このところ任務続きということもあり明日からは驚きの3連休なので、まあ今日は軽めにと一度だけ。
珍しく義勇も意識を保っていて、事後にはちゃんと歩いて風呂場に行って二人で身を清め、錆兎が敷布を替えてくれた布団で今度は眠るために横たわった。
同性ではあるが180cmある錆兎とは15cmほど身長も違えば筋肉の量も違う。
幼い頃から同じ布団で抱え込まれて眠ることも多かったが、年を経るごとに体格差を実感した。
そうやって腕の中にすっぽり収まってしまうくらいであっても義勇は男だ。
女のように柔らかな肉体ではないし、錆兎には遠く及ばないとしてもそれなりに筋肉がついているし、抱き心地が良いとはいえないのではないか…と、時折思う。
それでも錆兎は時折眠っていても義勇の名を呼んだりするので、求められてはいるのだろうな…と、その都度義勇はホッとするのだった。
その日もウトウトとしながら、そんな風に錆兎が自分の名を呼ぶ声にムフフっと小さく笑みを浮かべていると、なんだが襟首をグイッと引っ張られる感じがした。
驚いて振り向こうにも身体が動かない。
それでも義勇は焦ったり怯えたりはしなかった。
だって義勇にはなんだかわかっていた。
錆兎が呼んでいるのだ。
たとえそれがどういう状況でどこに呼ばれているにしろ、錆兎が呼ぶ場所に行くのに何を恐れることがあるものか。
そう思って義勇は力の流れに身を任せた。
暗いトンネルに放り投げられて滑り落ちるような感覚。
その先には光が見える。
すごい勢いで光の中に飛び込むと、何故かそこは列車の中だった。
目の前には錆兎の宍色の頭。
列車の座席に座る錆兎の横の通路には弁当箱を広げた見知らぬ怪しい女がいて、嫌がる錆兎に無理やり何かを食わせようとしている。
何をしてくれるんだ、この女っ!!
そう思った瞬間、思わず
──いい加減にしろっ!!
という言葉が口を付いて出た。
そうして女から錆兎を引き離すべく、錆兎の首に後ろから腕を回す。
「義勇っ!!お前何故ここにっ?!!」
と、驚く錆兎。
何故と言われても義勇だってわからない。
ただ錆兎の呼ぶ声が聞こえただけだ。
錆兎にどう答えようか迷っている間にも、怪しい女は錆兎の方に手…もとい箸を伸ばそうとしている。
正直料理は旨そうだ。
女の手作りなのだろう。
そんな事を思って義勇は料理の出来ない自分を振り返る。
日々の食事はいつもいつも錆兎が作ってくれて、義勇が美味いと言うと、それは良かった、と、とても優しくも格好良い笑みを浮かべてくれるのが日常だ。
義勇はそれですごく幸せなのだが、錆兎はやっぱり料理も出来ない男の自分より料理上手の女の方がいいんだろうか…
そんな風に弱気になってみたものの、しかし今実際に料理上手らしい女から迫られて錆兎は迷惑がっている。
そうだ!落ち込んでいる場合じゃない!!
と、義勇は錆兎の態度に気を取り直して
「錆兎は俺の恋人だっ!」
と、女をにらみつけた。
その義勇の言葉に錆兎から少し嬉しそうな空気が漂ってくる。
義勇は他の人間の考えている事を察するのが凄まじく苦手だったが、唯一錆兎のことだけはわかっているつもりだ。
そして…今錆兎は義勇のことは歓迎していて、女のことは嫌がっている。
それだけが義勇にとって重要なことだった。
義勇は飽くまで錆兎の守り手なのだから、こんなわけのわからない女に負けるわけになんかいかないのである。
そこでまず敵を知ろうと
「だいたいお前は誰だっ!」
と、問いかけるが、女は義勇をガン無視で
「俺はダメでそいつは良いのか?」
と、錆兎の方へと向かう。
そこで錆兎が義勇の問いに答えてくれた。
「こいつはこの世界の冨岡義勇らしい」
と、その答えは義勇にとって衝撃的なものだったわけだが……
え?ええ???これが俺??
びっくり眼で固まる義勇だが、その後に錆兎が今度は怪しい女に
「何度も言うが俺の”義勇”はこいつだけだ」
と、答えながら後ろ手に義勇の頭をくしゃりと撫でてくる感触で、義勇の思考はゆっくりと動き出した。
女…女だよな?
と、一応自分は男なので性別が違うということだよな?と、失礼と思いつつも大きく開いたその隊服の胸元に視線を向けると、
「ああ、こっちの義勇は女らしいぞ」
と、錆兎はその言外の疑問にも答えてくれる。
女…か…と、思った瞬間に一応別世界でも自分だと思うと湧き上がる怒りと羞恥心。
「女なら”俺”とか言うな!
