「んあ?」
今日も追ってくるもどきを撒いて任務に向かう汽車の中、合流した宇髄はちゃんと錆兎の分の弁当まで買って取っておいてくれている。
こちらの宇髄も本当に宇髄そのもので、こちらの世界でも自分の世界と同じような感覚になってきた。
もちろん実弥や杏寿郎についてもそうなってはきつつある。
が、宇髄は相も変わらずこちらの”義勇もどき”に惹かれているこの世界の男の中では唯一、それでもそれについて論理的に考えられる理性がある気がした。
だから現地まで数時間、二人きりの今、錆兎は自分の疑念を宇髄にぶつけてみることにする。
「おかしいって何がだ?」
ただの世間話の域を超えた話をしようとしているということを、錆兎の声音だけで感じ取れる観察眼はさすが宇髄だ。
空気を読むということに関しては錆兎など遠く及ばない。
尊敬する相手というのは鱗滝師匠や桑島老など多くいるが、頼れる相手、気軽に相談出来る相手ということになると、やはり宇髄だな、と、錆兎はしみじみ思う。
とりあえず重要なことなのだろうと、飯を口に運んでいた箸を止め、話を聞く体制でこちらに視線を向けてくれている宇髄に、錆兎は
「まず個人の性格や容姿にケチを付けるつもりはないという前提で聞いてくれるとありがたい」
と、前提付けをしてみたが、それでもう察したらしい。
「ああ、義勇のことか。
みんないまではお前の事をすげえ信頼はしてるが、あいつのことになるとムキになるからなぁ。
まあ安心しろ。
俺はお前が自分の好き嫌いや感情で他人を貶す発言をしたりすることはねえってわかってるから。
で?何がおかしいと思うんだ?」
と、錆兎が躊躇している理由も正確に読み取った上で促してくれた。
よく錆兎自身、鬼殺隊1の頼りがいのある男だとか包容力があるだの言われるが、錆兎からするとむしろ宇髄のほうがそうだと思っている。
他の柱は後輩で、共に走りながらも時に導いてやらねばならない感があるが、宇髄だけは自分の方が無条件に頼れる男だ。
それはこの世界でも変わらない。
なので錆兎はその言葉に甘えて率直なところを口にしてみた。
「何故みんなそろってあの義勇を好きになるんだ?
別に好きになる奴がいるのがおかしいとは言わない。
でも性格も好みも様々なはずの鬼殺隊員の男がもれなく全員というのはおかしくないか?
俺のいた世界が正常でこの世界がおかしいとは言わない。
言わないが、この世界は腑に落ちないことが多すぎる」
「ふむ…まあ、言われてみりゃあそうだよなぁ…。
女の好みなんて多数派少数派はあったとしても、全員全く同じってのは確かに不自然だ…」
そう言われて初めてそのことに気づいたらしい。
そう言えば俺はなんでそこまで執着してたんだっけ…と、首をひねった。
「美人は美人だけどな…俺の嫁達だって美人だしな。
色気がすげえが、うちの嫁達だってくのいちだからその気になればすげえし、そのあたりは慣れてる。
無防備で放って置けない…かぁ?
う~ん…不死川あたりならありがちだが…」
「いや、でも不死川の好みは見た目清楚で真面目で優しい系だと思う。
例えるなら…胡蝶カナエのような…」
「あ~、わかるわっ!そんな感じっ」
「少なくとも自分は胸元全開にしていても、自分の恋人が胸元全開にしていたら羽織でぐるぐる巻きにすると思うし、胸元全開フェロモン撒き散らし系女子は選ばないと思う」
「…すげえ言い方だな。まあ、正しいけど……」
「でもって杏寿郎は好みは凛としたタイプかと。
静かだがしっかり者で、良妻賢母といった感じの。
不死川と同じく羞恥心ないぼや~っとしたタイプは選ばん」
「わかりすぎて言葉がねえな…」
「伊黒に至っては甘露寺以外に興味を持つのがそもそもおかしいだろう。
あいつが好きなのはわかりやすく明るく愛らしい普通っぽい娘だ」
「まさに…まあお前が来てちょっと経ったくらいから、伊黒と甘露寺は大接近してる気がするがな。
なるほど、性格が全く違うあいつらが、揃いも揃って義勇だけに惚れるのは確かになんだろうと思わないでもねえな。
他の隊士達もそういえばこぞってあいつに夢中だし、なびかないのはお前くらいって、普通に考えれば不自然だ」
「だろう?
それだけじゃない。
白黒はっきりしたい系、努力を尊ぶしのぶがあの義勇と親友と言うのがそもそも解せん。
男を全て虜にする退廃的なフェロモン撒き散らし系の女って、そもそも同性からは一番嫌われるタイプじゃないか?
男も女もあいつに夢中って不自然じゃないか?」
「まあ…そう思うが…結局何が言いてえんだ?
