もう随分と拠点に近づいていたから、気づいてこちらから出向いて正解だった。
鬼は自らの身体を守るように体中から手が生えていて、錆兎と義勇の姿を認めると、にやりと気味の悪い笑みを浮かべる。
それにまたゾッと義勇の背に冷たい何かが走った。
そんな義勇と鬼の間を遮るように前に立つ錆兎は今どんな表情をしているのだろうか…と、ふと思ったが、少なくとも今の弱い自分のように怯えた顔をしていないのは確かだろう。
錆兎は強い。いつだって強いのだ。
ただ強すぎてたまに武器が自分の心ほど強くはないと言うことを忘れてしまうだけで…
そんなことを義勇が思っていると、鬼はじ~っと2人の頭上の狐の面に視線を向け、そして
「俺が食った狐はお前たちで14人かぁ~」
と、指折り数えて言う。
「…食った…きつ…ね…?」
錆兎の肩がかすかに震えた。
怯えているわけではない。
質問の形式をとってはいるが、彼はその言葉の意味をほぼ正しく理解している。
そして…怒りを覚えているのだ…と、義勇は察した。
そんな風に固くなる錆兎のその表情に鬼はにやぁ~とさらに笑って言う。
「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。
あいつの弟子は全部殺してやるって決めてるんだ。
そうだなぁ…一番最近喰ったのは、花柄の着物の女のガキだった。
あいつの弟子はその狐の面ですぐわかる。
すばしっこいガキだったが、これ言ったら泣いて怒ってたなぁ、フフフフ
その後すぐ動きがガタガタになったところを捕まえて…手足を引きちぎって、それから…」
鬼の言葉に義勇は吐き気を催した。
こんなときでなければ吐いてしまったかもしれない。
悲しくて胸が痛くて、死にそうだった。
前世では最終選別以来、感情なんてほぼ消えてしまっていて、ずいぶんとそのあたりには鈍感になっていたが、そうだ、この13の頃は人一倍多感な少年だった。
義勇はそんな風に悲しみと恐ろしさに身体が震えたが、錆兎が感じたのはまず怒りの感情だったようだ。
「だまれえええっーーーー!!!!」
鬼の言葉が終わらぬうちに、錆兎は激高して切りかかる。
乱れる呼吸に折れる刀。
折れた刃先が宙を舞って月明かりに照らされる光で、錆兎より一歩遅れて義勇は現在目の前に敵がいるのだと思い出した。
そうだ、今は自分の為すべきことを為さねば!!
そう思い直して
「錆兎っ!これっ!!」
と義勇がすぐに自分の刀を投げると、錆兎はそれを受け取りまた斬りかかる。
が、平静さを失った錆兎の剣は鬼を傷つけるどころか、鬼の手に払われて、その勢いで錆兎はふっとばされて木に叩きつけられた。
錆兎の額に一筋の血が流れる。
頭を打ったのだろうか?
意識はあるのか?
助けに入らないと…
「錆兎っ!!!」
残り1本、村田に借りた刀に手をかけて義勇は迷う。
これを自分が使ったら、次折れた時の刀はもうない。
…でも…今行かなければ錆兎がっ!!!
幸い意識はあったようだ。
錆兎は小さく頭を振って、そして刀を握り直した。
しかしそんな間にも鬼は投げ出されてヨロヨロと立ち上がる錆兎の方に向かう。
…どうしよう…どうしよう……
義勇が行くか待つかと、悩んで動けずにいると、後ろから
「皆から刀を預かってきたっ!!
折れたら俺が投げるから、行ってくれっ!!」
と、刀をたくさん抱えた村田の声がした。
え…?と振り向く義勇。
錆兎も村田に気づいて、
「なんで来たんだっ!!」
と、叫ぶ。
それに村田は引きつった笑みを浮かべながらも、きっぱりと言う。
「助けられたからなっ。
錆兎と義勇がいなきゃ俺はいまごろ鬼に喰われてたし…みんなもそうだからっ。
大勢居てもじゃまになるからって、みんなで相談してみんなを代表して来たっ!!