はしたないとこちらの蔦子姉さんから教わらなかったのか」
と、まずそこから突っ込む。
「胸や足を出して男に迫るなど笑止千万!
俺の顔で変なことをするなっ!」
義勇は男だったが、もし女でこんな格好や言葉遣いをしていたら、確実に蔦子姉さんに叱られていた。
優しい姉だったが、そのあたりは厳しかった記憶がある。
それまでは突然この世界に引きずり込まれた驚きで気付かなかったが、確かに顔立ちは自分に似ている。
…というか、目に光がないのは、おそらく前世の自分もそうだったと思う。
錆兎を失ってから、感情という感情が抜け落ちていた。
だからそれは良い。
だが、この変な色気はなんなんだ!!
まるで男を誘うような格好と空気。
ああいう格好は甘露寺のように明るい娘なら健康的で可愛らしいかもしれないが、退廃的な色気を漂わせながら身につけたら、ただの娼婦だ。
それを自分だと思うと恥ずかしくて、さらにそれを錆兎に見られていると思うと泣きそうだ。
あんなの自分じゃない!と、声を大にして叫びたい。
そうして義勇が真っ赤な顔で泣きそうになっていると、錆兎がこちらの宇髄に
「ああ、蔦子さんというのは義勇の亡くなった姉だ。
“俺の”義勇はぽやぽやした天然なところがないとは言わないが、元々お育ちが良いのもあって姉から躾けられてるから羞恥心は多分にある」
と、説明をしつつあの怪しい女と義勇は違うのだとフォローを入れてくれる。
良かった。
他から変に思われても仕方ないと諦められるが、錆兎に誤解されたら死ぬしかない。
なにしろ義勇は今生では錆兎と共に生き、錆兎と共に死ぬために人生を送っているのだ。
だから錆兎さえわかっていてくれるなら…と思って安堵したが、説明を受けた宇髄も
「なるほど。確かに似てても全くの別人だわ」
と、その説明に納得してくれたようである。
さすが錆兎だ。
俺の自慢の恋人だ、と、義勇は改めて惚れなおす。
そうして今度こそ心の底からホッとした義勇だったが、動揺のネタは波状攻撃のように振ってきた。
その後…なんと今度は実弥と杏寿郎があらわれて、錆兎と女を応援しているような事を言ってきて、義勇は泣きそうになる。
お前達、俺の友人じゃなかったのか?
と、言いたいところだが、この世界では義勇よりも怪しい女の友人なのだろう。
女は女で『同じ俺でも俺は胸があるぞ』などと言って豊かな胸を強調した。
それはずるい…と義勇はぺたんこの自分の胸を見下ろして思う。
性差を出されたらどんなに人として磨こうが、努力しようが、敵わないじゃないか…
柔らかさのない男の義勇の身体より、そりゃあ女の身体のほうが抱き心地も良いだろう。
そこを突かれたら義勇はもう何も言うことは出来ない。
女に生まれたかった…と思ったことは特にはなかったが、それが原因で錆兎を取られるくらいなら女に生まれた方が良かった…と、心の底から思った。
それに錆兎は自分の好みの相手かどうかに胸の大きさは関係ないと言い切ってくれるが、嬉しさと安堵に義勇が抱きついたままの錆兎の肩口にホッとして顔を埋めるのも束の間、そこで杏寿郎がさらに義勇を絶望に突き落としてくれる。
「しかし…君の後ろの同じ世界の冨岡は男性じゃないのか?
連れ合いとするならやはり同性ではなく異性だろう」
そう…胸の大きさよりもっと直接的でどうしようも出来ない問題だ。
義勇だってわかってる。
今まで不思議と性別で不安に思ったことはなかったのだが、ここに来て初めてそれを思った。
悲しくて心細くて心臓が爆発しそうだったが、そんな義勇の気持ちを錆兎はちゃんとわかってくれていた。
錆兎に抱きついている義勇の腕をポンポンと軽く叩きながら
──わかっているだろう?
と、優しく問いかけてくる。
(俺にはずっとお前だけだ…)
と、これまで何度も言われてきたその言葉が義勇の脳内を埋め尽くした。
そうだ、錆兎は軽々しく他に行ってしまうような男じゃない。
それを思い出して義勇がホッと力を抜いた瞬間だった。
「笑止千万っ!!」
と、錆兎がビリビリと空気が震えるような声で言った。
「俺は俺の人生に必要な伴侶の見分けもつかぬような男ではない!!
男も女も関係ない!
俺の伴侶は今も昔もこの先も、よしんば死して生まれ変わろうと、この今後ろにいる俺の義勇以外にはあり得ない!!」
そう宣言する錆兎はすごく凛々しくて、ありえないほど格好良い。
その後…返す刃で杏寿郎や実弥に錆兎が色々言い返していると、何故か世界が震えた。
ピシピシと目の前の空間がひび割れて、やがてパリーン!と音をたてて、目の前の空間が粉々に砕け散った。
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