まだまだ・人生やり直し中_とある水柱の猛省_2

そうして次にカナエに会ったのは2日後だった。

柱全員、このところの任務の状況を本部に報告することと言われていて、それを報告した帰りだった。


「あの、錆兎さん…」
と、やや緊張した面持ちでいうので、とても可哀想な事をした…と思いながら
「…なんだ?」
と、返したら案の定、
「…あの…先日は…申し訳ありませんでした……」
と、謝罪される。

何か言ってやらねば…と、ずっと思っていたもののそう言えばいうべき言葉を具体的にはかんがえていなかったので、出てきた言葉は

「…別に…もういい。胡蝶のせいではないだろう」
というありきたりなもので、もう少しマシな言葉はないものだろうか…と、考えているうちに会釈とともに行ってしまった。

「…錆兎……」
と、義勇に袖を引っ張られてそれに気づいた。



錆兎にしか興味を持たなかった義勇も、この後輩柱のことに関してはかなり気遣いをする。

なにしろ昨日寝入りばなに言っていたのは、単に宇髄に誘われただけなら行かずに家で錆兎を待っていたが、同じ柱となったことでカナエは日々紹介しろなど色々言われて参っていたらしく、宇髄がそういう席を設けるのは、一度宇髄主催で席を設けたら、今度からは会いたいと思う者は宇髄に言ってくるだろうし、宇髄なら上手に断れるから、と、宇髄に言われたからとのことだったらしい。

ああ、それならきっと逆でも俺も行っただろう…と、錆兎は納得した。
だって後輩だ。
自分と義勇の初めての可愛い後輩…。

自分には義勇がいるから一生結婚をすることも子を持つこともないけれど、あの子はいつか好いた男をみつけては、彼と結婚したいんですとか、きっと挨拶に来るだろう。

気立ての良い娘だから、そうしていつか幸せな花嫁になって、生んだ子どもを見せにきてくれたりくらいはするかもしれない…。

そんな風にまるで妹か娘に対するくらいの気持ちを持ってしまうくらいには、錆兎も義勇もカナエを可愛いと思っている。


錆兎は義勇に近づく者に関しては表に出すか出さないかは別にして、自分でも驚くほど狭量で、内心ムゥっとするのだけれど、ことカナエに関しては一緒にいても腹も立たず、むしろ微笑ましい気分になってくる。

だから義勇が
「錆兎が仲直りできるように、今日も買っておいたんだ」
と、懐から団子を出してドヤァっとした顔をした時も、普通に義勇に礼を言って、それでは追うかとあとを追ったのだが、ちょうどカナエは宇髄と話し中。

宇髄だけなら気にせず声をかけたのだが、そこには桑島老もいたので、さすがに割って入るのは失礼かと、自重した。

思えばそれが間違いだった。



実は柱が屋敷内のどこかには全員いる状態。
そんな時に発生した鬼の処理に、本部はとりあえず数をこなさせて経験を積ませようと、カナエを選択。

あと2,3人ほど誰でも連れていけということになって、宇髄と桑島老とともに行くことにしたらしいが、敵が思いの外強かったのか、なかなか戻ってこない。


おかしい…と最初に気づいたのは錆兎だった。

聞いていた鬼の強さや数と一緒に行ったメンバー、そしてカナエ自身の実力と…。
それを考えたら少し時間がかかりすぎている。

本部の皆はベテランの桑島がついていることだし宇髄もいるしと、何かあったら鎹鴉で連絡くらいはするだろうと言うが、非常時でそれも出来なかったら?

と、思うと、気持ちはまるで子の危険に駆けつける親のそれのようでジッとはしていられず、もし間違いだったらそれでも良いだろうと、念の為、怪我人が出ていた時の事を考えて陰を伴い、駆けつけたら案の定だ。


桑島老がかなりの怪我を負っていて、おそらく老が担当していたのであろう一番強い鬼は宇髄が雑魚1体と共に相手をしている。

そしてカナエだ。
敵を一体、かろうじて避けてはいるが、もう攻撃すらしていない。
そこまで彼女が相手にするのが無理な強さの敵ではないはずだが、心が折れている気がする。

