幼馴染じゃいられない5

それが夢ではなかったと錆兎が自覚したのは翌日の10時過ぎにかかってきた電話でだ。
電話の向こうでカンカンに怒っている母親の声。

無理もない。
今日は平日だと言うのに、恐ろしいことに今まで眠り呆けていた。


『あんた、今どこで何をしてんのっ!!』
と言う母親にさすがに返す言葉がない。

本当のことなんて言ったらどうなるだろうと思うが、かといって嘘を付くのもためらわれて、錆兎がなんと言っていいやら考えこんでいると、横からすっと手が伸びてきた。

え?と思うまもなく、義勇が電話に向かって口を開く。

「…おばさん…ごめん…錆兎、俺と一緒」
と言う義勇のガラガラに掠れた声に、

『義勇ちゃん、なんか声すごいわよ!体調悪いの?!』
と、驚く母親。

「…身体中痛くて…俺は動けないけど…錆兎にはもう…学校行ってもらうから…」
と、言ったところで、母親が錆兎に代われと言うので代わる。

『あんたねぇ!義勇ちゃんの具合悪かったんなら、そう言いなさいよっ!!
学校には休むって言っておいてあげるから、ちゃんと病院に連れて行ってあげなさいよっ!じゃ、かあさん仕事中だから切るわよっ!』
と、有無を言わさず電話を切られた。

「…義勇…お前……」
「…嘘は…言ってない」
唖然とした視線を向けた錆兎に、悪びれた様子もなくきっぱりそういう義勇。

そうして二人で顔を見合わせて、次の瞬間二人で吹き出す。

もうそこからはどう考えても夢じゃない忙しさで、

「本当に身体中痛くて動けない…でもお腹空いた」
と、両手を伸ばしてくる義勇に、

「はいはい。先にシャワーな。
このままじゃさすがにまずいだろ」

と、錆兎はそれを助け起こして2階のシャワーまで義勇を連れて行くと、大急ぎで汚れたシーツを引っ剥がして洗濯機へ放り込み、かつて知ったる冨岡家のタンスから代わりのシーツを出して敷く。

そしてシャワーを浴び終わった義勇の身体を拭いて着替えさせてやってベッドに放り込むと今度は自分がシャワーを浴びて、その勢いで一階からペットボトルのお茶と、昨日用意して冷蔵庫に放り込んでおいた食事のタッパーを持って再び二階へ。

そうして二人でおにぎりと唐揚げをつまみながらの告白大会だ。



「たぶん…俺のほうがそういう意味で意識したのは先だと思う」

なにしろ初めての夢精の時に見た夢が義勇の夢だった。
それ以来やばいと思って接触を避けていたのだ、と、言えば、義勇は

「それなら俺のほうが早い。なにしろ俺の初恋は錆兎だった。
幼稚園の頃からの夢は錆兎と結婚することだ!」
と、何故かドヤ顔をしてみせる。

「…いや…それは頃からのじゃなく、頃のだろ?」
と、一応お約束だよな、と、錆兎がそれにツッコミをいれると、義勇は、何を言う!と、本気で心外!という顔をした。

「頃からの、で正しい。
確かに…中学の途中から昨日までは諦めていたんだが…」

「は?なんだ、その期間は?」

「…錆兎が…距離を取り始めたから…。
風呂にも一緒に入らなくなったし、一緒に寝なくなったし…手も繋がなくなった。
もしかしてこのままだと彼女の一人でも作ってしまうのかと思って…それを見るのが嫌で別の高校に行こうと思った…けど…最初の3日くらいですでに後悔した」

「たった3日でかっ?!」

「俺の錆兎好きをナメるなよっ!よほど学校を休んで錆兎の学校に錆兎を見に行こうと何度思ったかわかりはしない」

うん…まあ自分も1ヶ月で音を上げたが、義勇はそれ以上だったらしい。
確かに自分よりも気を紛らわす相手がいないだけに辛いのかもしれないが……

「でも…自分から違う高校を選んでおいてすぐ寂しいなんていうと、錆兎に男としてなっていないと怒られそうだったから…我慢したんだ…頑張った、俺はすごく頑張って我慢したんだ」
と、そこでポロポロと泣き出す涙もろさは本当に子供の頃と全く変わらない。

「あ~悪かった。自分の理性を鍛えられなかった俺が全て悪かった。許してくれ」
と、頭をなでると、義勇は

「許す。だから大学は同じところがいい。そうして将来は一緒に住んで、俺のために美味しい鮭大根を作ってくれ」
などと言うので、それじゃあプロポーズみたいだと笑うと、また心外!という顔をして

「”みたい”じゃない。そのものだ。
大丈夫っ!俺達が成人するまでには法律が変わるかもしれないし、なんなら錆兎なら政治家にくらいなれるかもしれないから、そうなったら法律変えてくれ。
それも駄目なら…」
「駄目なら?」
「二人で海外移住だ!」
きらきらした目で言う義勇に
「お前にしてはずいぶんと積極的かつ前向きな意見だな」
と、錆兎が感心して言うと、

…だって…錆兎と居られるなら何でもいいんだ…と、言うので、なるほど、たしかにそれもそうだと思う。

自分だって義勇と居られるならまあ何でもいい。
そう思っていると、──そ、それに…と、それは少しおずおずと、

──ここまでさらして打ち明けたんだから…もう…逃げたりはしないだろう?

と、縋るような目で見上げてくる目に、色々を射抜かれる。
それはこちらのセリフだと言いたいところだが…惚れた相手を抱いた男としてまず言うことはそれではないだろう。

ぐいっと義勇の腕をとって引き寄せて、

「心の底から安心しろ。こうして思いを交わして抱いたからには男として責任は取る。
お前の寿命が尽きるまでそばに居て最期は看取ってやるつもりは満々だから、義勇の方こそ逃げられると思うなよ」
と、その耳元に囁いて抱きしめた。




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