それでも・現在人生やり直し中_任務・予感_2

本部でだいぶ伸びてしまった背に合わせた隊服をつくってもらうため採寸をした帰り、出口の門まで続く見事な桜並木の下で、義勇は

「錆兎…」
と、その羽織の裾をひっぱった。

「ん?なんだ?どうした?」
と、錆兎は足を止め、振り返って聞いてくれる。

4年前、一緒に柱に任命された頃にはまるで二つ並べたどんぐりのように同じ位置にあった目線が、ほんの僅かだが見上げる位置にある。

背だけではない。
隊服も夏冬それぞれ年に一度くらいは作り直してもらっているが、一番最初に支給された物と違い、その形も義勇と錆兎では若干違ったものができてくるようになった。

先陣を切って敵に斬り込んで行く錆兎はなるべく余分な部分を作らないように。
上着の丈も短く、下は割合と細身の洋袴。

逆にフォローと防御を主にしている義勇のそれは、細かい斬撃くらいは弾けるようにと上着は長めで、前世では絞っていた洋袴の裾も今生では流したまま。
おそらく錆兎と共にいることで変わった役割にみあった形にと、変えてくれているのだろう。


まだ柱となって…つまり隊士となって4年ほどだが、前世のその時期と比べて、錆兎が昔、傷一つないのに傷をつけるのは惜しいといった義勇の肌には、ほぼ前に出ない分、跡になるほどの大きな傷もない。

そして身体の傷以上に心の傷も…

前世ではうすぼんやりしていた現実が、今はしっかりと見えていた。
空は青く陽は明るく、風は爽やかで水は涼やか。

錆兎が生きている。そばにいる。
それだけで世界はこんなに美しい。

間違いなく自分にとっては錆兎は他の何にも代えがたいほどの特別だ。
だからもし特別に大切な相手なら口に口づけるのが当たり前だと言うのなら、義勇自身は口づけたい。
錆兎がどうしても嫌だというのなら………諦めるしかないのだけれど………


「…なんだ?義勇、どうしたんだ?」

コツンと錆兎の額が義勇の額にあてられる。
近い距離……錆兎の唇はすぐそこにある。

許可を取らなくても口づけようと思えば出来る距離。
だが、ちゃんと錆兎の意思も確認した上でしたかった。

それは少しばかりの不安を覚える作業だけれど…

「…錆兎にとって…俺は特別…か?」
義勇は焦点も合わないその距離から少し離れて、しっかりと錆兎の顔を見上げてそう尋ねた。

「当たり前だろう。何故急にそんなことを?」

唐突だったからだろう。
少し驚いて目をぱちくりとするその表情は、いつもの何でも余裕な錆兎にしては、年相応のやや少年期をぬけきらない幼さが見え隠れする。

それでも錆兎は即答したのだ。
自分は錆兎の特別だ。

たとえそれが相手にとって辛く自分にとって言いにくいことであっても、錆兎は嘘をつくような男ではない。

「嬉しい…」
と、おもわず笑みが浮かんでしまう。
わかっていても改めて確認すると、やはり嬉しい。

「はいはい。それは良かった。で?いきなりなんなんだ?」
と、やれやれと言った風に、それでも笑みを向けてくる錆兎の言葉で、義勇はそれを聞いた主旨を思い出した。

「そうだ、それなんだが…」
「うん?」
「錆兎は俺の事を特別と言ったな?」
「ああ、言った。確かに言ったぞ」

「なら…どうして…」
「…?」
「口に口づけしないんだ?」
「っ?!!!」

ガタッっと錆兎が一歩飛び退いた。
こんなに慌てた錆兎をみたのは初めてだ。

「特別に大切な相手には口に口づけるそうだぞ」
と、さらにそう言うと、錆兎は
「待て待て待て待てっ!!!
と、叫んだ。

「義勇、それはどこで得た知識だっ?!
宇髄かっ?!宇髄だなっ?!!
ちょっと待ってろっ!!殴ってくるからっ!!!」

真っ赤な顔で今にも駆け出そうとする錆兎。

何故殴る必要がある。
嘘…なのか?

