まだまだ・人生やり直し中_とある水柱の猛省_1

ああ…失敗した…と、錆兎は思う。
いつでも自分の未熟さゆえに後悔をする。



どうしてそうなったのかはわからない。
だが、幼くして水柱に抜擢されたせいだろうか…
あるいは義勇が愛らしすぎるのかもしれない。

柱として活動を始めた頃から、錆兎は義勇と一緒に水の対柱として、何故か女性隊士達に追いかけ回されるようになった。

始めは狐の面だった。
最初の任務の時に義勇と互いに交換した狐の面。

鱗滝さんが自分達のために彫ってくれたものというのもあるが、義勇を模した物と自分を模した物を互いに交換したあの日から、それは特にお気に入りになっていた。

だが、自分達のファンだと言う女性陣は、それと同じ物が欲しいと、よりにもよって狭霧山の鱗滝さんのところまで押しかけたというから、放置も出来ない。

泣く泣くそれを身につけるのを諦めて、面を結くためにつけられていた義勇の瞳と同じ色合いの青い飾り紐を、刀の下緒としてつけることで妥協。
義勇は義勇で同じく錆兎の瞳と同じ色合いのその紐でその綺麗な髪を結ってくれていた。

まあそうやって1つ妥協しても彼女たちは飽くことなく、また色々とやらかしてくれる。

まず本部に行くと少し目を離したスキに私物が消える。盗まれる。
自宅前で待ち伏せも多々あったので、何度か自宅を変える羽目にもなった。

義勇には不安を感じさせたくないので、なるべく気付かれないように、物がなくなれば補充して、待ち伏せに気づけばそれを避けて裏から帰った。

それでも自分たちは隊士の手本となるべき柱だ。
私事で取り乱したり怒りを顕にするなどもってのほかだ。

そう思って過ごすこと早2年。
そんな日常にもだいぶ慣れてきた頃、初めての後輩が出来た。

胡蝶カナエ。
前花柱の跡を継いだ、自分たちと同じ15歳の少女だ。
そして錆兎と義勇は、自分達の時に宇髄がそうであったように、彼女の慣らし戦闘の付添を命じられる。

いかにも長女といった真面目な感じの彼女は、いつでも一生懸命で、彼女が一人前の柱として1人で立てるようになるまで、出来得る限りの協力をしてやりたいと、義勇と2人で頑張った。

初めての後輩を義勇と共に育てる…
それはとても楽しい作業だった。

カナエはそれでなくても真面目でやらなければならないと思う気持ちが強い娘だったので、逆に少し肩の力が抜けるように、無理をしないように補佐をしてやる。

もちろん最終的には1人で立てるようにしてやらねばならないが、その前に潰れてしまっては元も子もない。

だから自分達の師匠の鱗滝さんを思い出して、まず相手に信頼をしてもらえるように、しっかりとした人間関係も築いていったつもりだ。

普段は他人に興味を示さない義勇も、初めての後輩というものは全く関わりのない他人とはかなり違ったのだろう。

また、彼女が一所懸命に妹を守っている長女だというのが、自分を守って亡くなった姉に重なるところもあったのかもしれない。

──蔦子姉さんが好きだったから…たぶん胡蝶も喜ぶだろう

と、義勇は任務の前には必ず団子を買って懐に忍ばせて、任務が終わったらそれを3人で噛じりながら帰った。

姉に思いを馳せる義勇とは別に、錆兎は錆兎で、もし妹が生きていたら…などと、互いに亡くした親しい家族を彼女の中に見ていたのだと思う。

義勇との中に誰かが入ることにはいつだってひどく抵抗のあった錆兎だが、不思議とカナエにはそんな感情が起きなかった。

だから、また女性隊士が自分達のことで迷惑をかけたらしいと知って鱗滝さんに謝罪をしに狭霧山に足を運んだすきに、宇髄がカナエの同期を集めて義勇を引っ張り出して食事会を開いたということを知った時にも、まあ仕方ないなと思った。