「俺は宇髄、お前はカナエだ」
と、一瞬で状況把握をして走り出せば、自分の意図を義勇は正しく読み取ってくれた。

カナエが相手にしている敵と、それから重傷の桑島老が相手にしている敵、あわせて3体を引き連れて、

「待たせた、宇髄。
ボス鬼は俺が代わるから、こいつらを取ってくれ」
と、宇髄に声をかける。

宇髄がホッとする気配がした。

ボスともう一体、後ろへやらない程度に引きつけてはおけても、1人で倒すには厳しくて、かといって後ろの2人の援軍が望めないとなれば、体力の限りこれを続けて、しまいには体力が尽きて死ぬ。

その上まだ後ろには3体いるかと思うと、本当に今にも切れてしまいそうな細い糸の上で戦っているようなものだ。

「ちょっと今回はやばいかと思ったわ。
ぼっちゃんが怒ってたしな」

と、大きく安堵の息をつきながら、当たり前に錆兎の連れてきた3体の注目を一瞬で自分のほうに向ける手並みは見事なものだと思う。

「…怒ってないぞ。それに坊っちゃん言うな」
と、それと同時に錆兎は逆に宇髄が対峙していたボスを自分の方へと振り向かせた。

「…顔が険しかった」
「…あ~…ちょっとな…自分を恥じて猛省中だったんだ」

「…なるほど。確かにお前の性格からすると色々恥じるとこがあったんだろうけど、どちらにしても最後の義勇の髪を切ろうとしてたのはちょっとな…怒っても仕方ない。
あそこまでの過激派がいるとは思わなかったし、悪かったわ」

まあ事情を聞いてみれば宇髄のせいですらない。
宇髄は宇髄なりに後輩のカナエの負担を自分が背負ってやろうと思ってやったことだ。

後輩が可愛い、無駄な負担を背負っているなら自分が代わってやりたいというのは、おそらく皆そうなのだろう。

それならもうひと仕事、宇髄には可愛い後輩のために負担を背負ってもらうことにするか…

「宇髄なら時間かければ気合と根性でそっち4体やれるよな。
それプラス、戦闘終わったら後日にみんなで食べるカステラを奢るってことで、先日のアレはチャラにする」

「お前…怒ってねえって言わなかったか?」
と、ため息をつく宇髄。

「…胡蝶にはな?でも宇髄、お前は先輩だからっ

「おいおいおいおい!そこでそれ言うかっ!!」

「頼んだぞっ!宇髄”先輩”
「…こっの~!エセ後輩がっ!!」
「ハハハッ。可愛い後輩の頼みだ、聞いてやってくれ」
「可愛くねえっ!!」

柱となって初めて戦闘につきあってもらったのが宇髄だったせいだろうか、厳しい戦闘だったとしても、宇髄がいるとどことなくホッとする。

宇髄は自分のこともカナエと同程度には許容してくれているのがなんとなくわかるから、多少の無茶振りも気にせずに出来た。

兄というものがいたのなら、きっとこんな感じなのだろうと思う。
カナエも自分に対してそんな風に感じてくれていればいいのだが……



敵は非常に厄介なタイプで、これは1人でやろうと思うと大怪我をする。
だからこちらからは攻撃せずに、相手の攻撃を受け流すだけにして義勇を待っているしかないのだが、身体的な疲れは溜まるが精神的には落ち着いていた。

本当に…先輩というのは大した存在なのだ…と、錆兎は思う。
だからカナエだけじゃなく、自分はこれから来る若い後輩全員の良き先輩を目指すのだ。


そうこうしているうちに、実に見事に上手に義勇がカナエを立ち直らせたらしい。
まだ若干心細気な様子ではあるが、さきほどよりもだいぶ顔色が良くなったカナエと共に前線へと復帰する。


そこで宇髄とはお別れだ。
敵は首近くを攻撃されると多方向に斬撃を飛ばしてくるタイプなので、そばにいると巻き込んでしまう。

それを説明して二人を連れて宇髄から離れれば、もう自分は甘えて良い後輩ではない。
全ての責任と負担を最終的に負う責を持つ、頼りになる先輩として振る舞わなければならない。

