ずっと・現在人生やり直し中_義勇と善逸、触手の危機

「義勇さん…裾さばきとかすごく上手ですよね。
俺すぐ着崩れちゃうんですけど…」



他と分かれて着替えのための更衣室。

一部屋だけ何故か遠い部屋を割り当てられて、着替えたは良いが着ているのが女物ということで、足があまり開かなくて歩きにくい。
なのに床を滑るように歩く水柱の片割れ。

なに?いくら水柱とはいっても、この流れるような足さばきってなんなの?

と、思いながらも、もう着崩れてもついてから直せばいいやと、善逸はそれに置いていかれないように、裾をたくし上げて歩いている。

それでも置いていかれそうになること数回。

一応あまり距離が離れると止まっているので、はぐれないように待っていてはくれているらしい。

そうして何度目かに追いついた時に善逸がそう言うと、

「歩幅を小さくすり足で歩け」
と、アドバイスをされた。

「なるほど…。でも義勇さんなんだか慣れてますよね。
そんなに女装の任務って多いもんなんです?」
と、さらに聞くと返ってきた答えは

「俺は年の離れた姉がいたから……」

「それって女物の着物慣れしてるのと何か関係あるんですか?」

きょとんとした表情で言う善逸に義勇は諦めの溜息を付く。
善逸に錆兎のようにそれとなく察しろというのは通用しないとわかったらしい。

「要は…等身大の人形遊びで姉の着物をしばしば着せられる事があった。それだけだ」
と聞いて善逸はそれは黒歴史を引っ張り出して申し訳ない…と思ったわけなのだが、義勇からは別に嫌な音はしない。
むしろ懐かしげな優しい音がする。



ほとんど喋らない義勇ではあったが、この距離で2人だけで集中すれば、結界かなにかで感じ取りにくくなっているとは言っても、なんとなく音が感じ取れた。

だから思っていたよりは全然気まずさはない。
それより無口なこの対柱の内面がちょっと感じられて面白い。

何より興味深かったのが、片割れと離れる事になった時だ。

最初に聞こえたのが不安な音だったので、やはり彼は一人じゃ駄目なのか危険なのかと焦ったのだが、善逸はすぐに、もしそうならそこに聞こえるであろう恐怖の音がないことに気づいた。

もちろん義勇の意識は常に対柱の片割れに行っているため、それを分析すると、義勇は錆兎と離れることで、自分の身の危険は感じないが、錆兎の身に危険が迫ることに不安を感じているということになる。

錆兎の方はあんなに強そうなのに?と思うが、案外村田隊士が言っていたことは本当なんだろうか…

「あの…俺ね、感情が音として聞こえるんです。
でね、今、義勇さんからするのって、不安と…あと錆兎さんに危険が迫ったりすることへの恐怖みたいな感じに思えるんですけど…」

と、着替えの最中に好奇心が勝って思わず口にすると、義勇はふわりと…少し悲しそうな笑みを浮かべた。
とても綺麗な笑みだった。

「ああ。それは正しい。
俺は自分が死ぬのは諦めがつくが、錆兎が死んで置いていかれるのは耐えられない

義勇がそういった瞬間に、彼からするのは胸が締め付けられるような悲しみの音で、善逸はそんな音を引き出すような事を聞いてしまった事を後悔して謝罪する。

本当に…本当にこれまで聞いた事もなかったような、深い深い悲しみの音。
そんな音をさせながら、義勇は

「別に…俺に謝る必要はない。
でも謝罪の気持ちがあるなら、錆兎を死なせないようにしてくれ」
と、少し伏し目がちにそう言った。


内面に少しでも触れてしまえば、なるほど義勇はずいぶんと繊細で優しい性質なのだとわかる。

そう言えば炭治郎も、家族を鬼に殺されて彼に助けられた時、間に合わなくて済まなかったと謝罪された上で家族の墓を作るのを手伝ってくれて、さらにその前で涙をこぼされたと言っていた。

