ずっと・現在人生やり直し中_地下に広がる怪異_1

──なんだ、まだ抜けてなかったか…

こうして2人手を繋いで残してきた4人の元へ戻ると、退屈をしてブリッジをしている伊之助と、それでも真面目にあたりを警戒している炭治郎。

そしてそこから少し離れたところに立つ村田。


「義勇は?抜けたの?」
と、村田がちらりと錆兎のとなりの義勇に視線を向ければ、義勇は

「錆兎に手伝ってもらった」
と、何故かドヤ顔で答えた。

うん、もうどういう意味でとか聞かないよ、俺。
と、遠い目になる村田だが、そこで、錆兎が

「時間が押してるしな。
我妻も手伝うぞ」
と、言い出すので、目が点になった。

「え?いいの?」
と、それは錆兎ではなく義勇に視線を向ける村田に、

「どうして義勇に聞くんだ?」
と、即言いつつも、村田の横を通り抜け、真っ赤な顔で困惑して見上げてくる善逸にニコリと笑いかける。

「呼吸が乱れてるな…。
でも大丈夫。手伝ってやるから、俺を信じろ」
と、わしゃわしゃと頭を撫でて善逸の前に膝をつくと、目を閉じるように指示をする。

戸惑う善逸。

それにもう一度錆兎が
「大丈夫。この任務が終わるまでは俺はお前たちを守ってお前たちに関しての全責任を追う頭だ。信じろ」
と、力強い調子で言うと、善逸は観念してコクンと頷いて目を瞑った。


──よし、良い子だ。

と、視界が消えたことで、それでなくとも良い聴覚がより研ぎ澄まされる。

力強く安心してしまうような音がする。
頭に触れられる手。

──お前の側に受け入れる気がないと、気の交換が上手くできんからな。親や兄弟…何でも良い。全面的に信頼できる人間を思い浮かべろ。

そう言われるが、善逸は孤児だ。そんなものはいない。
そう返すと、少しの間…

──では師匠ならどうだ?信頼しているだろう?

と言われて、善逸はじいちゃん…と呼んでいる自らの師匠を思い浮かべた。
とてつもなく厳しいが、愛情深い人だった。
信頼しているか?と問われれば、誰よりも信頼していると思う。

そんな善逸の気持ちが伝わったのか、少し笑みを浮かべる音。

──桑島老の継子だったな、お前は。厳しいがとても信頼のおける誠実な人だった

と、錆兎の中からもそんなじいちゃんに対する善意の音が聞こえてきて、なんだか嬉しくなった。

──俺は継子ではないが、お前の信頼すべき師匠には大変世話になったお前の師匠の後輩だ。お前のためにならない事はしない。わかるな?

とても強いのにどこかほわほわと心が温かくなってしまうような音。
なんだか肩に入っていた力が抜けて頷くと、錆兎はまた、良い子だ、と、微笑んだあと、

──では集中しろ。他は一切考えずに俺の呼吸だけを追ってそれに自分の呼吸を合わせてみろ

と言う。

呼吸の音が聞こえる。
それを完全に捉えようとすると、最低限、何かあった時に対応するために周りの状況を感知する余裕がなくなってしまう。
全くの無防備でいるのは怖いことだ。

長年自分の身は自分以外に守るものもいなかった善逸は無意識に用心をしてしまう。
いつでも逃げられるように…何からも逃げられるように…

なのに、

──大丈夫。何かあったら俺が対応する。集中しろ

と言われた途端、なんだかそんな習慣も吹っ飛んでしまった。

──取り入れた陽の気を身体中に巡らせろ。それで淫気を相殺しろ…

頭に触れられた手から何か温かいものが流れ込んでくる。
迷うことなく取り入れる。
すると、それが血流と呼吸に乗って身体中を巡って、とどまる淫気に触れるとそれと一緒に消えていくのがわかった。

時間にしてほんの数分だったと思う。
さきほどまで善逸を苛んでいた不快感が一気に晴れて、目の前に青空が広がったような爽快感が広がった。

頭から離れていく手。


そうして、
「さあ、行くかっ!」
と、顔を上げて立ち上がる錆兎の声は相変わらずしっかりと力強いが、善逸の耳にはそのひどい疲労の音がしっかりと聞こえている。

それを気遣うような義勇の音。
当たり前に手をつなぐ。

そこで互いから互いを労りあうような優しい音が響いた。


「…錆兎は…休まんでいいのか?」
と、それに村田が声をかけるも、

「ここで疲れたから一休みとか言い出したら、それは錆兎じゃない。
錆兎の偽者だ」
と、義勇が苦笑交じりに答える。

「あまり敵に時間を与えたくない…というのもあるが、どうせ休むならさっさと任務を済ませてゆっくり布団で寝たいからな。
義勇には悪いが抱き枕になってもらって、泥のように眠りたい」
と、それを受けてわざと明るい口調で言う錆兎。

