ワールド商事の若き課長補佐、鱗滝錆兎25歳。
数々のプロジェクトをリーダーとして仕切り、成功へと導いてきた彼は、能力主義で若者でも能力があれば積極的に役につける事で有名なこの会社の中でも、かなり若い出世頭だ。
そんな錆兎の部署に、前任のお飾りだった上司の課長が左遷されてやってきた新しい課長、宇髄天元28歳。
こちらはこのワールド商事の社長様の息子で、社会経験のためにと取引先で6年経験を積んで、さらに自社を知るためにとワールド商事に転職。
しかしなまじ他は実力主義の会社だけあって、いきなり課長スタートのご令息に周りの目は非常に冷ややかで、赴任当初周りに全く受け入れられなかった。
その派手に整った容貌に玉の輿願望の女性が群がったのも、彼が現場から浮くさらなる要因になる。
実力はあっても部下が皆ついていかない。
それを上手に補佐して、本来の宇髄の能力を周りにわからせて受け入れさせていったのが錆兎だった。
宇髄はその少し軽々しく見える外見から対人に関しては相手によって得手不得手が分かれるが技術は優れた人間なので、現場近くにいればその優れた技術力に皆一目置くようになる。
逆に彼が苦手なタイプの対人関係は万人受けする錆兎が可能な限り引き受ける事で、部署は今まで以上にクルクルと順調に回り始めた。
今日も何故か昼休みに入っても新人が間に合わなかったシステムを納期に間に合わせるために自ら組んでいる宇髄の手からマウスを取りあげて、それを共有サーバーに保管すると、錆兎は
「お前のやるべきことは、瑣末な作業じゃないだろう?」
「いんや。なんかもう色々教えたり注意するより自分でやった方が早くね?」
「そんなことばかりしてたら下が育たん。
上に立つなら上手に人を使え
それに今は昼だ。
仕事は禁止。飯を食え」
と、宇髄とそんなやりとりのあと、顔をあげてフロア内を見回し、
「おい、お前んとこの新人の面倒は宇髄がやるっつっても、自分で見ておけ。
作成中のシステムはフォルダProBに入ってるから、やっとけよ」
と、本来やるべき新人の所属しているプロジェクトチームのベテランに返す。
そこでちょうど昼に出るところだったチームのリーダーが
「え~、天ちゃんがやったら俺らの半分の時間で済むのに」
と言うのに
「課長と言え、課長と!」
と言うが、
「自分は宇髄とか呼び捨てで呼んでるくせに」
と、突っ込みを入れられた。
それに
「ああ、わかった。明日からちゃんと“さん付け”で呼ぶっ!」
と、答えるが、おそらく明日には錆兎もリーダーも忘れている。
それでも宇髄は
「え~?!今更それ気持ちわりいわ。呼び方は今まで通り!これ課長命令なっ」
異議申立て。
それに対しても錆兎は
「都合の良い時だけ課長になるなっ!!とにかく宇髄課長に今必要なのは飯だっ!!」
と、どう聞いても上司に対する言葉とは思えないような言葉を吐きながら、手は手早く宇髄のデスクの書類をとりあえず片付けつつ返して、最終的にデスクが綺麗になったところで、宇髄の腕を取って立ち上がらせると、食堂へ強制連行する。
そしてワールド商事の社員食堂。
きちんきちんと栄養バランスのある食事の見本のように、まんべんなく栄養が取れるような食事をピックアップする錆兎の前で、宇髄はひたすら肉と炭水化物を頬張っている。
そこに有無を言わさず自分がピックアップしたサラダを追加する錆兎。
「…錆兎、これ……」
と、苦笑しつつ皿に視線を落とす宇髄に
「良いから食え。お前に体調崩されると全部被ることになる俺のおごりだ」
と、錆兎はようやく自分の食事に手をつけ始めた。
それに小さく吹きだす宇髄。
そして
「はいはい、母ちゃん。では遠慮なく。御馳走様です」
と、手を合わせる。
サラダを一口ぱくり。
そしてにこにこと3歳も年下の部署としては先輩の部下に視線を向けた。
「本当に…お前、他人の面倒見るため生まれてきたような奴だよな。
仕事どころか、遊びですら…」
ああ、美味しかった、ごちそうさん…と、昼食を抜かしかけていたわりには、いったん食べると決めてからはとても美味しそうに食べ終えた宇髄は、そう言って手を合わせた。
「ああ?」
と、宇髄から若干遅れて食べ始めてまだ食事中の錆兎が食べながら視線だけ宇髄に向けると、彼はにやにやと
「新人のお嬢ちゃん、ずいぶんと親身に面倒をみてるじゃねえか」
と、茶をすする。
その言葉に錆兎は複雑な顔になった。
「あ~…なんというか…ネット慣れしてない初心者がせっかく初ゲーム楽しんでいるんだから、変な輩で挫折することなく、楽しいままでいさせてやりたいというか……」
──はっきりいってあそこまで困ってますオーラ出されると放っておけなくないか?