本人は自分が死ぬのは構わないと言うが、周りはこの人のことを守りたくなるんだろうなぁと、しみじみ思う。


ともあれ、義勇は早く錆兎と合流してその安全を確認して安心したいらしい。
そんな気持ちが音としてひしひしと伝わってくる。

だから善逸もなるべく遅れないようにと必死に足を動かした。






義勇はあまり道を覚える習慣がない。普段は錆兎が覚えていてくれるからである

だが、今回は何故か自分たちだけずいぶんと離れた更衣室に案内されたため、義勇も必死に道を覚えた。
そして、大急ぎで着替えて、その道を足早に戻っている。

なんだかこの屋敷はどこかゾワゾワと気持ち悪い気がした。
特にそれを感じ始めたのは、さきほどまでいた更衣室に入った時だろうか…

何が?とはっきり言えない以上、いたずらに善逸を怯えさせるのもどうかと思うので、黙って急いでいるのだが…

少しでも早くと善逸の手を取って廊下を速歩きで進んでいると、不意に善逸の手を掴んでいた手にグッと体重がかかった。

「我妻?」

と、そこで善逸の様子を見ようと振り返った義勇は悲鳴を飲み込んだ。

「…俺…なんだか熱くて…着物が重いせい?
ダルい気もするし…って…義勇さん、どうしたの?」

と、善逸も固まっている義勇の視線を追うように後ろに目を向けて……悲鳴をあげた。


「なにあれっ!!!いやだぁあああ~!!!!!」

今来たばかりの方からズルリズルリと二人を追ってくるのは、ものすごい数の半透明の紫色の何か長い触手のような生物。

見かけは恐ろしく長いウミウシかナマコのようで、バクバクと開閉している先端はまるで生物の口のようだが、その穴の中にはイボのようなモノがびっしり生えていて、尻尾の方に当たる部分は長すぎて見えないが先ほどの部屋の方へと伸びている気がする。

「やだやだやだやだぁあああ~!!!!」
見るからに気味の悪いその生物に善逸はパニックだ。

「に…逃げるぞ、我妻!」

戦ってみる…という選択肢はすでにない。
倒せなくてあれに捕まった時の事を考えると怖気がする。
生理的に絶対にダメだ。


とにかく急いで他と合流しなければ!!

義勇は気力を振り絞ってグイっと善逸の手を引っ張って走りだそうとするが、善逸は動く気配がない…。

「我妻?!」
叱咤しようと再度後ろを振り向いた義勇は今度こそ悲鳴を上げた。



触手が善逸の腕に絡みついている。
いや…それだけじゃない。
着物の裾から中に潜り込んでいて、蠢いているのが見て取れる。

「…義勇…さ……ちょっ…これっ…!」
善逸は頬が紅潮し、切羽詰まった顔で身をよじっている。

そして触手はズルリ、ズルリと少しずつ善逸を元いた部屋の方へ引きずっていこうとしているようだ。


──肆ノ型…打ち潮!!

こうなっては見捨てて逃げるわけにも行かない。
義勇は荷物の中に隠し持っていた刀を抜いて、善逸を拘束する触手を斬り落とす。

プシャッと飛沫をあげて落ちる触手。
床に落ちてもまだウニョウニョと動いているのが気持ち悪い。

しかし気持ち悪いだけではなかったらしい。

さきほどの飛沫が霞となって宙を漂い、うっかりそれを吸い込むと、なんだかおかしな気分になってくる。
身体が熱を持って頭がぼ~っとしてきた。

しかも触手は斬られたところから、また再生を始めている。

それならばもう一度…と、刀を振りかざすべく空気を吸い込めば、むせるような甘い香りに、力が抜けた。
手に力が入らず刀が床へと落ちる。

まずい…まずい、拾わなければ…と、床に膝を付けば、ヌルリと濡れた何かが足を這いずり上がって来た。

「っっっ~~~!!!!!」

惨状に呆然としている間にいつのまにか忍び寄ってきたらしい。

ヌメヌメとナメクジが這いずるような感触のおぞましさに義勇はなんとか拾い上げた刀でそれを断ち切った。

プシャッ!!と水音をたてて足首のあたりで切れた触手。
ところがなんと切れた先端の方がその瞬間ものすごい勢いで抵抗する間もなく足の付根まで這い上がる。

――…っっっ!!!!!!