カナエは同期に義勇を紹介しろとつつかれて困っていたのだろう。
彼女は真面目で自分からは言えないから、宇髄が見かねて仕切りを引き受けたに違いない。

そう思って狭霧山から帰ってすぐに、宇髄から聞いていた店に義勇を迎えに走った。



そこからが少々まずかった。

店に入ってまず義勇の姿を探して、そのあたりで内心イラっとする。
女に囲まれている義勇。
その前には山と鍋の具材が盛られた皿。

今日は夜までには家に着くからと、錆兎は義勇の大好物の鮭大根を作り置いていた。
帰ったら飯を焚いて、それを一緒に食べるのを楽しみにしていたのだ。

それなのに…と、まずそれに腹がたって、それでも多少の不機嫌さを出す自分にオロオロしているカナエの様子にやや冷静になる。

帰ろうとしても宇髄が引き止めてくるし、おそらくあまりに頑なな態度を取ると、カナエの同期だけに彼女も立場が悪くなって可哀想だろう。

そんな気持ちから、少しだけなら…と、思いかけた瞬間、目に入ってきたのは義勇の髪と髪紐に触れている女。

しかももう片方の手には短刀。
つまりは義勇の髪に刃を入れようとしているということだろう。

色々とイライラしていたのを抑えていた理性の糸が、プツリと切れた。

義勇の白い肌も綺麗な髪の一房さえも、いたずらに傷つけないように自分がどれだけ気を使ってきたと思っているのか…。

もちろん髪は伸ばしっぱなしと言うわけには行かないので時には揃えることはしたが、そんな乱暴に切り取ったことはない。



──…お前…何してる……

と、相手の手から刃物を取り上げながら口にした言葉は、思いのほか低く、怒りを抑えきれていないと思う。

相手は一般の隊士で、しかも女だ。
自分は柱という立場にあるのだから、あまり批難の色を強めればおおごとになる。

落ち着け…落ち着け錆兎…男として生まれたならば、いついかなる時も感情的になるものではない…。

ましてやそれが、せっかく自分が用意しておいた義勇の好物よりも女との鍋を選ばれたのかなどという理由からくる嫉妬で機嫌が悪いからなどというのは論外だ。

落ち着け…落ち着け…落ち着け。
錆兎、お前は男だろう。

しばし目をつぶってそう唱えれば、腹の底からくるモヤモヤは消えないまでも、この店を出るくらいまでは隠し通せる気がしてきた。

そこに女が
「…わ…わたしっ…水の対柱に憧れて…て……あ、あの…お守り代わりに…って……」
などと火に油を注ぐことを言ってくれるので、努力が不意になりそうになって、目眩がする。

何故見も知らぬ女が義勇の髪をお守りにもたねばならん!!
そうは思うものの、これ以上何かやりとりがあれば、自分は立場を忘れて感情的に怒鳴りつけてしまうかも知れない。

それは駄目だ。
だから一刻もこの事態を収拾しなければ…

そう思って、ザクリと自分の髪に刃を入れた。
そうだ、義勇の…ではなくて、水の対柱のということならば、自分の髪でもいいはずだ。

傷一つない義勇の絹糸のような綺麗な黒髪と違って、自分のように傷だらけの男のむさ苦しい髪で良いならくれてやる。

そんな気分で
「…これで満足しておけ。…そのかわり義勇のはやめろ」
と、切り取った髪と短刀をテーブルに置くと、これ以上何か言われる前にと、半ば強引に義勇の腕を取って、店をあとにした。



にぎやかな店を出て、静かな路地を義勇の手をしっかりと握って歩く。
こんな時間でもあることだし、当たり前に人通りはなく、自分達の足音くらいしかしない静けさにホッとする。

