ずっと・現在人生やり直し中_地下に広がる怪異_2

室内には左右の壁に沿って5個ずつ、あわせて10個の大きな筒状の水槽が並んでいた。

下から青いライトで照らされた各水槽の泡がぶくぶくと浮かぶ水の中にきらびやかな衣装の若い女性が浮いている。



おそらく消えた役者の成れの果てなのだろう。
何の演目の衣装を着ているかは様々だが皆一様に身体に数本の管をつけられていた。

全員眠っているように目を閉じているが、確かに生きてはいるらしく、何人かは時折苦悶の表情を見せたりもする。

8年ほど前、宇髄と最後の慣らし戦闘で遠出をした城でみたのと似たような光景だ。
あの頃はまだ自分達も13歳と幼くて、義勇には見せないように…と、宇髄に頼んで対応を任せたのだが……



「こ…これって……何…ですか?」
後ろで善逸の震える声が聞こえる。

「ん。おそらくだが…空気、栄養をそれぞれ摂取させる筒、あとはおそらく試験的に人間と鬼か鬼舞辻の因子か何かを掛け合わせてるんじゃないか?
こっちの筒からなんらかを体内に送り込んで受精が完了したらこっちの横のチューブから受精した卵を排出、で、そのまま下の管を通して隣室へって仕組みだと思うが…」

おそらく8年前に見たのと対してかわらない。
むしろまだ続けていたのか…と苦々しく思いつつ淡々と言うと、

「ちょっとっ!!リアルに説明しないで下さいよぉぉっっ!!!!」
と、それを聞いて善逸が絶叫した。

「…これ…どうするんだ……」
義勇もさらにぎゅっと強く錆兎の服の裾を掴みながら言うのに、錆兎はそれにも淡々と

「8年前に宇髄と一緒に行った任務でも同じものがあってな。
その時は破壊した。
今回もソレが正しいな。
おそらくもう装置と分離は出来んし、こうしている間にもまずいものが出来ている可能性もある。
処分するから義勇も我妻も無理そうなら隅に待機しとけ」
と、刀を振り下ろした。

ガシャン!!と割れるガラス。
管と割れたガラスと水の中でのたうち回る女達。
その一人一人にトドメを刺す。

本当は2人にも慣れさせた方がいいのか…と思いはするが、鬼を斬る事に慣れさせても、人を斬る事に慣れさせることはない。
自分ですらあとでうなされそうだ。

そう言えば8年前…同じ事をやる羽目になった宇髄はまだ15だったはずである
そう考えると宇髄はすごいやつだった…と、ため息が出た。

20歳を超えてもまだ15の頃の宇髄が出来た事でうなされるかもなど、未熟にもほどがある…と、錆兎は思う。


こうして床に広がる血に染まった舞台衣装の数々…。
そして…血に濡れた手…。
人の血で汚れた手……

一瞬それを呆然と見ていると、そっとソレが綺麗な布地に包まれた。

「…俺は知っているから…。
この手は俺や我妻に辛いことはさせまいと、俺達の心を守ろうとしてくれた手だ。
全てを錆兎にかぶせるような情けないやつでごめん。…未熟者でごめん…。
でも絶対に拭うから。
どれだけ錆兎の手が汚れても、どんなに汚れて帰ってきても他の誰にわからなくても俺だけはちゃんとわかってるから。
この手は、俺にとっては世界で一番大好きな大切な手だから。
何度だって綺麗に拭うから…」

襦袢を切り取ったらしい。
真っ白な綺麗な布地が手についた血で染まっていく。
義勇は丁寧に丁寧に錆兎の手をそれで拭い、最後に綺麗になったその手にそっと唇を寄せた。

さらりと溢れる黒い髪が白い顔にかかる様が本当に清らかで美しいと思う。
綺麗で優しい義勇。
それがこうして寄り添ってくれるのだから、このくらいどうってことはない。
十分耐えられる。