自分は全体の指揮を取り、必要なら補佐に入り、防御は義勇が全て担当する。
そうして状態を万全に整えて、今おそらく自信を喪失して心が折れかけているカナエに強めの敵を倒させることで再度立ち上がる気力をつけさせてやらなければならない。

義勇の防御態勢が整い、自分は後輩に道を譲る。
その道を通って敵の前に立つカナエの身体はかすかに震えていた。

大丈夫、大丈夫、先輩である俺達がついている。
お前は弱さを克服して、強く優しい柱になれる人間だ

そんな思いを込めて、義勇と2人で

「「大丈夫。お前はやれる」」
と、声を揃えて背中を押すと、一歩踏み出す決意が出来たのだろう。

──弐ノ型 御影梅!!
と、カナエの刀から無数の斬撃が敵に向かって繰り出された。





敵は倒れ、疲労と安堵で力の入らなくなったカナエはおぶってやっての帰り道。

「途中、俺と胡蝶は食べた。錆兎の分だ」
と、団子の包みを差し出してくる義勇。

任務のあとに食べる団子は、もうすっかり習慣になっていて、これを食うと本当に全てが終わったんだなと、緊張が一気に解ける気がする。

「今日は頑張った胡蝶へのご褒美だ。4つあるうち二つを食っていいぞ。
で、俺と義勇で1つずつ食う。
これを食って初めて戦闘終了、お疲れ様だからな」
と言うと、義勇は団子をおぶわれているカナエの口元に。

普段はなんでも遠慮するカナエだが、今日は疲れ切っているのだろう。
素直にそれを二つ口にして、その後、義勇が、最後に錆兎が団子を1つずつ食って終わる。

「…これ…すごくホッとします。
しのぶにも食べさせてあげたい…義勇さん、今度お店を教えて下さい」
「…今度な。元気な時に任務帰りに通ろう。次は胡蝶の妹の分も土産を用意しておく」
「…ありがとうございます」

疲労困憊という風ではいるものの、カナエがふわりと嬉しそうな笑みを浮かべる気配がする。
そしてそれに答える義勇もそれにほわほわと微笑んでいる。

ああ、可愛い。ここは花畑か…と、そんな2人に錆兎まで笑みが浮かんでしまう。

「お前ら…仲良いなぁ、三兄弟かよ」
と、それを見て言う宇髄に、義勇がにこりと

「水は花を育てるものだ…」
と、珍しくうまいことを言って、宇髄を驚かせた。

なるほど、確かに。
義勇は口数は少ないが、しばしば本質をついてくるのが面白い。
それにみんなで小さく笑って進む帰路。

とんでもないことだらけだったが、最後は随分と和やかに終わったものだ…と、この時は錆兎もそう思ってホッとした。



しかしその後、疲れて眠ってしまったカナエを医療所に預けて本部に報告に行った錆兎は、そこで、自分を律し足りなかった代償はどうやら意外に大きかった事を知る。

桑島老の現役続行断念。
そう、今回の戦闘での右足の傷はかなりひどく、膝から下を切断するより他はなかったということだ。
そうなれば、他の柱でももちろんだが、特に速さを主体としている鳴柱の呼吸法を使っての戦闘は絶望的だ。

本来なら自分が一緒に出動してやるところだった。
それをカナエが依頼しにくい空気を作っていたことが、そもそもが今回の惨事の原因だ…と、深く謝罪をする錆兎に、

──わしはこれから鳴柱の後継を育てるが、お前は育ってきた新人柱がその背中を見て育てるように、柱の手本となる男となれ──

そう言い残して、往年の名鳴柱は、その柱の座を辞して鬼殺隊を去っていった。


若い柱がその背中を見て目指すような、全柱、しいては全鬼殺隊隊士の手本となるように…

この苦い経験は、錆兎にまた1つ、自分に課す責務を増やすことになった。
自身も強く正しく、そしてこれから続々と柱を拝命する後輩達を立派に育てるために…日々精進あるのみだ。


このあと1年ほど経つと、最古参の蛇柱もその座を辞して、代わりにその継子の蛇、それから風、さらに長年空席だった炎の柱を継ぐ若者達が柱を拝命することになる。

新旧交代をして時が動く…多くの苦難と新たな出会い。
それがこの先もまだ若い水柱達の元へと訪れようとしていたのだった。




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