不自然は不自然かもしれねえけどな、何か実害あんのか?」
「もしそれが自然な感情じゃなくて、造られたものだったとしたら?」
「…っていうと?」
「みんながあいつに操られていて、あいつが悪しき方向の何かとつながっていたとしたら?」
「ちょっと待ったっ!」
と、そこで宇髄は初めて顔色を変えた。
「単に人に好かれたい、それだけで、会う人間が全員自分の虜になるような大掛かりな術を使うとは俺には思えない。
となると…何かとてつもないことを隠しているんじゃないかと…」
「それ…すげえやべえぞ。
なんで今まで黙ってたんだよ」
「皆があいつに魅了されてるからな。
人間関係がそれを超えるくらい作れていないと、信じるどころか俺が外されて終わりだろう?
いまでもそれを周りに指摘してわかってもらえる自信はない。
だが宇髄は…宇髄なら、自分の感情と現実を切り離して考えて判断できると思った」
「あ~…うん、確かに…な。
お前のその判断は正しいわ。
俺はお前を信用している。
客観的に考えればお前の考えが正しいのもわかる。
まだ感情が少しも残っていないとは言わねえが、確かに警戒すんのが正しいって判断は下せるわ」
はぁ~と宇髄は大きく息を吐き出した。
「結局…お前が別世界から来たのは、惑わされている俺らの目を覚まさせるための神様のお導きってやつかもしれねえな…。
だからお前だけ惑わされねえのか…」
「いや…たぶん俺には本物の義勇がいるから。
俺の義勇は俺の半身なんだ。
修行時代からずっと一緒だった。
本当は戦いとか好きな人間じゃないんだけどな、俺が鬼殺隊の道に進むからついてきてくれた。
大人しいけど芯が強くて、よく泣くしよく笑う。
キラキラした目をしてて、饒舌じゃない分、その澄んだ目で雄弁に語るんだ。
すごく愛らしく、すごく愛おしい。
俺の世界で一番大切な宝物だ」
と、そこまで話してハッとする。
「お前…お前の世界の義勇を語る時めちゃくちゃ良い顔すんなぁ…」
と、笑う宇髄。
「う…仕方なかろう?
前にも話したが俺の義勇はいつでも俺と共にあって、俺に足りない部分を当たり前に埋めてくれる出来た恋人なんだ。
最強の柱などと持ち上げられたところで、義勇の防御部分での補佐がなければ俺はすぐ死ぬ。
そう、それもこの世界はおかしい。
俺の世界に比べてあまりに鬼が弱い」
ああ…義勇に会いたい……
と、そう思ったのが悪かったのだろうか…いきなり列車の通路を走ってくる人影。
「錆兎(はぁと)。こんなところにいたのか。ちょうどいい。弁当を作ってきたんだ。
食べてくれ」
と、重箱を手にしたこの世界の義勇もどきが現れる。
おかしい。おかしいだろう?!
確かに駅に向かう前に撒いたのに、弁当を作って追ってくるなど不可能だろう。
「要らんっ!」
と言ったのは、なにも感情的な意味だけではない。
”ありえないことを引き起こす”この義勇もどきは何かがおかしい。
そんな人間が作った物を無防備に口にするほど錆兎は危機感がなくはない。
なので断固として拒否したわけなのだが、“もどき”は勝手に錆兎の席の横の通路にしゃがみこんで弁当を広げ始める。
「やめろっ!通行する人間に迷惑だ」
と、錆兎が言えば、彼女は当たり前に
「宇髄…悪いが席を移動してもらえないだろうか…」
などと言うので、錆兎はキレそうになる。
そして…
──いい加減にしろっ!!
と、錆兎が口を開きかけた時、いきなり後ろから声が聞こえた。
グイっと後ろから腕を回される。
誰の…なんて錆兎にわからないはずがない。
あれほど会いたいと願った恋人様だ。
「義勇っ!!お前何故ここにっ?!!」
驚いて振り向けば、そこにはプンスコプンスコ怒りながら、こちらの世界の義勇もどきを威嚇している義勇。
「錆兎は俺の恋人だっ!」
と言う言葉になんだかほわほわとしてしまう。
もちろん互いに想いあっているのは知ってはいるが、改めて言われるとやっぱり嬉しい。
もうこうなると義勇がどうしてこちらに来たかなんてどうでも良くなってしまった。
そんな風に錆兎が機嫌を直していても、義勇は当然機嫌が悪いままだ。
「だいたいお前は誰だっ!」
と、錆兎にしがみついたまま義勇が言えば、義勇もどきのほうはやっぱり感情の今ひとつ読めない表情のまま
「俺はダメでそいつは良いのか?」
と、義勇をガン無視で錆兎の方に問いかけてくる。
錆兎はそれに対してもどきの質問よりも先に
「こいつはこの世界の冨岡義勇らしい」
と、義勇の質問に答えてやったあと、
「何度も言うが俺の”義勇”はこいつだけだ」
と、後ろ手に義勇の頭をくしゃりと撫でた。
錆兎の答えに義勇が驚いたように相手に視線を向けて、そしてその視線が胸元で止まったので
「ああ、こっちの義勇は女らしいぞ」
と、錆兎はその言外の疑問にも答えてやる。
すると義勇は
「女なら”俺”とか言うな!
