それでも・現在人生やり直し中_任務・予感_1


──大丈夫だ、義勇。俺はここにいるだろう?

幼い頃から眠れぬ夜に、錆兎がよくやってくれたおまじない。
閉じた瞼に口づけを落とし、かけたまじないが解けるから、決して目を開けるなよと言われる。

そうして抱きしめてくれる錆兎の体温とまじないに安心感を感じて眠ると、本当に悪い夢も見ずにぐっすり眠れた。

前世では13で錆兎を亡くして以降あまりぐっすりと眠れることがなくて、目が覚めているのか夢を見ているのか、実はそれほどはっきりしないことも多かった。

世界はまるで一枚の水の壁を隔てたところにあるようで、なにもかもが現実味のあるものに感じられない。

楽しいのであろうことも、悔しいのであろうことも…痛みさえもなにもかも…

結局そんな感覚は戻らぬまま、人生を終えてしまったのだけれど……



今お館様のご厚意で過ごしている二度目の人生では、あの悪夢の始まりだった日からすでに2年が経過していて、義勇が不安を感じて眠れないと言うと、錆兎は相変わらずあのまじないをしてくれる。

そうしておいて、確かに自分は生きているのだ…と伝えようとするかのように、義勇の頭を捕まえて、とくん、とくんと脈打つ心の臓の音が聞こえるように胸元に抱きしめるようにして寝かせてくれるのだ。

そう…錆兎は13歳のあの最終選別の日を超え、なんと史上最年少の水柱にまでなっている。
それは義勇自身もそうなのだが、自分は同門の兄弟弟子だから、単なる錆兎の補佐役として据え置かれたに過ぎないということは、義勇自身がよくわかっていた。

が、それに不満など一切ない。
こうして1415と年をかさねていく錆兎を一番近くで見ていられるなら、それに勝る幸せなどあるはずがないと思っていた。

錆兎は強い…カッコいい。
13のあの時点でもそうだったのだが、それを超えて年月を経ると余計に日々それを感じるようになった。

13で義勇と共に水の対柱となった頃も錆兎はもともとしっかりと男らしかったが、さらにどんどん男らしくなって、そんな錆兎に憧れる女性隊士もあとをたたない。

今日はそんな錆兎のファンの女性たちと食事をすることになった。
後輩の胡蝶カナエが同期やなんやらに彼を紹介してくれとずっと追い回されていて、気の毒に思った宇髄が、一度自分が機会を設けてやれば、それからは胡蝶よりも自分の方に言ってくるようになるだろうからと、セッティングしたものである。

普通なら行かない。
だって今日は錆兎が狭霧山に鱗滝さんを訪ねて留守な日だ。

その代わり家には錆兎が作り置いてくれた鮭大根があり、帰ってきたら飯を炊いてくれるので、2人で一緒に食べるのだ。

だから行かない。ここは絶対にいかないところだったのだ…
だったのだが胡蝶が困っているとなれば話は別だ。

胡蝶は義勇と錆兎の初めての後輩で、とっても可愛いし、そんな可愛い彼女は可愛いだけじゃなく、錆兎と2人で一生懸命育てている最中の後輩なのだ。

そう、錆兎と一緒に…。

鱗滝さんのところでは義勇と錆兎は最後の弟子だったから自分達より年下の子どもは居なくて、しかも錆兎は年上の子たちよりもずっとずっとずっと…世界で一番強くて男らしくてカッコいい男だったので、義勇が面倒をみてやらねばなどということはなかった。

だから胡蝶が柱となった時に錆兎に
「初めての後輩だ。一緒に大切に面倒をみてやらねばな」
と言われた時にはすごく嬉しかった。

今までは誰にも教えたことのなかった、まだ両親が生きていた頃によく土産に買ってきてくれて蔦子姉さんの大好物だった団子屋の団子を買ってきてやるほどには嬉しかった。

俺と錆兎の可愛い後輩。
錆兎と一緒に育てている可愛い後輩。

感情があまり表にでないと言われる義勇だが、胡蝶のことは無条件に可愛く思っていた。


ということで、自分が行かねば胡蝶が困るならしかたがない。
なにしろ自分は後輩の面倒をみてやらねばならぬ”先輩”だからなっ!
と、思い、錆兎には書き置きを残して宇髄の指定した店に行く。


そうしたらそこはすごいことになっていた。
何故か自分の隣やら正面やらの席の取り合いでまず驚いたが、そうか、錆兎に一番近い自分から錆兎の話を聞きたいのか。
なるほど…と、納得した。

だが申し訳ない。
錆兎は世界で一番強くてかっこよくて優しくて男前なことは俺も知っているが、お前たちも知っているだろうし、そうなると話すことがない…
と、義勇は思った。