倒せなくてもいいっ!あと3時間粘ればいいんだろ?」
震えながらもそう云う村田に、錆兎は
「そうだな、死んだものを偲ぶのも大切だが、男なら、まず生きてる者を助けなくてはな」
と、額から血を流しながらも、刀を持ってしっかりと立ち上がった。
呼吸の乱れが消えた。
タタタタッ!!と鬼に向かっていく。
その目は厳しいが感情の揺れがない。
──肆ノ型 打ち潮!!
と、錆兎の放った打ち潮で切り倒された木が、まず鬼の足を止めた。
すると錆兎がその技を使った意図を瞬時に察して、義勇も駆け出す。
──参ノ型 流流舞い
と、義勇が鬼に向かい、暴れる鬼の攻撃を回避しながら鬼の気を引き、錆兎が集中できるように錆兎から一瞬注意をそらす。
そこで最後…錆兎が一気にたたみかけた。
──壱ノ型 水面斬り!!
力強くも強力な一撃が、手でガードしていた鬼の首を綺麗に切り落とす。
この技は水の呼吸の基本だから自分も弟弟子の炭治郎もよく使ったものだが、まだたった13歳だというのに錆兎のそれは力強さが違う気がした。
水面斬りは水の呼吸法の型の中では一番シンプルな型だが、それはすなわち練度の差が物を言う型だとも言えるのだ。
正直13歳の今の義勇では同じ型を使ったとしても、この鬼の首は落とせなかっただろう。
錆兎の練度、それに集中力と、タイミング。
その3つが揃わなくては、首を切り落としそこなった鬼に2人揃って喰われるところだった。
「…やった……」
ゴロン…と、首が転がり落ちた瞬間、錆兎が地面に膝をついた。
はぁ、はぁ、と、刀を杖代わりになんとか倒れるのを防いでいる。
その錆兎に
「錆兎っ!!」
と、義勇が駆け寄ると、そんな状態でも
「義勇があいつの気を散らしてくれたおかげでなんとか倒せた。ありがとな。
お前は大丈夫か?怪我はないか?」
などと無理に笑みを作ってまでも、まず義勇を労ってくれるのが錆兎の錆兎たる所以だ。
他人に対するよりもまず自分に厳しく、自分がどれだけ疲れていても、まず自分の疲れを気にするよりも他人のそれを気遣うのである。
そんな錆兎を支え、守りたい…
刀を振るうことが本当は好きではなかった義勇がそれでも修行を続けて鬼殺隊の最終選別に参加しようと思ったのは、そう言えばそんな理由からだった。
「…錆兎が…無事で良かった」
ぎゅうっとその首に腕を回して抱きついて泣くと、錆兎の方は
「義勇を守れて良かった」
と、ぎゅうっと抱きしめ返してくれる。
そんな2人を少し遠目で見ながら、
…強いけど…すっげえ強いけど…なんだか妙な雰囲気の2人だよな…
と、村田がなんだかどうしても外せない用事で新婚家庭に来てしまった独身者のような居たたまれない気分で、さてどう声をかけようか…いや、2人のことは放っておいて自分はここを去るべきか…と、頭を悩ませている間に夜が明けた。
こうして参加者全員生き残って、朝日を拝む。
これで選別は終わりだ…。
つまりは…義勇は今回は正しい選択肢を選べたのだ…。
ということはこれから錆兎と共に歩いていける。
そう思うと自然に涙が溢れ出た。
もちろん錆兎は義勇がそんな事を思っているなどとは知らない。
だから
「守るとかいって、危険な目に合わせた。ごめんな」
などと、手のひらをその涙をぬぐうように頬をなでると、顔を覗き込んで謝ってきた。
それに、違う…そうじゃなくて、お前と一緒にこれから生きられる事が嬉しいんだ…と、義勇がなんとか伝えると、錆兎はちょっと目を丸くして、
「そうだな、俺もだ」
と、まさに今登ってきたおひさまのような明るく温かい笑みをうかべて頷いた。
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