催淫効果が抜けたわけではないので、歩くのも辛い。
が、抱えて行かれるとそれはそれで接触が辛い。
息がすぐにあがる。
「…義勇…辛いか?」
と、途中でピタリと錆兎が足を止めた。
「触手を操る鬼を倒す時にたぶんまたどうやっても食らうだろうからと思って、抜くのはそのあとと思ったが、このままだと集中できないな。
少しだけ呼吸で抜いておくか」
そう言って錆兎はぐいっと義勇を引き寄せ腕の中へと閉じ込めると、
──手伝ってやる。俺の呼吸に合わせろ
と、自らの唇で義勇の唇を塞いだ。
錆兎の気の波に乗るように呼吸を合わせれば、強い陽の気がくるくると回って陰の要素を強く持つ鬼の淫気が弱まっていく。
昔々…まだ狭霧山にいた頃に、本当に秘密なのだけれどと錆兎の実家は少し特別な能力を有する宮司の家系だと聞いた。
だからなのだろうか…それとも錆兎自身の清廉さゆえなのだろうか…
穢れが落ちて清浄化されていく気がする。
それと共に力が抜けて薄れゆく意識…
…ゆう……義勇っ!!
一瞬意識が落ちたらしい。
気づけば錆兎の腕に支えられていた。
「さび…と?」
きょとんと見上げれば、心底ホッとしたような錆兎の顔。
「いきなり意識がとんだようになったから、焦った。
大丈夫か?」
気遣わしげに聞かれるが、少しと言わず、本当に淫気が全部抜けているようで、気分は爽快だ。
そう伝えると、錆兎は少し不思議そうに首をかしげたが、
「…義勇はあるいはうちの固有の力と相性が良すぎるのかもしれないな…。
まあ、どちらにしても少し時間を食ったから、急ぐか」
と、再度義勇の手を取り走り出した。
こうして触手を追っていくと、最終的にさきほどまで義勇と善逸がいた更衣室へとたどり着いた。
「…大元は…クローゼットの中にいるな…」
この距離だとさすがにわかるらしい。
錆兎が軽く目をつむって気配を探るとそういった。
どうやら触手を斬って血にあたるものが出なければ催淫効果のあるものもばらまかれることはなさそうだが、部屋はすでに大量の触手で埋まっていて、斬らずに本体まで到達するのは無理なようだ。
「…仕方ないな……」
錆兎はそう言ってため息をつくと、刀を抜いた。
「おそらく触手はほぼ殺傷能力はないとみた。
本体はわからんが強い感じはしない。
一体だけなら勢いで殺られる前に殺れる気がする。
だから義勇はここで待機だ。
触手を切り裂いて本体まで到達した時に、俺が致命傷を負いそうな時だけ追ってきて凪を使ってくれ」
「え…でも…っ!!」
と当然義勇はそれに異議を唱えるが、錆兎は困ったように笑っていう。
「本体にたどり着くまでに浴びる淫気がおそらくとんでもない量になる。
二人して色に狂ったら、何か起こっても自衛ができなくて危険だからな。
浴びるのは極力俺だけで。
なに、死ぬようなものではない。
本体を倒したらゆっくりぬくさ」
そう言われると、それでもとは言えない。
確かに二人して周りが見えなくなるのは危険だし、かと言って義勇では下手をすれば本体にたどり着くまでに触手の淫気に飲まれかねない。
言い返す言葉もなくて黙っていると、それを了承と受け取ったのだろう。
錆兎は
──では、行ってくる
と、義勇を抱き寄せ軽く口づけると、青い水の獅子となって触手の群れに飛び込んでいった。
目の前のモノを全て噛み砕く青い獅子…
それは高潔にして清廉。
まさに錆兎そのものだと思う。
そんな錆兎が切り裂いた触手から飛び散る穢れをまとうのは、どうにも言えない不快感を感じる。
獅子が走り抜けたあとはその余波に流されるように淫気は消え、それを確認して義勇は注意深く室内に足を踏み入れた。
あれほど大量の触手を操るわりには、鬼の本体はそう大きなものではなく、青い獅子の牙にかかってあっけなく倒れ去った。
おそらくあれは触手で…あるいは触手の撒く淫気で動けなくなったところで獲物を食う、相手の動きを色々な方法で封じる触手があってこその鬼だったのだろう。
こうして鬼が消えると、そこで片膝をつく錆兎。
顔が真っ赤で呼吸も荒く、ぽたりぽたりと汗が滴り落ちて床を濡らす。
斬られた一本分の触手が出す淫気ですら、義勇は刀を握ることすらできなくなったのだ。
この部屋いっぱいの触手の淫気に当てられれば、それは辛いだろう。
しかし
──錆兎っ!!