はしたないとこちらの蔦子姉さんから教わらなかったのか」
と、まずそこから始まる。
「胸や足を出して男に迫るなど笑止千万!
俺の顔で変なことをするなっ!」
「ああ、蔦子さんというのは義勇の亡くなった姉だ。
“俺の”義勇はぽやぽやした天然なところがないとは言わないが、元々お育ちが良いのもあって姉から躾けられてるから羞恥心は多分にある」
「なるほど。確かに似てても全くの別人だわ。
なんで俺はあいつが好きだと思ってたのか、急にわからなくなってきた。
俺にも可愛い嫁が3人もいるのにな…」
と、宇髄がなんだか目が覚めたようにそう言う。
本当に…甘露寺が持っていた、何故か登場人物全員に想われるご都合主義な総受け天然エロ女に、さらにご都合主義的にその女を含めた全ての女に言い寄られるというぎゃるげえむ本の主人公のような状況になっている自分。
誰が書いた台本だっ!
こんなバカバカしい世界を造った神に、思い切り【解釈違いだっ!!】と、罵ってやりたい。
まあ錆兎もそれが【神】ではなく、【鬼】によって造られた世界だということは気付かないのだが…
そんなことを考えていると、今度は何故か列車の通路を実弥と杏樹郎が駆けてくる。
何か世界がピキピキ言っているような気がするが、おそらくそれは錆兎が様々なものの気配を強く感じる体質だからだろう。
錆兎自身が創造主の思う方向に行かないだけではなく、本来は絶対に思う方向に進むはずの夢の中の登場人物の考えにまで影響を及ぼしたり、本来は招いていないはずの錆兎の世界の義勇まで引きずり込んでしまったことで、夢の世界が歪み始めていた。
それでも夢鬼は説得をさせるため柱二人を列車内に呼び寄せて配置する。
そして錆兎のすぐそばまで来た実弥と杏寿郎の二人はそれぞれに
「俺ァ、錆兎なら義勇のことを幸せにしてやれるって思って身を引くことにしたんだ。
幸せにしてやれよぉ」
「錆兎、何故冨岡の気持ちを受け止めてやらない?!」
と、迫った。
義勇もどきも
「同じ俺でも俺は胸があるぞ」
と、露出した胸を突き出してきた。
胸…好きだろう?!
人間の男なら大きな胸が好きなものだろう?!!
と、夢鬼は心のなかで声を大にして言うが、錆兎はあっさり
「胸があろうとなかろうと、俺が好きなのは俺の義勇ただ1人だ。
もし俺の義勇が何かあって胸が大きくなったとしたら、それは世界で一番好ましい胸だが、いま義勇の胸が平たい状態なら、その胸が俺にとって世界で一番好ましい。
重要なのは胸の大小ではない。
それが俺の義勇の胸かどうかだ」
と、断言する。
それに、おお~!と拍手をする宇髄。
義勇は後ろから抱きついたままの体制で、嬉しそうに錆兎の肩口に顔を埋めた。
「しかし…君の後ろの同じ世界の冨岡は男性じゃないのか?
連れ合いとするならやはり同性ではなく異性だろう」
と、それに杏樹郎が意義を申し立てる。
それに抱きついている義勇がピクリと身を固くした。
もちろんそれに気付かぬ錆兎ではない。
後ろから回されて自分の前で交差された義勇の腕をポンポンと軽く叩いて
──わかっているだろう?
と、穏やかに笑う。
それに義勇の身体から少し力が抜けた。
「笑止千万っ!!」
と、ビリビリと腹の底から出す声にその場の空気が震えた。
「俺は俺の人生に必要な伴侶の見分けもつかぬような男ではない!!
男も女も関係ない!
俺の伴侶は今も昔もこの先も、よしんば死して生まれ変わろうと、この今後ろにいる俺の義勇以外にはあり得ない!!
俺はこの身が存在する限り義勇だけのものだし、義勇も同じだ。
例えこの世界の俺が死んでいようと、他の男はもちろん、相手が別の世界の俺であろうと、自分が共にあるはずの俺以外にフラフラとなびくような時点で、その女は顔が似ていようと名が同じだろうと、俺にとって義勇の因子などかけらもない。
俺と義勇の絆をそんな脆くも軽々しいものだと思ってもらっては困る!」
そう断言する錆兎の後ろで義勇が満足気にうんうんと頷いている。
一方でこの世界に”義勇もどき”はありえないはずの展開に動揺して青褪めた。
ピキピキとひび割れる世界。
その亀裂をさらに大きくしたのは、錆兎の言葉…
「そもそも、杏寿郎、お前は凛とした女が好みだと言っていなかったか?
何故ぽやんぽやんとしたこの女に惹かれたんだ?
実弥もだ。
お前が退廃的な色気をダダ漏らす女が好みとは思えないんだが…。
それぞれに好みの女の容姿や性格は違うであろうお前たちが、揃って何かに憑かれたようにこいつに言い寄っていたのは何故なんだ?」
そう言い終わった瞬間、パリン!と世界が割れた。
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