そもそもが、宇髄からの知識ではなく、2年前の食事会に同席した女性隊士からの知識なのだが……

と、駆け出しかける錆兎の羽織をきっちり握ってそう言うと、錆兎は
「…そうだったのか…」
と、己の勘違いを認めながら、振り返った。
その顔はまるで熱でもあるのかと思うほどに真っ赤である。

勘違いだとわかったのなら、話を元に戻そうと、義勇が再び

「ということなのだが…何故しないんだ?何かしない理由があるのか?」
と問うと、またなにやら動揺する。
錆兎にしては珍しい…と、義勇はコテンと首をかしげた。

それでもそのまま待ったのは、錆兎が動揺しながらも、何か一所懸命に考えている様子だったからだ。

「…俺では駄目なのか?」
と、しばらくののち、念の為聞くと、
「駄目ではない」
と、短く応えが返ってくる。

その後、義勇が疑問に思っていて、それでも待っていることに気づいたのだろう。

「少し待て。今、俺がずっとしなかった理由と、それについてお前がちゃんと判断出来るような説明を考えている。
大切なことだ。
なし崩しにするのは良くはない」
と、だけ、伝えてくれる。

なるほど、錆兎はいつも義勇の事をきちんと考えてくれている。
もちろんそれは知っていたのだけれど、こうやって何かあるたび、それを改めて実感して、なんだか幸せな気持ちになった。

やがて錆兎はきちんと頭の中で説明することを整理できたようだ。
赤い顔のまま

「いいか、義勇。これから俺が言うことをよく聞いて、考えろ」
と、どこか怒ったような顔で言う。

まあ別に怒っているわけでもなく、真剣な気持ちでいるというだけなのは、長年その隣にいる義勇にはわかるのだが…

「うん」
と、義勇がそれに頷くと、義勇の両肩に両手をおき、少し身をかがめて視線を合わせた。

「口に口づけをする特別の相手というのは、その後の人生を共に生きていく唯一の相手だけだ。
男と女であれば夫婦になる。
そういう関係の相手だ。

でも俺もお前も男だから、夫婦にはなれない。
世間的に何か認められるような形のものも得られない。

俺はずっと昔からその覚悟があってお前といるし、お前以外に大切なものを作る気はない。
もっと具体的に言うなら、この先大人になっても女を作って夫婦になるつもりはない。

だがお前はまだそこまでの世界が見えてなくて、お前にとって大切な特別というのは、親兄弟のような複数いるものと違うという事が、わかっているように思えなかった。

そういう大人の“唯一”の意味を知って、考えて、感じて、それでも俺が良いというなら、してもいいと思う。

だが、まだ迷いがあるならやめておけ。
いつか後悔する日がくるかもしれない。
…お前にとって俺がなんであれ、俺にとってはお前は特別だから、悲しい思いはさせたくない」


そういう錆兎は怒っているような泣きそうなような…なんだか複雑な表情をしていた。
が、目はしっかりとそらさずに、それが真実だとばかりに語る。

誰よりも真面目で誠実で優しい錆兎は、今ここで義勇が少しでも迷う素振りをみせたなら、しないのだろう。

でも誰よりも義勇をわかっているはずの錆兎が唯一知らない秘密が義勇にはあるのだ。

今の…今生の義勇は、錆兎と一緒に生きていくためだけに再度人生をやりなおしている。
別の人間と幸せになろうなどという気持ちが少しでもあるなら、前世で錆兎が死んだあと、嫁の1人ももらっているだろう。

錆兎と一緒に生きて死ぬ…それだけのために今生の自分は生きているのだ。
錆兎の言う通り、それだけの特別のためのものだと言うならば、余計に自分は錆兎に口付けなければならない。

「…俺は…俺の人生には錆兎以外は要らないと思っているし、錆兎の人生にも俺以外を置いて欲しくない。
13の年の最終選別以来、俺は錆兎のためだけに生きているし、これからも錆兎のことだけを考えて生きて、死んでいくつもりだ。
なのに…口づけてはくれないのか?」

ぐいっと錆兎の羽織の首元を掴んですねたように口を尖らせると、錆兎が息を飲む気配がする。

赤い顔がさらに心配になるくらい赤くなった。

「わかった…。義勇、目をつぶれ」
と錆兎の少し熱い手が義勇の両方を包み込むように添えられる。

それに義勇がぎゅっと目をつむると、錆兎の息遣いを近くに感じた。

──好きだ……
と、ため息と共に漏れる言葉。

その後、ふわりと思いの外柔らかい唇が義勇の唇に触れて、ほんの一瞬で離れていく。
それだけのことなのに、なんだか体温があがって、心臓がドキドキと激しく脈打った。

「…錆兎…どうしよう……すごくドキドキしている…」
と、その顔を見ることも出来ずに、錆兎の肩口に額を押し付けるようにして義勇が言うと、その頭の上から

「…俺もだ、義勇」
と、珍しくたよりなげな響きの錆兎の声が降ってくる。

「…口づけ……すごいな…」
「…うん……」

二人してぎこちなく言葉を交わして、どちらともなく、それでも手をつなぐ。
そのままどのくらいそうしていただろうか……

「帰るか…」
と、錆兎が柔らかい口調で言い、義勇も
「うん…」
と頷いて顔を上げた。

二人共まだ少し顔は赤かったが、だいぶ落ち着いた気がする。

手を繋いだまま再度門の方へと足を向けた時、道の方から声が聞こえてきた。



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