悲鳴を上げたようと開いた口元にまた、切れた触手の切り口からシュワシュワと立ち上る紫色の体液が煙となって入り込み、その途端、身体中に熱い疼きが広がって身体の力を奪っていった。

カクンと力なく膝をつく義勇。

(…やだ……さび…と……やだ……たすけ……)

首から下を多数のヌメヌメとした触手が余すこと無く濡れた粘液をなすりつけながら這い回ると、身体の疼きが耐え難いくらいのものになっていった。

意識がぼ~っとして体中が熱い…なのに我を忘れるところまではいかない。
身体は確かに気持ち良いのに、気持ち悪い。
心とつながるどこかが、これは違う…と状況を否定する。

違う…違う…

自分を本当に自由にして良いモノはやんわりと…大事な宝物のように…壊れ物を真綿でつつむように優しく…義勇の身体が自然に高まるのを待ってくれる。
こんな欲を乱暴に引き出すような事はしないのだ。

それでも催淫効果のある体液を塗りこめられて身体に力が入らず、刀を杖代わりになんとか身体を支えていると、着物の中に入った触手が微妙な場所へと移動していく。

(――や…やだっ…やだやだやだっ!!!!錆兎っ!!、やだあああぁあああ~~~!!!!)

汚される事への気が狂いそうなほどの嫌悪感…。
もうダメだ…死にたい……

そう思った瞬間…凄まじい爆流がが巻き起こった。
周りの触手達が一気に押し流されて、遠くの触手は慌てたように後退していく。

呆然としている義勇の着物の裾に手を入れて、まだまとわりついていた触手をつかみとって投げつけると、ぐしゃっと踏み潰す錆兎

「助けにくるのが遅くなってすまなかった。怖かったよな。でも間に合って良かった」

この世のどこよりも安心できるその力強い腕の中。
ギュッと抱きしめられてホッとした。

しかしホッとするとまた別の問題が起こってくるわけで…


…錆兎……
と、名を呼んで少し密着した。

それだけで、言わんとすることをわかってくれる錆兎は本当にすごいと義勇は思った。
まあでも錆兎が理解したことは義勇にもわかるのだが。

義勇の今の状態をわかったところで錆兎は少し迷って、

「俺達はこれから大元を叩いてくるから、我妻はその間、全集中の呼吸でも物理でも良いから、吸い込んだモンの効果抜いとけ。
義勇はもう少し頑張れるな?
一気に行かないと厄介だし獅子爆流使うから付き合ってくれ」
と、まず善逸に声をかけて、それから義勇の手を握る。


そして義勇の耳元に

──倒したら手伝ってやる…
との言葉を落とした。




「抜くって善逸、毒でも吸ったのか?大丈夫か?」
と、今ひとつ理解していない炭治郎と伊之助。

しかしそこはさすがに村田が理解して

「あ~、了解。
このあたりはもう大丈夫?」
と、錆兎に確認を取って、それから

「じゃ、ちょっと炭治郎と伊之助は念の為このあたりで周り警戒しておいて。
善逸はこっちな」
と、物陰へと誘導した。

そうして他から見えないあたりに配置して、念の為自分が背を向けて壁になる。




「全集中の呼吸で分解できなさそうなら、物理で抜いちゃって。
たぶん、錆兎達が戻ったら、今度は行方不明者達の調査に入って、下手するとあと一戦あるからね」
と、村田の言葉に

「本当に…今回踏んだり蹴ったりだよ。
なんで俺ばっかり」
と、善逸が鼻をすする。

「あ~、うん、まあでも今回の任務、女の子居なくて良かったよな。
いたら、影響受ける側でも受けないで待つ側でもなかなか居たたまれない」

「うん、確かにね」
と、村田の軽口に少し気分が浮上して、善逸は催淫効果を抜くのに集中し始めた。



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