ある意味安定の兄弟弟子部屋。
そこで炭治郎は着替えをする前にまず、錆兎に向かって深々と頭を下げた。
心底真面目で礼儀正しい少年である。
錆兎はそれほど好き嫌いを表に出さないようにはしているし、実際そこまで神経質な方ではないのだが、この少年は後輩として非常に好ましいと思う。
「礼は義勇に言え。
俺は単に義勇が救えた命をを鱗滝さんに託したと嬉しそうに言うのを聞いて、義勇のために協力してやりたくなっただけだ。
柱合会議の時にしても同じく。
まあ弟弟子であるというのもあるが、やはりそれも義勇のおかげだろう。
俺は義勇を悲しませたくはないし、出来ることなら笑顔でいさせてやりたい。
幼い頃から俺のことで随分苦労をかけたしな」
そう言いながらも、それでもお前もここまでよく頑張った、と、頭を撫でてやると、炭治郎はくすぐったそうに笑う。
「俺、長男なので頭を撫でてもらったことなんて滅多にありません」
と言うと、
「撫でてほしけりゃいつでも来い」
と、錆兎はその言葉にまたくしゃりと炭治郎の頭に手をやった。
「話はもとに戻りますが、それでも俺にとってはもうどうしようもなく閉ざされていた道を開いてもらえたので、やっぱりお礼は言わせて下さい。
義勇さんにももちろん言わせてもらいますが…。
俺は素晴らしい兄弟子達を持ったと思っています」
「それは感謝の気持ちをあらわすものとしては何よりの言葉だな」
と、錆兎は心から口にする。
なにしろ自分と義勇の兄弟子達は全て逝ってしまった。
この世に義勇と2人きりの兄弟弟子と思っていたら、思いがけずまた一人弟弟子が出来ただけでも十分嬉しいことだったが、それが自分たちを兄弟子と慕ってくれるなら、なお嬉しい。
そんな和やかな空気の中で始める着替え。
「なんだかさっきの錆兎の言葉……」
と、炭治郎がクスリと笑う。
「ん?」
「苦労かけたからって、なんだか長年連れ添った夫婦みたいなセリフですよね」
「あ~…まあ、一緒に過ごした時の密度からすると、そんなもんかもしれないな。
鬼殺隊に入りたての頃は、何度も駄目かと思ったし、何度死ぬと思ったかわかりはしない。
そんな時いつも義勇と寄り添って手を繋いで乗り越えてきた。
あとは…村田な。あいつにも世話になりっぱなしだ。
我妻はあんなことを言っていたが、あいつはすごいぞ。
俺が唯一守ってやらねばという意識を持たずに安心して使える人材だ」
「村田さんが…ですか?」
「ああ。あいつはああ見えて目立たないが基礎は人並み以上に出来て、なにより自分が出来る範囲というのをわきまえて引かなければならないという一線できちんと引けるからな。
絶対に生きて帰って本部に何かを伝えたり持ち帰ってもらわねばならんという時は、奴に一緒に来てもらうことにしている。
俺達の最初の任務は、数は多いが鬼は弱いものしかいないという情報から新人の慣らしに良いだろうと組まれたものだったんだが、蓋を開けてみれば敵の中に十二鬼月がまじっていたんだ。
俺はもうこれは勝てないな、死ぬなと思いつつ、被害拡大を防ぐために義勇と足止めに戻ることにしたんだが、その時も村田は俺達が自らの命を使って作る情報を本部へ持ち帰るためについてきてくれた。
普通の者なら臆して拒むか、撤退の時期を間違って一緒に死ぬ。
でも村田はどのあたりで切り上げるかをきちんと把握できる男なんだ。
鬼を倒せるだけで鬼殺隊が成り立つわけじゃない。
強い…という言葉を、鬼を倒す者にしか使ってはならんというなら、そうだな…村田は非常に出来る男だ。
俺はあいつを柱仲間と同等くらいには信頼しているぞ」
「うわあ…実はすごい人だったんですね、村田さん。
俺も…そんなふうに錆兎に信頼されるくらいの人間になりたいです」
そんな話をしながら着替えも終了。
しかし事件が起こったのはこのあとだった…。
二人して着替え終わって、他を迎えに行こうとドアノブに手をかけると…ドアノブが消えた。
え??
驚く炭治郎と錆兎。
仕方がないからと、ドアを直接蹴破ろうとした錆兎の足はドアの向こうに吸い込まれる。
そして更に炭治郎が止めるまもなくドアをくぐり抜けた錆兎は、何故かドアの向こうから部屋に入ってきて目を丸くした。
「え?一体どうなってるんだ?」
と、目を丸くする錆兎に、炭治郎は同じことをやって、同じくドアの向こうから部屋に出て目を丸くする。
二人して何度かそんな事を繰り返して、やがて錆兎が眉間にシワを寄せた。
「これはもう…なにか害意があると見たほうがいいな…。
他も同じ仕掛けだと良いが、義勇達に何か害を与えるための時間稼ぎという可能性もあるか…」
…と思いついてしまったら、何かが瓦解したらしい。
「炭治郎…少し避けておけ」
と言うなり、いきなり
──参の型 流流舞い!!
と、部屋一面に斬撃を入れ始めた。
――うわぁぁ~~!!!!
慌てて頭を抱えてうずくまる炭治郎。
崩れ落ちる壁。
幸いにしてドア以外はおかしな仕掛けもなかったらしく、壁に開いた穴から外に出ると、一路他の更衣室を目指す錆兎とそれを追う炭治郎。
こうして途中でやはり部屋から出られずにいた村田と伊之助を拾って一室だけ離れている義勇と善逸の更衣室に向かった錆兎達がみたのは、ウネウネと気味の悪い触手に捕らえられて連れて行かれかける善逸と、それから少し離れて立つことが出来ずにいる義勇の姿だった。
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