そんな草履が地面を踏みしめる音に混じって聞こえてきた義勇の小さな小さな嗚咽の声に、錆兎はぎょっとして斜め後ろを振り向いた。

「乱暴に腕をひっぱって悪かった。
どこか痛くしたか?」
そう焦って言うと、義勇はゆっくりとかぶりを振りながら、

「…錆兎の…髪が……」
と、シャクリをあげる。

「…俺の髪くらい、別に良いだろ。すぐ伸びる」
何事かと思えばそんな事を言うので、そう返すと、義勇は珍しく感情的に

「やだっ!」
と、泣きながら訴えてきた。

「錆兎はいつだって俺の代わりに自分の身を傷つける…
そんな事していたら、いつか俺を置いて逝きかねない。
そんなのはやだっ!…そのくらいなら先に死にたい…」

「…義勇………」

もしかしてもう2年も経っているのに、まだ初任務の時の怪我がトラウマになっているのだろうか……
バカバカしい…というのは簡単だけれど…好いた相手の不安を軽々しく扱うのは男としていかがなものか…。

守ってやらねばならないのは、何も身体だけではない。
男ならば相手の心まできっちり守ってやるべきである。

だから錆兎は足を止め

「すまん…。こんな仕事をしていれば絶対に傷つかないようにというわけにはいかないが、極力気をつける。
俺は一応おまえのことは、最期までちゃんと看取ってやってから自分も死のうと思っているからな」
と、錆兎は義勇の頭を引き寄せて、自分の肩口に押し付けた。

「…絶対だ…俺を置いて逝くのは絶対に駄目だ…」
「ああ、わかった」
肩を濡らす涙。
静かに泣く義勇の頭を撫でながら、抱きしめてやる。

そうして義勇が落ち着くまでしばらく待って家に帰る。
そして急いで米を研いで半刻ばかりおき、それを炊けば、ぐぅぅ~と盛大になる腹の音。

「なんだ、鍋を食べたんじゃなかったのか?」
と問う錆兎に、
「きょうの夕飯が錆兎が作ってくれた鮭大根だとわかっているのに、何故他の物を食べるんだ…」
とぷくりと頬をふくらませる義勇。

そもそも自分の好みも食べる量もまるでわからず積まれた飯など食べられるわけがない…

と、さらに言うその言葉に、すっかり機嫌が治ってしまうのが、我ながら単純なことだ…と錆兎は苦笑した。

確かに自分は誰より義勇の事がわかっているし、義勇の中で他の人間に代われるほど軽くあろうはずがなかった。

この他人にはほぼ興味を持たない義勇が、自分のことならたかだか髪を一房切り落としたくらいで号泣するのだ。


そんな風に自分の中では昇華はできたところで、気にかかるのは置いてきてしまった後輩の事。

もう少し余裕を見せて気遣う言葉の1つも掛けてやるべきだった。
嫉妬などという己の未熟さからくる余裕のなさを露呈してしまって、男として、先輩として、柱として本当に恥ずかしい。
穴があったら入りたい気分だ。

とにかく今度会った時には、何か一言、フォローの言葉を入れなければ…と、目の前でほわほわした様子で自分が作った鮭大根を頬張る義勇の愛らしさを堪能しながら、そう思う。



その後…その夜は、飯屋の時のことでトラウマが蘇ったのだろうか…

錆兎の無事を感じられなければ怖くて眠れない、と、義勇が錆兎の布団に入ってきたので、確かに鼓動を繰り返す心の臓の音を聞かせてやろうと、その頭を自分の胸元に引き寄せて、幼子をあやすように寝かせてやった。

自分が義勇にただの幼馴染とは違う感情を持っていると自覚して早2年。
こうして無邪気にくっついてこられるのは辛くないと言えば嘘になる。

こうやって義勇が過度に密着してくる夜は、たいてい眠れないまま朝を迎えることになるのだが、義勇はあとどのくらいしたら錆兎の気持ちに追いついてくれるのだろうか…

男なら…男として生まれたならば、無体を強いることなく待ってやらねばならないと思うのだが……と、その夜もやはり眠れないまま過ごすことになる。




0 件のコメント :

コメントを投稿