実際に彼女たちがそういう発言をした時には、ちゃんと「そのとおりだ。錆兎は世界で一番強い」とか「言うまでもないが、家でも一緒だ。錆兎はいつでも優しくて格好良い」と、同意してやることは出来たのだが、他にいうことがない。

…というか、義勇が教えてやろうと思った錆兎の素晴らしさは、彼女たちの口から全て語られてしまっている。

腹も減ったが目の前に山積みにされた鍋の具材はとんでもない量で、しかも義勇が好きなものも嫌いなものも一緒くたになっているので手がつけられない。

錆兎が居れば嫌いなものは当たり前に食べてくれるのだが、今日は居ない。
そもそも錆兎がいれば、ちゃんと義勇が好きなものを食べられる量とりわけてくれるので、こういう事態は起きないのだ。

お腹すいたな…やることもないし、早く帰って錆兎と一緒に鮭大根食べたいな…
と、結局そこに行き着いた。

そうしてそれでも仕方なくそこに留まっていると、宇髄が勝手に喋っている。

「こいつらな、柱になりたての頃、任務の時、普通に1つの布団に寝てたんだぜ」
と、昔話で盛り上げる宇髄に、きゃあぁ~!と黄色い悲鳴を上げる女達。

「口づけは?!口づけはしないんですかっ?!!」
と、その話に何故かそれまで遠巻きに静かにしていた一団が宇髄に詰め寄っていて驚いた。

「あ~それはさすがに。本当の兄弟みたいな感じだったからな」
という宇髄は間違っている…と、義勇はふつふつと思った。
だから言った。

「するぞ」
「へ??」
「瞼に口づけならする。子どもの頃から俺が眠れない時はよく錆兎がしてくれる」

その言葉に場が一瞬静まり返った。
次の瞬間、あがる悲鳴。

「さ、錆兎君、カッコいいっ!!されたいっ!!!あたしもされたいっ!!!」
「優しいっ!!最強にして最高だねっ!!」
という一団。

そしてさきほどの口づけをしないのかと聞いて来た一団はさらに
「口と口は?!!口と口の口づけは?!」
と聞いてくるので、それはなかったなと、素直に
「しない」
と答えると、え~!!という声。

なんだか拍子抜けされているような響きがあったので、
「普通…するのか?」
と聞いてみると、即
「しますよっ!特別に好きな相手ならするんですっ!」
と思い切り頷かれたので、なるほど…と思った。

そうか…特別に好きな相手ならするんだな…。
俺はそれを知らなかったけど…錆兎は知ってたんだろうか…。
知っていてしなかったんだとしたら、俺は錆兎の特別ではなかったのか…
いや、そんなことはない。錆兎はいつも俺を特別に気にかけてくれているし、何か事情があるのかもしれない。

帰ったら聞いてみよう…。
その時はそう思った。

思ったものの、その後がなかなか激動で、錆兎が義勇を迎えに来た時、義勇の髪を一房切ってお守りとして持ち帰ろうとした人間が出て、それを見た錆兎がそれを止めて自分の髪を切り取った。

水の対柱のものということなら、自分のものでもいいだろう。
だから義勇の髪を切るのはやめろ。

…そんな感じの事を言って……

それから錆兎にしっかりと腕を掴まれて帰路に着く。
一歩後ろを歩く道々…毛先がばっさりと切り落とされた錆兎の髪を見て涙が出る。

13歳の最終選別は乗り越えた。
その後の初任務では義勇のせいで危うく死なせるところだったが、なんとか命をとりとめてくれた。

だが、今でも錆兎はこうやって、義勇に刃が向かうと当たり前に自分が代わりに受けようとする。
それが怖くて悲しかった。

怖いのだ、亡くすのは怖いのだと訴えれば、錆兎はやっぱり抱きしめて慰めてくれるのだけど…それでも翌日にはきっとまた義勇を、皆を守るために、自らの身を危険に晒すのが目に浮かぶようだ。

と、それも義勇にとって一大事だったのだけれど、その上でまだまだ事件が起こる。

胡蝶が今回のことで錆兎に怒られたと思って助力を申し出ることが出来ず、慣れない宇髄と桑島老と一緒にいった任務先で窮地に陥った。

もちろん錆兎は血相を変えて助けに行くし、義勇だって必死にそれを追う。

結果、胡蝶は無事だったが桑島老は怪我で現場を去るという大惨事になった。
まあそんなわけで、色々と大変な事つづきだったのだ。


そしてそんなこんなで怒涛だったため忘れていたわけだが、事後処理などが大方片付いて、約2年が経過。

次の新人柱が3人も入ってきててんやわんやがあったが、それも一段落ついた頃、突然に義勇は思い出したのだ。

2年忘れていた。
そうしたら覚えている今言わねば、おそらく次はもっと長い期間忘れる可能性もある。

これは今聞かねばならない。



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