と、眉尻をさげる錆兎に、
「そういうところがお前らしいよな」
と、小さく吹きだしたあとに、宇髄は
「でも…」
と、少し真顔になった。
「ん?」
「ユウちゃん、リアル女だと思うか?」
と、壁に口あり障子に目ありとばかりに声をひそめて言う宇髄に、錆兎は、あ~…と、天井に視線をやって、少し考え込んだ。
「俺はネットの知人のリアルに関しては一切気にしないし追及もしないという主義なんだけどな…」
と、前置きをした上で、
「女にしては女っぽすぎるんだよなぁ…とは思う」
と、続ける。
「はあ?」
ポカンとした顔をする宇髄。
「えっとな、俺、結構いっしょくたに育てられた女の従姉妹がいるんだけどな、こいつが見た目は立派な女なんだけど、中身が…な、もっとたくましいというか…。
で、学生時代とかに周りにいた女達も一皮むけばそんな感じで、なんというか…女ってもっとギラギラしてるイメージなんだよな」
「…ふ~ん……じゃ、男だって?」
「ん~それもなんだか違うというか……
ネカマのカモフラージュの話題にしては、本気で色々詳しいしな…
雰囲気とかもなんか自分や宇髄とかと同性とは思えないんだが…」
「そうだよなぁ。
美味しいお茶の淹れ方とか、刺繍の糸の話とか、好きな花の話とか、そうと主張するわけじゃねえのに、会話の端々に女っぽさがにじみ出てるんだよなぁ」
「…宇髄はどっちだと思う?」
「俺は女だと思う。
ああ、でも別に粘着とかする気はねえけどな?
ただ、対岸の火事を野次馬として眺めてえだけで」
という宇髄の言葉に、──宇髄らしいな──と、錆兎が大きく息を吐き出す。
それに対して宇髄はコメントはせず、話を最初に戻す。
「で、お前は結局どっちだと思ってるんだよ?」
「ん~~難しいところだけどな…。
今時の女にしては女らしすぎて、でも男っぽい感じもしない。
だから…そうだな、……世間知らずな老婦人ってとこか?
まあリアルはどうでも良い。
ネット内のことはネット内の情報で進めるのが良識あるゲーマーだろ?
…ということで宇髄、協力しろ」
食べ終わってカトラリを丁寧にトレイの上に置くと、錆兎は──宇髄は食後はコーヒーだな?──と確認を取って立ち上がり、自分には煎茶、宇髄のためにコーヒーを取ってくる。
(本当に…こういうところが粗雑なようでいてマメなやつだよなぁ…)
と、当然のようにそれを行う錆兎を見てしみじみと思う宇髄。
「ん?どうした、宇髄」
と、視線に気づいた錆兎が綺麗な形の眉を寄せるのに、宇髄は
(プラス、俺ほどじゃねえにしてもイケメンってところが心憎いよなぁ)
と、心の中で付け加えつつ、
「いや、それより錆兎、協力ってなんだ?」
と、話を元に戻した。
「宇髄、ギルド立ちあげてくれ」
「はぁ??」
錆兎のいきなりの申し出に、宇髄はポカンと口を開けて呆けた。
「ギルドって…あの、ギルドだよな?」
「ああ。俺達が今入ってるアレだ」
「そいつはまたどうして……」
という言葉には二つの疑問が込められているが、錆兎はそれを正確に読みとったようだ。
「ケイトのギルドにいる限りは個人であいつのアプローチをシャットするのが難しい。
で、何故自分でやらないかというと、俺が最近、国を移籍してしまったから、ギルドを立ち上げるにはランクが足りない」
と、新たにギルドを立ち上げる理由と宇髄にそれを任せる理由をきちんと答える錆兎に、宇髄は秘かに
(両方答えて来やがったか…やっぱり出来る男は違うねぇ…)
と、感嘆のため息をつく。
「それ…俺がやると色々曲解されそうじゃね?」
影での協力なら良いが、出来れば中心人物にまではなりたくない…そんな思いから無駄とは思いつつも小さな抵抗を試みてはみるが、
「ランクが足りなくて立ちあげられない俺の頼みだって言ってくれても良い。
なんなら他のメンツへの根回しもすませておく」
と、拒否権を与えない気満々な様子で答えてこられて、宇髄は
「ほんと…頼むぜ?」
と、大きく肩を落として、それでも承諾した。
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