「ああ、いいぞ。
俺も疲れたしこれが終わったら爆睡したいから、抱き枕はお互い様だ」
と、義勇も笑う。

まず最初に互いを思いやる音だったのが、だんだんと思いやる対象が周りに広がっていくような音がして、善逸はなんだか村田の気持ちがわかるような気がしてきた。

彼らは確かに強いのだが、それはかなりの努力によって保たれている。
彼らは後輩である自分達を守るだけではなく、不安にさせないように…と、自分たちが無理をしてでも気遣ってくれているのだ。


「とりあえず義勇達のいた更衣室へ戻るぞ。
あの奥に触手の本体がいたんだが、本体が居た場所から奥へと通路が続いていた。
あるいは行方不明になった役者達はあそこから触手に連れ去られたのかもしれん」

まず先に立って歩き始めた上で、道々そう説明する錆兎。
隣ではしっかり手を繋いだ義勇が軽い足取りでついていく。

その後ろでは伊之助がどうあっても錆兎の真似をしたいらしく、炭治郎の手を握って歩いていて、それにさらに村田と善逸が続いた。


が、途中で錆兎が歩く速度はそのままに、パッと義勇の手を離して刀に手をかけ、義勇も同じく刀に手をかける。

しかしそこで自分たちが出ることはせず、

「待ってる間退屈だっただろう?ちょっと出迎えの面々と遊んでくるか?」
と、ニコリと笑みを浮かべて、後ろの伊之助に道を開けてやった。

そうして見える道々には、さきほどの往復の時にはなかった鎧武者。

「…からくり人形…だよね?」
と、耳の良い善逸が言えば、
「生者の気配はしないから、そうだろうな」
と、錆兎が答える。

「そんなんどっちでもいいんだよっ!俺様はいくぜーー!!!
と、特攻する伊之助。

「俺も行ってきますねっ!」
と、それに続く炭治郎。

「お子様は元気だな~。いってらっしゃ~い」
と、口では言いつつも、村田も何かあったら介入できるように刀には手をかけておく。

「善逸は?行かないでいいの?」
と、そこで村田がさらに言うが、それには錆兎がきっぱりと

「ここは最初にも行ったが能力が使いにくい。
俺も気配を探るが我妻も音で異変が起こらないか探ってくれ。
たぶん…あれは何かの囮じゃないかと思う。
普通に倒しに来ているにしてはお粗末すぎだ」
と、小さく目をつぶりながら断言した。

その言葉に善逸も頷いて音を拾うことに集中する。

ギーギーガタガタとゼンマイが軋む音と炭治郎と伊之助の剣撃の音。
途中壁の一部が開いて弓矢が飛んできたりと、なかなかこれといった気配がつかみにくい。
音を拾っている善逸も同じくらしい。

そんな中で何かが探る気配……

──義勇(さん)!!下だっ!!!

と、反射的に二人して走り寄った義勇の足元の床がパカッと割れた。
錆兎も善逸も片手には刀、もう片方の手で義勇の腕をつかんだため、容赦なく落下する。


──村田っ!悪い!!二人を頼むっ!!!

と、かろうじて錆兎が言う言葉に、あとを追おうとする村田がその場に踏みとどまると、割れた床は容赦なくピタッと閉まった。




落下途中で義勇が自分からしがみついてきたので、錆兎は開いた手で善逸を引き寄せ、ボスン!と下に張ってあった網に絡み取られる前に、身体をねじると網が張ってある範囲外に着地する。

すると義勇がパッと錆兎から離れて刀を抜き、錆兎も抱えた善逸を放すと、2人で周りを囲んでいた鬼を一掃した。

舞い散る血しぶき水しぶき。
なまじ舞台衣装を身に着けた状態でそれなので、まるで芝居の一幕のようだ。

落ちてきた上を見上げても天井は閉ざされていて、左右をみても窓もドアもなし。

「しかたない。とりあえず探索するぞ」
錆兎はそう言って自分が先に立って歩き始める。




一階の喧噪が嘘のように、地下は静まり返っていた。

上よりは幅の広い長い廊下には赤い絨毯が敷かれ、左右に並ぶ柱には綺麗な細工が施してある。

「鬼の住処とは思えないですね…」
敵の一匹もでてこない廊下を歩きながら善逸は辺りを見回す。

恐ろしくないと言えば嘘になるが、水の対柱に囲まれていたら、自分の身に危険が及ぶ気がしてこない。

「静かすぎて気味悪い…」
義勇も辺りを警戒しながら言うが、敵どころか人影もなければ罠らしき物も無い。

シンと静まり返って何の気配も感じられない長い廊下の左右は壁で分かれ、道もドアもなく、まっすぐ進んだ遥か先にのみ大きく立派なドアが見えた。


「この先に…水の気配がする…」
「あ…なんかそんな音がしますね…」

「開けるぞ…」
静かな声で言い放ちドアに手をかける錆兎。

一歩室内に足を踏み入れ、続いて入ろうとする義勇と善逸をいったん手で制する。

「ちょっと覚悟して入れ」
と、硬い声に二人して錆兎の衣装の裾を掴むのはご愛嬌だ。

まあ…室内に関してはご愛嬌どころの話ではないのだが……


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