と、義勇が駆け寄ろうとすると、錆兎には珍しく
──寄るなっ!!!
と、切り捨てるような返事が返って来て、義勇は思わずその場に立ちすくんだ。
錆兎からそんな言い方をされたことは今までなくて、思わず目の奥が熱くなって視界がにじむ。
背を向けていてもそんな義勇の様子に気づいたのだろう。
錆兎が荒い息と共に吐き出すように
──すまん。今は…近づかないでくれ。頼む…
と、言葉を紡いだ。
なるほど、淫気に当てられている状態で義勇に危害を及ぼさないようにという気遣いなのだろう。
でもそんなものは無用だ。
自分は錆兎の恋人なのだ。
自分の身を使って淫気を抜いてくれれば良いのだ…
義勇はそう主張したのだが、錆兎は辛そうに全身にひどい汗をかきながらも、
──それは出来ない…
と、言う。
「何故っ?!」
と、当然義勇は不服の声をあげるが、錆兎は頑なに首を横に振る。
「男だからだ…。
己の欲を満たすためだけに惚れた相手をはけ口に抱くのは男じゃない」
「その抱かれる俺が良いと言っている」
「駄目だ。愛おしいと思う余裕を持てない状態の時に抱きたくない。
くだらん意地と思ってくれてもいい。
…だが、それが俺の男としての矜持だ。悪いが通させてくれ」
滝のように汗をかき、辛そうに身を震わせながらも、錆兎はそう言って、ごめんな?と、少し困ったように笑みを作る。
確かに淫気に当てられている状態なのに、そうやって笑う錆兎は本当にそんなものとは無縁に男らしく清廉な上に優しくて、義勇はその場にしゃがみこんでしまった。
そして思う……
…俺の錆兎…カッコいい……
「まあ…呼吸でなんとか抜いてみるから少し待ってくれ」
と、それで義勇が何も言えなくなったのを知って、錆兎は会話を打ち切って呼吸に集中し始める。
荒く辛そうな呼吸…噛み締めた唇から血が滲んだ。
それでも錆兎はジッとその場で全集中の呼吸と、おそらく彼が言うところの御神刀の能力というやつも使っているのだろう。
ひたすらに淫気を散らし続ける。
そうして半刻もたった頃だろうか…
「待たせた。すまん」
と、ケロッとした様子で立ち上がったのには驚いた。
「もう…平気なのか?」
と、しゃがみこんだままの状態で見上げると、
「おう。とりあえず村田達の所へ戻るぞ」
と、手を差し出してくる。
義勇はそれに掴まって立ち上がったが、その手はまだ汗で濡れていた。
結局、錆兎は自分は義勇を助けるくせに義勇に助けさせてくれないと、義勇が口を尖らせると、錆兎はそこにちゅっと可愛らしいくらいの軽い口づけを落とし、
「俺の変な意地でお前には色々苦労をかけていると思う。
だから大切にくらいはさせてくれ」
と、笑って言うので、義勇はそれ以上何も言えなくなってしまう。
だってそんな錆兎を誰よりもカッコいいと思ってしまうし、そんな錆兎のことが義勇は大好きなのだから。
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