「ん。ありがとな、義勇」
と、少しだけ抱きしめて気力を補充させてもらって、それから改めて奥の部屋の気配を探る。

そしてため息。
善逸と義勇をあまり連れて行きたくはないが、2人だけで残していくのも心もとない…。
そうやって一瞬迷っていると、義勇が

「俺は錆兎とどこまでも一緒だ」
と、隣に寄り添い、善逸も音である程度予測はついているものの、ある程度は諦めの境地なのだろう。

「俺は錆兎さんに守ってもらわないとなんでっ!」
と開き直る。


そんな2人に小さく笑って、

「じゃ、行くか」
と、錆兎は奥のドアに手をかけた。


そのまま錆兎を先頭に奥の部屋へと進むと、そこには何故か多数の壺。
それもただの壺ではない。

そこには今度は男の役者のものらしい身体の部位が、色々と融合したようなものがある意味花を活けるように詰め込まれていた。

うげえぇぇえ―――!!
と、隣に立つ義勇にしがみつく善逸。

その声に応えるように

──本当に…師匠の言う芸術というものは悪趣味この上ない。悲鳴をあげるのもわかりますよ、ええ。

と、声がした。


「どうせ人間を素材にするなら、私のように有意義に少しでもあの方のお役に立てる研究でもすればいいのに、このような無駄遣いを…。
まあ、♂では役にたちませんし、私の研究の残り者の再利用なので良いと言えば良いんですけどね」

手にはメスを持ち、白衣に片眼鏡。
見た目の年齢は20代から30代ほどには見えるが、気配はしっかり鬼なので実年齢はかなりのものなのだろう。

「役者達をかどわかしていたのはお前か?」
と、錆兎が問えば、いかにもいかにもと、芝居がかった様子で笑みを浮かべた。

「あなた達は確か8年前にもひとの留守中に研究所に押し入って、せっかくの研究をめちゃくちゃにしてくれたかと思えば、またですか。
おかげで3博士の中で私だけあの方のお望みを満たすための研究が進みやしません。
どうせなら師匠が来ている時に来てくれれば、少しは良かったのかも知れませんが、まあしかたがありません。
私は知性派なので私の優秀な作品達と、少し戯れてもらいましょうか。
それでは今日の演目は、さらば友よ永遠に…出演は元鬼狩りの皆さんです!!」

パチパチパチと爆竹が鳴り響き、奥の方から黒い集団が飛び出てくる。
見慣れた隊服をまとうその姿は、しかし頭に異形の者であることを示す角が生えている。

──うそ…うそ、うそ、うそ、うそーーー!!!

その中に最終選別の時に見知ったあたりを見つけ出して、善逸は頭を抱えて絶叫すると、そのまま意識を失った。
それを後ろで義勇が慌てて支える。

そんなふうに入隊後1年にも満たない善逸ですら見知った顔があるわけだから、当然錆兎と義勇の見知った顔も見受けられた。

…さ…錆兎……

青ざめる義勇に、錆兎は小さく息を吐き出して

──俺は最悪でもお前さえ無事でそばにいればソレでいい…あの最終選別後の夜に、そう心に決めたんだ!!

と、刀を抜いて走り出そうとした瞬間に、後ろから何かが疾走してきた。


──壱の型…霹靂一閃…!

と、電光石火の勢いで、鬼の首が落ちる。

そこにはいつもの泣きそうな…あるいは泣いてしまっている気弱そうな少年とは思えない凛とした様子で刀を握る善逸の姿。

新人にこんな様子を見せられたなら、柱として臆するわけには行くまい。


「義勇、お前は一応我妻の補佐してやってくれ!
俺は普通に倒すから」

と、錆兎がそう指示をして、自分も打ち潮を中心とした水の型で首を刎ねていき、義勇は善逸を追って凪を使った。


相手が元仲間だなどと迷う気持ちは、あまりに見事な善逸の剣撃に対する驚きの前にすっかり薄れてしまった。

ひたすらに壱の型しか使わないのは気にはなるが、さすが桑島老の弟子と感心するほどには素晴らしい太刀筋だ。

しかもとにかく動きが早い。
在りし日の桑島老を思い出して、錆兎は懐かしい気分になった。
そうか…あれからもう5年ほど経つのか…と、そんな事を思ったりもする。

それもおそらく見知った顔を躊躇なく斬るための現実逃避のひとつなのだろうが、幸いにして呼吸は使ってくるものの一般の鬼と違ってそこまで強いわけでもなく、異形の技を使うわけでもないので、そこまでシビアな戦いを強いられることもなかった。

