギルドを新しく立ちあげる。
俺もだが、お姫さんはそれが出来たらそっちに移るぞ』
『は??』

何故そこにノアノアさんが?
いやいや、それ以上に…ギルド移るなんて言ったらめちゃくちゃ揉めないか?
ケイトに何を言われるか……

ネット上のことだ。
別にリアルに影響するわけではない。
でも怖い。怖いのだ。

クルクルと色々が脳内を回っていると、ウサが言う。

『本当は俺が作るとこなんだが、俺は最近、所属国チェンジしたばかりで、国民ランクが低くて自分ではギルド作れなくてな。
で、ノアノアは前にも言った通り俺のリアル知人だから、今回のことで協力を頼んだんだ。
ということで、ギルド移動までの1週間はなるべく俺と行動してくれ。
移動については最近一緒の俺にぜひと誘われたからと言ってくれていい。
他の奴らはだいたいケイトの粘着にお姫さんが困っているというのは察してるから、他の奴らへの根回しは俺がする。
ケイトに対しては本当はお姫さんの口からはっきり言った方が良いと思う。
だけどどうしても怖ければ俺が言う。
というか、さっきもまた怪しげな事言われてたりしたか?』

ああ、もうあなたは神か?
何でもお見通しなのか?!

あまりに義勇の疑問や状況について全て網羅しすぎてて、眩暈がする。

とりあえず状況もやる事もわかったが…吐き出したい。
楽になりたい。

そう思って、さきほどのやりとりと、なんとかこういうのは無理だと伝えた事を報告する。

するとウサは

『そうか、そこまでは言ったのか。
よく頑張ったな。
まあ…それでその反応だと何言っても聞かないな。
おし、じゃ、前言撤回。
ケイトにも俺が言うか』
と、頭を撫でてくれる。

『というか、その発言、通報ものだな。
普通にそんな事を言われたら怖いということがわからんのか』

何故だろう。
頭を撫でながら抱きしめてくれる腕はディスプレイ上のデータに過ぎないのだが、ケイトの粘着に寒気がしたように、ウサのそれは本当に大きな包容力と温かさを感じた。




──ごめんなさい。しばらく距離を取らせて下さい…

こうして後日ケイトに会ってそう言って頭を下げると、当たり前だが激怒される。


「なんでっ?!!ウサになんか言われた?!
あいつなんて信用しちゃだめだよっ!!!」
と、詰め寄られて身がすくんだ。

「あいつ、あれだけ面倒見てやったのに、ほんっとうに最低な奴だなっ!!!」

イライラとした空気を撒き散らしながら言うケイトに、オロオロとする義勇。
なまじ今まであまり人づきあいをしてこなかった事もあり人間関係が希薄だったので、声高に負の感情をぶつけられると、ひどく動揺する。

「とにかく…ごめんなさいっ!!」
と、走り去って、ギルドハウス内の部屋の私物をいったん全てギルドに入っていないプレイヤーが利用する宿屋のロッカーに移した。

そして宿屋の部屋に閉じこもっていると、メッセージが飛んでくる。

──ユウちゃん、新しいギルドを作ったから誘うなぁ~
と、まるで天気の話でもするかのように淡々とした言葉。
ノアノアだ。

──あ、はい。ありがとうございます。
答えて飛ばされてきたギルドの誘いにYesを選択した。

すると、ギルドログの左側、メンバー名にはズラッと知った名前が並んでいて驚いた。

──えっと…なんだかギルドの方々がほぼいらっしゃるような???

そう、そこに名を連ねるのは前のギルドのほぼ全部のメンバーである。

──ああ、ウサから事情が回って来て、ケイト以外のほぼ全員がこちらに移ってんぜ~。
そんな義勇の疑問を組み取るように、ノアノアが言った。

──え?え?ええっ?!!!で、でも、それじゃあケイトさんに申し訳が……

さすがにそれは焦る。
自分のせいで一つのギルドを崩壊させたのでは??
青くなる義勇の不安を今度はギルが汲み取って言う。

──ああ、大丈夫だ。お姫さんのせいじゃなくて、元々ケイトの独裁にみんな不満持ってただけだからな。

──そそ、だからユウちゃんのせいじゃねえよ。ここではケイトのような事にならないよう、新たにメンバーを入れる時も、最初にユウちゃんに怖い思いをさせねえように意見を聞いたうえで吟味するから、安心してくれよ。

と、最後にノアノアが穏やかな様子で言った。



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