こうして3人で数十人…床に黒い遺体が並んだ瞬間、何か糸が切れたように善逸がふと倒れた。


気づけば黒幕には逃げられていたが、これはもう仕方がない。
これだけの敵を3人で相手にしていれば、どうやっても追う時間はなかった…と諦めて、この場でおそらく村田達が連絡をしてくれているであろう隠の到着を待つことにした。



「…隊士になったとは言ってもまだ1年目、16歳だ。
鬼になったとは言え、元の仲間を斬るのはつらかったのだろう……」
と、義勇が気を失っている善逸の頭を座った己の膝に乗せて、その髪を優しく撫でている。

さきほどのすさまじい気迫が嘘のように、義勇の膝を枕にして眠る顔はまだあどけなさすら見え隠れしていた。

正直、入隊してまだそう経っていないはずの新人にしては随分とやるものだと思ったが、かなり無理をしたのだろうか…

「…そうだな…。
ずいぶんと気が弱いように見えたが、必要な時には男を見せる大した隊士だ」
と、それを見下ろす錆兎の表情も優しい。


その時ぼんやりと目が開く。
目の焦点があっていないので、完全には目が覚めていないようだ。
ぽやぁとした顔で義勇を見上げる。

そんな善逸に
「…目が覚めたか…?お前は本当に頑張った…よく頑張ったぞ。大した男だ…」
と、さらりと髪を撫でながら義勇が微笑みかけると、善逸はへらりと笑みを浮かべて

「…じゃあ…結婚してください」
といきなり発言。

…ピキッ…!…

とたんに下がる室温。
あふれる殺気に、ひぃっ!と悲鳴を上げて、また目を閉じた。


「……錆兎……」
と、綺麗な眉を少し寄せて、それに僅かな批難を乗せて見上げる義勇を、錆兎は
「…なんだ?」
と不機嫌に見下ろす。

「寝ぼけていただけなのに、そこまで怒らなくても…」
と、苦笑しながら、義勇が

「俺がもうずっと前からまるごと全てお前のものだというのは知っているだろう?」
と続けると、錆兎は

「それでも腹がたつものは腹が立つんだ」
と、口を尖らせた。

後に炭治郎に聞いたところによると、善逸は眠っている間に天女に微笑まれる夢を見たということなので、芝居の衣装のせいで、やっぱりねぼけて、それを義勇とは思わず言ったのだろうと、思われる。



ともあれ、こうしてしばらくして隠が到着。

無事、気を失った善逸を引き渡した上で、錆兎と義勇、そして村田はそれぞれ本部へ報告に行く。


村田の報告……

やはり鎧のからくりは罠をしかけるための囮だったらしく、しばらくは暴れてはいたが、やがて伊之助と炭治郎で沈静化。
その後は上はすぐ鎹鴉を飛ばして状況を説明。
大変なのは今回やたら待ち時間の多かった伊之助が退屈して騒ぐのをなだめることくらいだとのことだった。


そして地下組の報告。
地下施設について。
消えた女の役者は鬼を産む母体に…男の役者は悪趣味な鬼の自称芸術作品につかわれていた。
前者の管理者と後者の管理者は別の鬼で、どうやら師弟関係にあるらしい。
そして…鬼舞辻ののぞみとやらを叶えるために色々と研究を重ねる3博士なる鬼がいるらしいこと。

「なるほどね…。
鬼舞辻の望みに関しては…おそらくは太陽の克服だろうね。
それはまたそれに絞って情報を集めさせよう。
結局例の大名華族に関しては、忽然と姿を消されてしまったらしい。
だからこの任務はとりあえずここまでだね」
と言われて、御前を下がり、帰宅の途へ。

色々と謎は残したまま、それでも任務は無事終了ということで、帰宅した2人は予定通り、互いを互いの抱き枕にし、泥のように眠るのだった。


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